信じられない嘘を吐くためには信じられるモノが必要っす

「さて、そういう訳で第1回脱衣ゲームの準備と参るっすよ!」


 午後の授業を終え、放課後の買い物を終え、帰寮して夕食を作り、それを女子寮利用者にご馳走して、洗い物をして、お風呂に入って……とまぁ、色々と忙しい時間帯の夜の百合園女学園第1女子寮にて、葛城さんの言葉が響き回る。


「……えっと、本当にやるんですか葛城さん……?」


「おっとおっと? 天使さん、乗る気じゃないっす? それとも女子寮内で遊戯にかまけるのは寮母的にはアウトっすか? 一応、理事長代理の許可は取ってるっすよ? 職権乱用な気はしますっすけどね」


「ゲームをするのは別に構いません。トランプとか、すごろくとか、テレビゲームでも別に何だっていいですけれど……だからといって、脱衣ゲームは、その、ちょっと……」


「そんな真面目に言っちゃってぇ……私、知ってるっすよぉ? 今日の天使さんがすっごくソワソワしているの。そんなに楽しみにしてくださっているだなんて今回の主催者としては嬉しい限りっす!」


「嬉しいだなんて、そんな訳……」


「またまた~! 天使さんはかわいくて美人の女の子にモテモテっすねぇ!」


「そ、そんな訳っ……ありません……から……!」 


 ニマニマ笑顔でこちらを覗き込みながら、ついでにそんな私の顔を携帯機器を用いて写真撮影をしてくる葛城さん。


 その写真は後ほどに彼女が裏で管理しているファンクラブとやらに使うつもりなのだろうだなんて、他人事のように思いながら私は脳に溢れかえる煩悩という煩悩を必死に遠ざけようと努力する他ない。


 実際問題、彼女が指摘したように今日の私は……まぁ……その……少しだけ……本当に少しだけ……ちょっぴりだけ……胸が躍っていたというのが正直なところ。


 脱衣ゲームで興奮するだなんて最低だという自覚は多少なりともある訳なのだけど……私はこれでも男の子なもので……いやいや、やはり性別で言い訳をするというのは流石にどうなのだろう、私。


「大丈夫っす大丈夫っす。脱衣ゲームと言っても天使さんは脱ぎませんから」


「そういう問題じゃないんですっ!」


「そういう問題っすよね? 天使さんが他人の女性の身体に慣れてないから慣れさせる為っすよ?」


「そのご厚意は本当にありがたいのは山々なんですけれどっ……! そのっ……! やっぱり止めましょうよ、こんな事っ……!?」


「これぐらい女子同士なら当然っすよ当然。いやぁ、本当に天使さんは真面目な良い子っすねぇ? 少しぐらい悪い事を、女の子同士ならではのイケナイ遊びを覚えましょうっすよ?」


「……う、うぅ……」


 こうなったのには色々と話せないような事情がある。


 そう――何度も言うけれども、私は男だ。

 男なのだ。

 女装をした男なのだ。

 何故か周囲から全然全く女装バレしてないけれども、男なのだ。


 当然ながら、そんな女装事情が周囲にバレて良い訳がある筈も無く、そしてそんな女装事情がバレてしまうかもしれないという未曾有の危機……身体測定が今週末の金曜日にある始末。


 最悪な事に、更衣室で着替える女性たちに入り混じって平然と着替えられる程、私は度胸がなかった。


 そう、度胸。

 私にはそういう覚悟みたいなモノに欠けており、何だかんだで女装をして女学園に編入するだなんていう事が悪い行いである事を認識したまま、ズルズルとこうして流されるがままに生きてしまっている。


「貧乳で度胸もない天使さんがそういうのなら中止するのもやぶさかではないっすけど……今日の百合園さん、滅茶苦茶機嫌が良かったっすよ?」


「……うっ……」


「確か、えぇと、あぁ、そうそう……『えへへ! こうして女子寮で友達と遊ぶの初めてー! ふふ……! 取り敢えず下冷泉先輩は全裸にして外に放り出してぇ……? それから唯と……ふふふ……! 優勝賞品の唯で何しよっかなー!』と言っていたぐらい楽しみにしてましたっすねぇ。自分が負ける事が毛頭ない感じで見ていて微笑ましい気持ちに駆られたっす」


「……声真似、滅茶苦茶上手いですね葛城さん……」


声帯模写こえまねは自分の数少ない特技っす」


「……私の主人が今日もまた失言をして、本当にすみません……あれでも根は良い子なんです……好きなモノが絡むと暴走しがちなだけなんです……」


「いえいえ、主人関係で謝るのは逆にこちらの方こそっす。私のお嬢がいつもいつもセクハラをしてごめんっすよ。普通にしただけでどんな男性でも落とせる程度には美人なのに本当に勿体ないっす」


 因みに。

 意外な事に私のご主人様こと金髪碧眼の美少女、百合園茉奈は今回の脱衣ゲームに乗る気満々だったりする。


 その理由はきっと私が優勝賞品だからだという背景が絶対に関係しているのだろうけれども、彼女の行動パターンは本当に分かりやす過ぎる。


 今日も今日とて、男性のような口調と1人称が僕というキャラクターで通していたけれども、それは彼女が動揺してしまえばいとも容易く消えてしまうような杜撰な偽装だったりする訳なので、彼女は本当にそのキャラクターはやり通そうとしているのか甚だ疑問。


 とはいえ、彼女の演技に襤褸ぼろが出たその瞬間に周囲の視線が自然と集まるものだから、ある意味では彼女の杜撰な演技……もとい、ご主人様の演技は私という女装した男性という事実から逸らさせる為のデコイ的な意味合いも少しはあるのかもしれない。


「と、こ、ろ、で、っす。ほれほれ。どうっすかどうっすか~? お風呂上りの敏腕美少女高校生葛城さんっすよ? 百合園女学園3大美女である唯お姉様なら背景に百合の花が咲くようなシチュエーションで褒めるのも簡単っすよねぇ?」


 お風呂から上がった後の女の子というのは、いつもの数倍よりもエロスを感じるように出来ているように思えてならない。


 ドライヤーで乾かしたばかりの髪から漂うシャンプーの匂いに、普段であれば絶対に見る事すら叶わないのであろう女性の寝間着姿は私に肯定やら否定の言葉を吐きださせる事すらままならなくさせる魔性の魅力があるものだ。


 実際問題、いつもいつも怖くて何を考えているか分からないから出来るだけ遠くに逃げたいと私が思っている対象の葛城さんのお風呂上りの姿に目が釘付けであった。


 今日は珍しく葛城さんが1番風呂だったからという事実はもちろんあるけれども、それはそれとしてお風呂上り特有のしっとりした感じに私は思わず視線を奪われていた。


「いやぁ、無言でも視線は雄弁っすねぇ? いやいや、まさかまさかっす。あの真面目そうな天使さんがむっつりのスケベさんだっただなんて……」


「……はっ! ご、ご、ご、ごめんなさいっ!」


「同性同士なんですからそこまで気にする必要性あるっすかね? というか同じ屋根の下で寝る仲じゃないっすか」


「それは、そうなのですがっ……!」


「大丈夫っす大丈夫っす。私、そういうのにも理解がありますっす」


 涼しい表情で気楽そうに言ってくれる葛城さんとは対照的に、私の心臓はバクバクと鼓動を繰り返していて大変うるさい事になっていた。


 一応、私は女性に対して紳士的であろうと心掛けていたりする。

 これはまぁ、私が実は男性であるからという内情も関係する訳なのだけど……具体的に言うのであれば、鍵を閉めてお風呂は1番最後に入り、浴槽に溜まった湯水は出来る限り使用せずにシャワーで代用したりだとか。


 後、お風呂から上がったら軽くお掃除したり、カビ対策をしたり、洗濯物を性別ごとで分けたり、ブラジャーとパンツを極力見ないようにしたり――これに関しては和奏姉さんで慣れさせられたから少しばかりの免疫はあるし、元を正せば只の布だから逆に気にした方が色々と不味くなると思う――とまぁ、色々と見えないところで女装生活を日々切り抜けている。


 そして、やるべき事を全てやり終えた私は浴場の扉の鍵を開け、逃げるように自室に入って寝て、明日を迎える。


 そういった生活をする事によって、お風呂上りの女性の姿を出来るだけ目の当たりにしないように気を付けていた訳なのだが、端的に一言で言うのであれば、私は女お風呂上りの女性という劇物に対する免疫は皆無でもあった。


 視線を逸らそうと思っても、いけない事だって身体が分かっているのに、油断したその隙に私は葛城さんを見ているし、そしてその全ての視線が葛城さんに看破されてしまっている訳で……当の本人はニマニマと悪どい笑みを浮かべている始末なのである。


「天使さんが好色家だったとは予想外でしたっすねぇ。とはいえ、いつもいつも天使さんはお風呂から上がったらすぐに部屋に閉じこもるんで知らなくて当然でしたけれど。やはり、こうして寮生団欒の場を設けるのは正解だったっすかね」


「……私の事を知ってもあんまり面白くないと思うんですけど」


「その分、他の人の事を知れる……でしょう?」


「……」


 彼女の言葉に思い当たる事があったので思わず黙って、今日の朝にあった事を思い出してしまっていた。


 私のご主人様の兄であり、私の姉と結婚するかもしれなかった男の人の発言……それは確か『未知という恐怖を無くす事』だったか。


 今にして思えば、私は周囲との交流に自分から接してこなかった。

 それは女装生活を守る為に当然と言えば当然なのかもしれないけれども、心の奥底ではのようなものが、いや、罪悪感そのものが燻っていたと思う。


 男性厳禁の場に、男性の自分がいるという事。

 そして、その嘘がバレてしまったらどうなってしまうのだろうかという恐怖。


 その事について、私はように思えてならない。

 

「葛城さんは」


「ん? 何っすか?」


「どうして、嘘を吐くんですか?」


「……。えーと? それってどういう意味合いっすかね? ありゃ? 私なんか噓っぽい発言でもしたっすかね?」


「……すみません。今のは忘れて――」


「――お嬢の為っすよ」


 即答だった。

 聞いてて気持ちが良くなるほどの即答ぶりに、私は続きの言葉を吐きだすの忘れてしまっていた。


「私はお嬢の為なら何でもするっす。その為に嘘を吐く必要性があるのであれば喜んで嘘を吐くっす。だから、私は噓を吐くっす。お嬢の為だけに……自分が信じたいと思ったモノの為なら、何回でも。何度でも。許される嘘だとか、許されない嘘だとか、そんなのは正直言ってどうでもいいっす。私は自分の目的を達成する為だけにを吐くだけっす」 


 葛城さんのいつも通りのような声音のようでいて、真剣な眼差しから繰り出されるその言葉に私は不思議と、謎の説得力のようなモノを感じていたと思う。


 だって、今の私は……この歪だけど少し楽しい女装生活をまだまだ送り続けたいと、桜の木の下で思ったのだから。


「……今回の葛城さんの提案も、下冷泉先輩の為ですか?」


「ノーコメントっす」


「ふふっ。相変わらずの仕事人ぶりですね」


「それが葛城楓の流儀、っすからね」

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