女性の裸に慣れる為の作戦会議

「……なるほど。それで先輩が唯を連れて、理事長室にやってきた訳か」


「フ。幸いにも休みの時間はまだあるものだから」


 恥ずかしながら、泣いてしまった私は落ち着きを取り戻した後に理事長室で業務をこなしていたご主人様の元にまでやってきた……というよりも、半ば強制的に先輩に連れてこられたと言うべきだろうか。


 まさか、昼休みの時に死んだ姉の事を思い出して泣いてしまうだなんて夢にも思っておらず、いきなりに泣き出したが為に頭も回らず、先輩に手を引っ張られるがままに理事長室の中にやってきたのだった。


「す、すみませんご主人様。仕事中に忙しいのに……」


「唯。そんな事は心配しなくていい。丁度私も休憩をしようと思っていてね。良かったら出来立ての暖かい紅茶を一緒に飲もう」


 黒塗りの豪華絢爛な理事長室の椅子に座りながら、ご主人様は穏やかな笑みを浮かべており、来客用の応接テーブルに座るよう手で促している。


 促された私はというと、とても萎縮してしまうというか、どう見ても業務中なのに私なんかの為に時間を割いているとしか思えないご主人様の心遣いが痛いほどに……痛くて。 


 座れと言われたのに、座れなかった。


「フ。何を気にしているの唯お姉様」


「気にしないでいられる筈が……」


 今のは命令じゃなくて、提案だったものだから、私はついつい自分の中に芽生えていた申し訳なさを優先させてしまった……が、そんな私の葛藤なんて小さいものだと言わんばかりに、下冷泉霧香は見惚れるような動作で来客用の椅子に腰掛けるのであった。


「フ。私は特に用事もないのに茉奈さんの仕事の邪魔をして、来客用のお菓子とお茶を貪っているいるのだから、用があってここに来ている唯お姉様はかなりの常識人の部類に入ると思うのだけど、違って?」


「その通りだ。唯は気にしなくていいが、先輩は少しは気にしてくれ。そのお菓子、滅茶苦茶に美味しいが高いんだぞ? 経費が苦しいんだぞ、こっちは?」


「フ。お嬢様学校の理事長代理かつ大が付くぐらいに金持ちの百合園家のご令嬢とはとても思えない台詞ね。そういう訳で唯お姉様は私の隣に座って優雅な昼休みを楽しみましょう」


「いくら理事長代理とはいえ予め決まっている予算通りに事を進めないといけないに決まっているだろう。それはそうと唯は先輩の隣じゃなくて僕の隣に座れ。僕は君のご主人様だろう?」


 穏やか笑みを浮かべたまま、2人はまるで言葉も行動も無く互いに何度も激突を繰り返しており、その間に運悪く挟まれてしまった私自身としては何とも言えない気持ちに駆られるものの、運が悪い事にこれから取る自分の行動は誰か1人がちょっと色々とアレになってしまうので、そういう意味を踏まえると即断即決とはいかなかったのが正直なところ。


「もちろん。賢い唯は正解が分かっているな? うん?」


「フ。なんて酷いパワハラなのかしら。さぁ、こちらに座って唯お姉様。パワハラじゃないセクハラをしてあげる」


「……間を取って、私だけ立ちっぱなしというのは」


「駄目だ」


「フ。駄目」


 そういう時だけ仲が良いんだよね、この2人。


 女子寮で1週間近く共同生活を送るうちに気づいた事があるのだが……何だかんだで、この2人、仲が良いのである。


 犬猿の仲とでも呼ぶべきなのだろうか。

 互いに明治時代に活躍した旧華族の末裔に連なる名家であるが為か、或いは百合園女学園が誇る2大美女――今現在は私を入れて3大美女という称号になっているらしいが、私は男性なので断固拒否している――という称号を有し、周囲の女子生徒たちから羨望と尊敬の眼差しで見られている為か。


 具体的な理由こそ分からないが、彼女たちは何だかんだで奇妙な程に共通点があったりする。


「どうしたんだ、唯? 早く選択したまえ。現在進行形で僕に可愛がられるか、夜に僕に再調教させられるか。選べ。すぐ選べ。さっさと僕の隣に座って僕に愛でられろ。君の為だけに膝枕をしてあげよう」


「フ。そうよ、選びなさい唯お姉様。私の処女膜か、唯お姉様の処女膜か! 性的に可愛がってあげるわね! もちろん私で性的に遊んでもらっても良い訳なのだけど!」


「……えっと……」


 前者はともかく後者の言い分には滅茶苦茶に共感ができなくて困るしかなかった。


 そもそもの話として、私がどういう行動をしたら私の処女膜が襲われる事になってしまうのか――いやいや、私にそんなモノがある訳ないだろ。あるのは男性器だよ男性器。


「じゃあ折角ですし、ご主人様の隣に座りますね」


 つい先ほど、先輩の胸でみっともなく泣いてしまった自分としては、下冷泉霧香の隣に座る事が何だか気恥ずかしいし、女装事情もあったし、私に存在しない処女膜を危ない目に晒すのもアレだったし、何だかんだで私の女装事情を知っているご主人様の隣に座る事にした。


「ふふ、ふふふ、ふふふふ……! よく正解を選んでくれたな唯。君は本当に素晴らしい。まぁ、どちらにしろ正解が一択しかない選択肢だったのだから君がこちらを選ぶのは当然と言えば当然でしかないのだが。それでも僕は信じていたとも、うん」


 滅茶苦茶に上機嫌なご主人様だった。

 そして、そんなご主人様を愛玩動物でも見るかのような生暖かい視線で見守っている下冷泉霧香であるの訳なのだけど、ご主人様はそんな事にも気づかないぐらいに上機嫌だった。


 何なら生えていない筈の犬の尻尾だとかそういうものがブンブンと振っているように思えてならないぐらいの喜びっぷりかつ、常日頃から胃痛に悩まされているとは到底想像できないぐらいの輝かんばかりの笑みで顔が溢れており、そんな彼女を見ているとこちらも自然と笑みがこぼれてしまう程だった。


「それじゃ私、紅茶を淹れてきますね?」

 

「フ。大丈夫よ唯お姉様。……葛城」


 言葉で私を制してみせた下冷泉霧香が「ぱん」と両の手から綺麗な音1回だけ出し――。


「呼ばれてきたっすよー! はいコーヒー4人分っすよー! さっさと飲めっすよー!」


 掌同士を合わせた時に生じた音が理事長室に満ちたその瞬間、鍵をしていた訳ではないのだけれども、余りにもタイミングが良すぎる事に電動ポット片手に葛城さんがいきなり扉の出入口から現れたのであった。


「――――」


 余りの突然の出来事に身動き1つも取らないままフリーズしているご主人様であったけれども、彼女の気持ちは分からなくもない……というか、共感しか覚えられなかった。


 いや、ここまで来ると葛城さんは常人の範疇にいる人間なのかすら、いよいよ怪しくなってきたまである。


 主人である下冷泉霧香が時代劇で見るようなお約束とも言えるような動作を1回しただけで姿を現すだなんて、葛城さんは忍者だとかそういう人種に片足踏み入れているのだろうか。


 真相は分からないけれども、現時点でも色々と怖い葛城さんが更に怖くなった瞬間なのであった。


「おっとおっと、っす。いやぁ、こんなところで会うだなんて奇遇っすね天使さん! お嬢と一緒にいる現状を見るにお悩み事は話せたみたいっすね? 良かった良かった、っす」


「そうですね葛城さん。……というか、葛城さんに色々と聞きたい事があるのですけれども……今、お時間宜しいですかね……?」


「え~? 自分、何か悪い事したっすか~?」


 誰が訊いてもとぼけているとしか思えないような言動を取りながら、手慣れた動作でコーヒーを注いでいく葛城さんであるのだが……彼女は私の無許可にファンクラブとかいう変態お嬢様たちホイホイとでも呼ぶべき非合法的な集団を作り上げていたのである。


 葛城さんの雇い主である下冷泉霧香から先ほど色々と問い合わせてみたのだけれども、どうにも彼女は私の盗撮写真や勝手に録音していた音声データを基に音声作品を作り、それをファンクラブに入会させる為の餌として利用しているようであったのだが……私のプライバシーとかその他諸々が無視されていた訳なので、後々に小言を言ってやりたいのが正直なところ。


「……いえ。葛城さんのおかげで案外快適に学校生活を送れる事への感謝をしようと思いまして」


「言葉通りに受け取っていいっすかね、それ。まぁ、バレた様子なら流石に自分も後々に事後報告をさせて頂くっすよ。何だかんだで天使さんにメイド服だとかそういうエロい服装を着させた写真集を来月のファンクラブ特典にするつもりなんで。写真撮影の協力とか宜しくっす。案外快適な学校生活を送る為に必要不可欠っすから」


「ちょっと待ってください。一体全体、何を言っているんですか葛城さん」


 前言撤回。

 あの雇い主あってこの雇い人だ。

 

 一体全体、何を考えたら私の写真集を撮るだなんていう恐ろしい発想に思い至るのだろうか。


「フ。葛城にしては素晴らしい計らいね、先ほどから茫然自失している茉奈さんもそう思うでしょう?」


「――はっ⁉ す、すまない。ちょっと驚きすぎて意識が飛んでた。悪いが先輩、もう一度だけ質問の内容を聞かせて貰ってもいいか?」


「フ。唯お姉様にエロ衣装を着せてAV撮影するとするならば、何を着せるかって話」


「君たちは僕の意識を何度も飛ばさないと気が済まない奇病でも患っているのか⁉」


 憤慨なさるご主人様の言い分に納得しかできなかった私は葛城さんが注いでくれたコーヒーに口をつける。


 あの日、編入初日に女子生徒に追いかけられた私を助けてくれた後にご馳走してくれたコーヒーと同じ味が口の中に広がる。


 その時に飲んだ飲料がコーヒーであるのだから当然と言えば当然という話なのかもしれないけれども、それでもあの日に飲んだ美味しいコーヒーと同じ味を再現してみせる葛城さんの技術に舌を巻く。


 同時にこのコーヒーが淹れ立てだという事を理解するのに充分すぎる程の味だった為、一体全体、いつから葛城さんはこのコーヒーを用意したのだろうかという疑問で頭がいっぱいになる訳だけれども、その事について問い合わせてみたら色々と怖い目に遭いそうだから止めておく。


「ご安心をっす。こんな事があろうかと……お嬢の従者たる者、そういう心構えでいますっすよ」


「ナチュラルに人の頭の中を見るの止めてくれません?」


「まさかっす。天使さんがそういう表情をしているもんですからそれから読み取っただけっすよ。それにまぁ、文脈と言いますか今までの流れで何となく分かるっすよ、そういうの。そういう職業してると分かるっす」


 今後から葛城さんを前に女装云々を考えるのは控えた方が良いと思わざるを得なかったが……そんなこんなでいきなり現れた葛城さんは4人分のコーヒーを注ぎ終えた後、まるでこの会話の場に始めからいましたよと言わんばかりの表情で下冷泉霧香の隣の席に座ってみせた。


「まぁ、自分の話も過ぎた過去話も今はどうでもいいっすよ。今の問題は天使さんがどうやって身体測定を乗り越えるかっすよね?」


「待て。ちょっと待て。唯、まさか下冷泉先輩と葛城さんに……」


「フ。えぇ、同じ女性同士。同じ性別の先達者として、色々とアドバイスを授けていたわ。もっとも唯お姉様の具体的な助けになれる妙案を出す事は出来なかったのだけど」


「……そう、か。うん。それならいい。先輩、唯の悩みを聞いてくれて助かった。ここは素直に感謝する」


 素直に頭を下げるご主人様を目の当たりにし、私も慌ててご主人様に倣うように眼前に座る2人に頭を下げる。


 だが、下冷泉霧香はそんな事は良いと言わんばかりに右手で静止の合図を出し、頭を上げるようにと言葉も無く伝えてみせた。


「フ。忘れがちだけど私3年生。高等部3年生。年上。学内3大美女。だからこういう同性同士の悩みなんて飽きるほど聞かされた。そういう訳で唯お姉様が年上百合にハマっても良い訳なのだけども……!」


「お嬢。人の悩みは真面目に聞けっすよ。しっかりしろっすよ最年長」


「フ。葛城の言う通りね。さて、そういう訳で茉奈さんに先ほど共有した通り、唯お姉様は恥ずかしがり屋だから人に裸を見られたくない。だけども、それはこれからの学校生活を送る上でとても困難な事である」


「……当然だな。何せ唯は美人だ。銀髪美人だ。僕のタイプだ。人の目を集めるのが当然だと言わんばかりの美貌だし、廊下を歩いただけでも唯は学内3大美女だという小耳に挟む程だ。良くも悪くも注目を集めてしまうのは想像に難くない」


「それなら自分に妙案があるっすよ!」


「フ。何かしら葛城。減給覚悟で言ってみなさい」


っす。天使さん以外の人が負けたら脱衣していくゲーム大会を女子寮で4人でやりましょうっす。もちろん天使さんが他の女の子を脱がせる側っす。荒療治ですけれど、やっぱり女の子の裸は見て慣れた方がいいっすからね!」


「な、な、な……!? だ、脱衣ゲーム!? か、葛城さん!?」


「あら、葛城にしては名案ね。唯お姉様が全裸を見られて慌てふためいたような表情が見られたから、今月の給料プラス10万円」


「あざっす」


「――却下だ。流石にそんな低俗な遊戯を百合園女学園第1女子寮でさせる訳……」


「優勝賞品は天使さんという事でどうっすか? 1日デート権とかそういうやつっす。後、副賞品として天使さんの隠し撮り写真集とかASMRとかそういうブツでどうっすかね?」


「――よし。やろうか、脱衣ゲーム。賞品は本当にすっごくどうでもいいが誉れ高き百合園一族の末端として、華々しい成績を納めて賞品を独り占め……こほん。所有権を得て管理してやる責務がこの僕にはある」

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