男の子は浴場で美女豚の裸を見るか?

「……ふぅ……」


 何度目か分からない溜息で部屋中で満たした私は気分転換がてら、百合園女学園女子寮の中にある大浴場の隅でシャワーを浴びていた。


 葛城さんとの他愛のない会話をして、廊下を出て、浴場の部屋に入り、鍵を閉め、服を脱ぎ、胸パッドを剝がし、お湯が張った浴室に入り、髪と身体を洗い、シャワーでちまちまと自分の身体を洗う。


 ……お風呂は良い。


 何が良いって、自分が男だっていう証拠がしっかりと目に入るのが実に良い。


「……後は体育の着替えをどうにかするのと、女性の裸に慣れるだけ。そして、これからの脱衣ゲーム、ね……」


 頭が本当に痛くなる。

 一体全体、自分の人生はどこで色々とおかしくなってしまったのだろうかと思わず自問自答したくなるけれども、こうして女装生活をしている時点で私は立派な犯罪者なのだから、被害者面なんてとても出来ないのは理解しているし分かっているつもりだけれども、どうしてもそういう表情を浮かべてしまいそうになる。


 今回ばかりは自分の身体付きや顔が女の子っぽい事を喜ぶべきなのだろうけれども、素直に喜べない自分がいるのも事実。


 

「……今日も色々とありすぎて、考えるだけでも疲れる……」


 そもそも、ここは文字通り、女装生活をする上で必要不可欠である衣服という鎧が無い状態なので、もしもこんな場面に女装事情を知らない誰かと鉢合わせでもしたら……とは思うけれども、流石にそんな事はあり得ない。


 だって、ちゃんと浴室に鍵を掛けたのだから。


「……そろそろ5分経ったし、早く服を着よう……」


 とはいえ、女装生活における最大の弱点をそのままにしておくほど、私は楽観的ではない。


 湯舟にゆっくり浸かるだなんていう悠長な事は当然できない以上、さっさと女装をして、いつもの生活の場に女性として戻るべきだ。


 そう決心した私は衣服を着るべく脱衣所に向かおうと立ち上がり、何とはなしにお湯が張られた大浴場の湯舟の方に視線を向け、とある違和感を覚えた。


 というのも、いつもであれば無色透明である筈のお湯の色がいつもと違っていたからであったのだ。


「……あれ? 入浴剤? 珍しい……」


 とある事情から湯舟に浸かっていなかったので今更ながらに気づいたのだけれども、今日の湯舟の中に溜まった水の色は濃い灰色。


 いくら女装をしているからと言っても、この入浴剤が何の種類でどういう効能を持っているかどうかなんてとても分からないのだが、湯舟の底が目視出来ないぐらいには濃い色であった。


「……いや、これだけ大きい湯舟にどれだけの入浴剤を入れたんですかね……」


 私が1番最後にお風呂に入ったという事実からご主人様か下冷泉先輩か、あるいは葛城さんの誰かが入浴剤を入れたのはまず間違いはないだろう。


 だが、いつもであれば百合園女学園第1女子寮の湯舟に入浴剤を入れられるという事が今までに起こり得なかったので、一体全体誰が入れたのかという目星を付ける事すらも難しい。


「……ま。私には関係ないか」


 白いタオルで局部を隠しながら、脱衣所に繋がる扉を開けようとして――。




















「フ。こんばんは。貴女の下冷泉霧香よ。唯お姉様のナマの処女膜を生で見に来たわ」





















「――っ~~~~~~~~~~~~!?」


 扉越しに。

 ほんのり透明になっている扉越しから。

 一糸まとわない姿になっている1歳年上の、私の女装事情を知らない変態の先輩が立っていた。


 声を掛けられるまで気づこうとしなかった自分の気の抜きように思わず殴りたくなってしまう気持ちに駆られてしまうものの、もはや後の祭り。


 今の私が出来る事は下冷泉霧香が浴場に入ってこないように扉を力づくで抑える事だけであった。


「フ。あら、開けてくださらないの? それでこそ唯お姉様ね!」


「あ、あ、あ、開ける訳ないじゃないですかっ!? というか鍵! 鍵はどうしたんですか!? 私、鍵してましたよね!? 何で先輩が脱衣所に!?」


「フ。葛城が開けてくれた」


「葛城さぁぁぁああああああああああん!?」


 思わず大声で葛城さんへの恨みを叫ぶものの、脳内に浮かぶ件の彼女はというと、いつもの飄々とした笑みを浮かべたまま、顔元でダブルピースをしては『命令ですから仕方ないっすね』と言っていやがった。


「そういう訳で膣内ナカ挿入いれて? 私、唯お姉様と一緒に御風呂に入ってキャキャウフフしながら何だかんだで百合セックスしたいの。フ。乙女なら誰もが考えるシチュエーション? でしょう? 葛城も死んだ目で『はいはい。そっすねそっすね』と生返事で同意してくれた」


「入れる訳がないでしょう!? というか入れる訳にはいかないいんです! というか先輩はもうお風呂から出ましたよね!?」


「フ。二度風呂。偶々もう1回湯舟に浸かろうとした矢先に鍵が掛かっていた扉に、処女膜を有する唯お姉様がいただけ」


「鍵が掛かっているんですから入らないでくださいよっ!? 常識ないんですか常識!?」


「フ。今日の昼下がりに私の巨乳を触らせるようお願いしてきた人間の物言いとは思えない」


「そ、それは……別問題なんですっ!」


「フ。別問題どころかこれは応用問題。よく言うでしょう? 右頬をぶたれたら左頬を差し出せ。胸を触ったら全裸を差し出せ。ついでに処女膜も差し出して流れで性行為して妊娠しろ、と」


「言いませんっ! 絶対に言いませんっ!」


「フ。そういう訳で来ちゃった」


「お願いだから帰ってくださいよぉ……!?」


「フ。こうして鍵を破ってここまで来たのに処女膜を破らずに帰るだなんて冗談。確かに何故か鍵が掛かっていたけれども、その先に全裸の唯お姉様がいると考えただけで私は持てる力の全てを使ってでもその理想郷に辿り着かねばならないと決意した。フ。我ながらお涙頂戴と言わんばかりの献身ぶり。これには唯お姉様も股から愛液。間違えた。目から鱗ね」


 やっていることは完全に犯罪だと指摘してやりたい気持ちに駆られてしまうけれども、悲しいかな、こうしている私も扉の向こう側にいらっしゃる変態メス豚先輩に負けず劣らずの犯罪者だったりする。


「フ。分かった。じゃあ唯お姉様の処女膜は今日破かない。一緒にお風呂ぐらいはいいでしょう?」


「で、でも、私は今からお風呂から上がるつもりでして……!」


「これから脱衣ゲームをするのでしょう? 洗い残しがあったらどうしようだなんていう後悔を残したまま脱衣ゲームに臨みたくないという乙女心をどうか理解して?」


 彼女の言い分は……いや本当によく分からないけれど……多分、女性なら誰しもそう思う筈……なの、かな……?


「フ。どうしたの? 唯お姉様は風呂から出る。私は唯お姉様の残り湯を摂取する。扉を開けてお互いに乳房や局部を公開しながら移動するだけでしょう? 何か不都合でもあったかしら」


 扉越しから聞こえてくる彼女の不敵そうな物言いには、確かに同性同士であれば多少の羞恥心こそあれど法律的には何の問題も無いように思えるだろう。


 だがしかし、私は男だ。

 男なのだ。

 しかも、一糸まとわない姿で浴場にいる。


 本来であればすぐさま衣服に袖を通したいのだけれども、肝心の衣服が脱衣所にある時点で扉の向こう側にいる下冷泉霧香に鉢合わせなければならない状況に陥ってしまっている。


 自分の手で持っている白いタオルで男性器を隠しながら彼女とすれ違いでもすれば……最悪、バレてしまう可能性も無きにしも非ず。


 また忘れてはならない事に彼女は百合園女学園3大美人と称される程の美貌とスタイルの良さを誇る美少女先輩でもあり、そんな彼女のあられもない姿を目撃でもしてしまえば自分の男性器がどうなってしまうかだなんて……それこそ想像に難くない。


 そんな未来を想像するだけでも私の背に寒気が走る反面、下半身の方はと言えば若干の熱を帯びる感覚を覚えている始末だった。


「フ。どうしたの? まさか唯お姉様は風呂場で自慰行為でもしていたのかしら」


「じ――っ!? そ、そんな、はしたない真似、する訳……!」


「フ。なるほど。だからこうして扉を開けない訳ね。完全に理解した」


「ち、違うんですっ! 本当に違うんですっ!」


「フ。だったらその扉を開ければいいじゃない」


「そ、それはそう……なんですがっ!」


「フ。本当に唯お姉様は女性の裸を見るのが怖い……いえ、本当に女性の身体が好きなのね。フ。私に負けず劣らずの変態ね。そういう唯お姉様が本当に大好きよ?」


「わ、私は変態なんかじゃありませんっ……!」


 駄目だ。

 こうして彼女と問答するだけで自分の身体がしてはいけないっていうのに勝手に熱くなって、興奮して、自分が男性だって言う事が自分自身に分からされてしまいそうになる。


 彼女の動向を見張る為に動いていた筈の自分の眼は気づけば、扉越しからうっすらと見える下冷泉霧香の裸体をくっきりと見ようとしている始末であり、彼女が何か一言でも発する度に下半身にはどうしようもないぐらいの熱が1点に集まって行こうとする。


 こんな有り様で本当に体育の着替えをどうにかする事が出来るのだろうかと、現実逃避のように週末にある危険の方にへと思わず目を逸らしてしまうぐらいには私はどうしようもない程に追い詰められてしまっていた。


 実際問題として、こうして私が扉を開けさせないようにと行動をしてしまっている時点で下冷泉霧香に何かしらの不信感を煽らせるような真似をしている訳であり、やたら勘の良い彼女であればこの事実から私の絶対に知られてはならない事に気づいてしまう可能性だってある。


 本当にどうすればいいのだろうかと、私は天に救いを求めるように天井の方にへと視線を向ける訳だけれども、当然ながら救いなんてある訳もなく、天の方にへと登った湯気が姿を変えて水滴となっては湯舟に落ちるだけで――。


「…………っ」


 天井に張り付いた水滴は、底すら見通せないぐらいに濁った湯舟に落ちた。


 その湯舟に私は逃げるように、天井から水滴が零れるように、誰にも見させないように、私は見せてはいけない身体をお湯に浸からせて隠す事にしたのであった。

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