第2章 身体測定編

皆に見られながら着替えをすることになって恥ずかしいね、唯お姉様

「美味しー! どれもこれもすっごく美味しー! 朝から揚げ物なのに全然くどくないどころか生姜の風味のおかげで凄くあっさりしてる! えー? これお昼入らないよー? えへへ……! 今日も朝からすっごくしーあーわーせー! 体重計とか見たくなーい!」


「フ。同感。個人的には唯お姉様が作ってくれたという事実が隠し味。これだけで他の店では出せない味になってる」


「本当っすねぇ。日頃からお世話になっている高級ホテルの朝食に負けず劣らずっす。このレベルを毎日食べられるってだけでもこの寮に入る価値はあるっすね」


 百合園女学園第1寮の利用者である女子生徒の皆さんは私が作った簡単な料理を過剰なまでに褒めつつ、見ていて楽しくなるほどの食べっぷりを朝から披露してくれた。


 特に私の雇用主にして、男装の共犯者にしてご主人様でもある百合園茉奈に至ってはカツオの時雨煮をおかずに白飯を4杯ぐらいお代わりしていた。


 予め弁当用の白飯を取り分けていなかったら、弁当に十分な量の白飯を入れられなかっただろうな、なんて思ってしまうぐらいにパクパクと食べており、なんであんなに食べているのにモデル顔負けの体型を維持できているのかが本当に謎だった。


 とはいえ、炊飯器に残った白飯を丸めておにぎりにするという作業を挟まないので私個人としてはとてもありがたいのだけれども。


「褒めてくれるのは嬉しいのですけれども、少し大袈裟では? 流石に百合園家とか下冷泉家のお抱え料理人に負けるとは思うんですけど」


「えー? 私は唯の作ってくれたご飯の方が温かみがあって好きなんだけどなぁ。唯はいつも私の胃腸の事を考えて消化の良い料理を作ってくれるし……ではなく! こほん、それとこれとは話は別だ。唯の作る料理は全て僕好みなんだ」


「フ。前々から思っていたけど、唯お姉様のお嬢様像は偏見がある。確かに本館だとか本邸だとかには確かにお抱えの料理人はいるけれども、基本はお手伝いさんが作ってるかしら」


「そうっすね。そのお手伝いさんが私っすね。おかげ様で毎日が忙しいっす。お給金が無いとやってられねぇっす。この仕事さっさと辞めてぇっす」


「下冷泉先輩と葛城さんの言う通りだな。僕のところも主にメイドが作る。まぁ、家の教育の方針だったり、家族との団欒が目的で料理を作ったりするぐらいは普通にあったが」

 

 意外も意外なお嬢様たちの食事事情を知ることが出来た。


 私個人としての偏見として、お嬢様たちは毎日毎日、料亭の板前だとか三ツ星のミシェランシェフたちが豪華絢爛な朝食や昼食に夕食を作っているものとばかり思っていた。


 いや、そもそもの話、利用者がとても少ない女子寮を利用している彼女たちがお嬢様として異端という可能性もあるかもだけど、珍味だとか高級食材以外のモノをは食べられないと駄々をこねられなくて良かったと思う。


 そういう意味では作った料理を美味しいと言ってくれる彼女たちは私にとっての理想のお嬢様であるのかもしれない。


 性格は、かなりアレだけども。


「まぁ、そもそもの話になるが。美味しい料理が食べられるのなら僕は感謝をして食べる。それは人間として当たり前の話だろう」


「フ。同感。美味しい料理には敬意を持って接するのは当然。食事は私たちの身体のエネルギーになる訳だし、今日も頑張る私たちの血肉にもなってくれるのだから」


 ……あぁ。

 この人たちにご飯を作って、本当に良かった。


 彼女たちは、僕が素直にそう思えるに足る人物であり、本当に素敵なお嬢様であった。


「百合園さんとお嬢が言うのも正論っすね。けれども私のような常識人にとっては、そろそろの季節っすから、ご飯抜きにするのも一種の選択肢になるっす」


 葛城さんがいきなり意味深そうに呼称した『アレ』とは何を意味をするものなのだろうかと思案する私だったのだが――。


「……あ。……ああっ⁉」


「え? どうかしましたか、ご主人様? 食事中にそんな大声を出して」


「そうだ! そうだった! あぁ、そうだった! くっ、この僕としたことが完全に忘れていた……! くっ、不覚……!」


「え? ……えぇ? あの、一体どうしたんですかお嬢様?」


 本当に分からない。

 一体全体、どうして茉奈お嬢様はこんなにも悔しそうに取り乱しているのだろうか。


「フ。茉奈さんに代わって私が教えてあげる。というのも今週から身体測定でしょう? ほら、走って胸をバルンバルン揺らしたりだとか、身長や体重を測ったりバストサイズを測ったりだとか、顔を隠して年齢を言ったり、マジックミラー号みたいな車の中で色々したり、とにもかくにもAVみたいな事をする神イベント! だって、!」


「……え?」


「フ。唯お姉様の裸が合法的に見られる最高の学校行事。それが身体測定! もうこれエロゲの内容じゃない!」


 とんでもないほどの、クソイベントが今週ある事を忘れていた私とお嬢様なのであった。


「な、な、な……なぁ⁉」


「フ。個人的には同時期に行われる体力テストをする為に体操服に着替えた唯お姉様が見られるのも見逃せない。ついでに体操服から透けるであろう唯お姉様のブラジャーの紐とパンツのシルエットも見逃せない! 葛城! 盗撮カメラの準備をなさい!」


「私をそういう事に巻き込まないで下さいっす。それにそういうのはご自身でやるから気持ち良いと思うっす」


「フ! それはそうね! 葛城にしてはとても良い事を言うじゃない! そう考えたらめちゃくちゃに楽しみね! いつもガードが固い唯お姉様の下半身の太股が曝け出されるのがめちゃくちゃ楽しみ! 楽しみ過ぎて女性器が濡れて何だかんだで男性器にトランスフォームしてしまいそう! そういう訳で体操服を着た状態で体育館倉庫で2人で百合セックスしましょうね? 2人で柔軟性を高め合うついでに子作りしましょう! 人体の神秘についての保健体育の授業を! この下冷泉霧香が教えてあげるわ! 実践で! 実演で! 実体験ね! 大丈夫! 誰しも最初の性行為は怖いに決まってる! でも安心して! 性行為! 2人でれば! 怖くない!」


「謹んでお断り申し上げますね、先輩」




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「……まさか僕と君がそんな大事な事を忘れていたとは」


「……余りにも色々とあり過ぎましたからね」


 朝食を済ませた私たちは登校の為の準備を行うと下冷泉霧香に言い残して、私の自室に逃げ帰っては2つ分の溜息を吐き出していた。


「……あ、そうだ。全然関係のない話なのだが唯。君に聞きたい事があるんだった」


「聞きたい事、ですか?」


「最近。どうして唯からあの変態の匂いがするんだ?」


「……あの、えっと、その……香水を付けられちゃって……毎日香水を付けないと葛城さんが真顔でこっちを見てきて……なので毎日、下冷泉先輩と同じ匂いの香水をつけてます……」


「ほぅ。髪紐の件といい、君の身体はどんどんあの変態好みになっていくな? 誰がご主人様なのかを再度分からせてやってもいいんだぞ?」


「今はそれどころじゃないので勘弁してください……」


 ちなみに下冷泉先輩と葛城さんにはこの会話を盗み聞きをさせないように食器の洗い物を任せている。


 そんな提案をしたのご主人様本人であるのだが、意外なことに下冷泉霧香はいつものような薄笑いを浮かべながら了承し、葛城さんの肩を掴んではキッチンの方に引きずり込み、2人で食後の洗い物をしてくれていたのだった。


 「まさかあの下冷泉霧香が僕の言う事を聞いてくれるとは」とお嬢様が口にして驚くぐらいには、先ほど見せてくれた先輩の行動は本当に珍しい事であるらしいけれど……いや、そんな些細な事よりも、私たちには取り組むべき問題が山積みだ。


「まぁ、いい。本題に戻ろうか」


「体操服にどうやって着替えるか、ですよね」


「うん。君の為に用意させた演劇用の胸パッドはかなり精密な作りにはなってはいる。現に制服の上から見ても問題無いように思える。貼り付け形式にしてるから体操服に着替えたとしても激しすぎる動きをしなければ、ぽろっと落ちることもない筈だ」


「上はいいかもしれませんけど問題は……その……なんて言いますか……」


「皆まで言うな。問題は君の下半身から生えている男性器だな?」


「全部言ってますっ⁉」


「とはいえ、別にブルマを履く必要はない。以前に共有したようにブルマ撤廃令は出した。一部の女子生徒は悔しさから血涙を流していたが、これからの体育の授業はジャージとハーフパンツの着用を可にした」


「本当にありがとうございます」


「唯は当学院指定の長ズボンかジャージ一式を着ればいい。……問題は、、だ」


 そうなのだ。

 恰好を誤魔化すこと自体は今までに出来ていたが、体育の際の着替えともなれば話は変わってくる。


 当然ながら、体育の授業前の休み時間に生徒は個室に赴いて体操服に着替える必要性がある。


 だがしかし、ここは女学院であるので当然ながら生徒全員が私1人を除いて女性。


 当然ながら、私の下半身の……もっこりと隆起してしまいそうになるを見られる可能性があるという訳で、もしもその瞬間を見られてしまったらと考えるだけでも――。


「……うぅ、ご主人様。何か女性ならではの視点とかやり方で履くようなコツとかってありませんか……?」


「ふむ。はしたないやり方だがある事はある。スカートの下からズボンを履いてから制服を脱ぎ捨てればいい」


「あ、なるほど。確かにそういうやり方がありましたね」


 あれ? 意外と……いけそう?

 着替えること自体は話を聞く限りでは普通に簡単そう。


「そのやり方さえ分かれば後は簡単じゃないですか! 本当にありがとうございます、ご主人様! おかげ様で気がとても楽になりました!」


「そうか。それなら良かった――と僕が言う筈がないだろう、君。馬鹿なのか君? 着替えるのは全然問題じゃない。本当に問題なのはだぞ?」


「――あ」


 良くない。

 それ、全然良くない。

 

 体操服に着替えるってことは、当然ながら私以外の女子生徒も体操服に着替えるってことだ。


 余りにも当たり前すぎて、全く考えに至らなかったのでお嬢様の指摘は本当にありがたかった。


「質問だが唯は僕以外の女性の裸体を見た経験はあるのか?」


「……姉です……姉だけです……私は童貞です……」

 

 母親の裸ぐらいは多分、赤ん坊の時に見た事はあるのだろうが余りにも昔のこと過ぎて論外だし、全く記憶にない。


 まさか、私に女性経験がない事でここまで窮地に立たされるだなんて夢にも思わなかった。


 清いだけでは女装をやってはいけないと思うと、常日頃から女装をしている人に私は畏怖の念すら感じている。


 流石に女子校に入るような女装癖の人は少人数だと思うけれど。


「とはいえ経験が浅いのは致命的だ。要するに君がついつい他の女性の着替えている姿を見てしまうかもしれないんだろう? そうなったら、君の下半身は、なぁ?」


「私の下半身をニマニマ見ながらそんな事を言わないでくれませんか⁉」


「ほぅ。では君は周囲が女性だらけの環境で、女性の裸を全く見ないで着替えが出来るというのかな?」


 無理。

 そんなの、絶対に無理だ。


 私は男だ。

 そう、私は男なのだ。

 身体も、精神も、どうしようもないぐらいに男の子なのだ。


 いきなり裸の女性が目の前に現れたら思い切りガン見して『自分は全然見ていません』と言わんばかりに恥ずかし気に視線を逸らしては、再度見てしまう卑怯極まりない生物が私だった。


 とはいえ、これは理屈どうこうで何とかなるような問題ではなく、生き物の本能とでも呼ぶべき領域の問題だ。


 だって、そうだろう⁉

 例えば、同年代の2年生で1番美人でモデル体型のご主人様と同じ空間で一緒になって着替えるだなんてことを想像してみて欲しい!


「……っ!」


 いつもいつも笑顔でお代わりを要求してくる健啖家でもあるご主人様の体型は本当に大食いとは思えないほどに細くて、出るところが出ている。


 普段は男のような高圧的な口調をしているけれども、そんな彼女には服越しからでも分かるぐらいの実に見事な双乳がぶら下がっていると思うと、それはそれで興奮してしまいそうな自分がいる。


 それに私と同じ百合園女学園の制服を着ている事で強調されている彼女のボディラインは本当にお見事としか言いようがなくて、油断してしまえば私は彼女をずっと見つめてしまいそうになる自信しかない。


 また、ご主人様はいつも寮や学園の中で理事長代理としての仕事をしている事も理由だろうけれど、外出する際にはブランドの日焼け止めを絶対に忘れないマメな性格をしている為か見惚れてしまいそうになるぐらいの色白の肌をなさっている。 

  

 だからこそ、そんなお嬢様が私の隣で着替えて、その色白な肌の色と同じ素晴らしい胸を見てしまうと思うと、私、私は――!


「勃起しているぞ、君」


「――な⁉」


「ふふ、安心しろ。冗談だ――って、え? なんで本当に大きくなってるのキミ……?」


 本当に信じられないものを見た人間特有の声を出して見せる茉奈お嬢様であるのだが、彼女の視線は僕のあるモノに釘付けであった。


 そのあるモノとは、もろちん……いや、もちろん、私のアレであった。


「ち、違っ……⁉ これは朝の生理現象ですっ! こればかりは本当にどうしようもなくてっ……!」


「……ふふっ。そういう事にしてあげよっか。本当に唯は可愛いね」


「可愛くなんてないですからっ……!」


 慌てふためく私とは対照的に、ご主人様は口端を引きつらせつつもまるで悪巧みを考えついた悪ガキのような笑顔を浮かべており、その顔は実に嬉しそうにも、恥ずかしそうにも、どちらにも取れるような複雑な表情であった。


 とはいえ……ご主人様の全裸姿を想像しただけでこの有り様だ。


 もしもこの勃起を他の人に見せてしまったと思うだけでも身体中に悪寒が走る。


 これから先に僕に襲い掛かってくるであろう身体測定に体育の授業を想像するだけでも私の女装生活が上手くいくというビジョンが全くと言っていいほどに見えてこないのだった。


「話を戻そう。こうなれば僕よりも上の権力者に色々と聞いてみるのが1番かもしれないな」


「ご主人様よりも上の権力者、ですか?」


「あぁ。理事長代理ではなく本当の理事長に、な」


「本当の理事長と言いますと……」


「僕の兄だ。変態だ」

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