第4話

「どうだ、花應院ユウ?」

「・・・・・・!!!そうか、これが私の体なのね!」


顔は弓梨薫だが、その天真爛漫な笑顔はテレビで観た花應院ユウのそれだった。

もの凄く違和感を感じるが、彼女が紛れもなく花應院ユウであることは何故だか分かる。


「あの〜〜、弓梨さん!」


不意に控え室のテントの外から弓梨薫(花應院ユウ)を呼ぶ声がした。


「呼ばれているけど・・・」

「そうだね、行かなきゃ!」


え?まだ体に入ったばっかなのに?何かこういう場合、慣らす時間とか、そういうの必要ないの?


「大丈夫ですか?」

「ん?うん、大丈夫!死神さんの配慮なのか、この子の中に残っている記憶で踊りとか歌とかは大丈夫だよ!」

「あ、いえ。でも、その慣れない体で踊ったり歌ったりできるんですか?」


僕の疑問に満面の笑みで彼女は答える。


「どうしてだか違和感を感じないのよ。どちらかと言うと今すぐ踊って歌いたい気分よ!」


そう言いながら彼女は舞台へと向かう。その後ろ姿は弓梨薫であるが、先ほどとは違うオーラを感じる。


「本当にうまく行くのか?」

「ああ、心配ないぞ!吾輩に失敗などない!」


そう断言するビーベル。僕は半信半疑ながらも、目の前で起きたことは信じざるを得ない。確かに弓梨薫は死んで、花應院ユウが生き返った。それは紛れもない”事実”として僕はこの目で見たのだ。


「さて、我々もステージへ行こう。彼女の復活ライブを見届けようじゃないか!」


僕はそのままビーベルと共に会場へと向かう。姿は再び消しているためか誰も僕ら侵入者には気付かず、誰もが目の前のステージに集中している。



しばらくして、音楽がスピーカーから流れ始める。リズミカルな音で、会場の人々が沸き立つ。それとともにララ☆ライズのメンバーがステージ場へ駆け上がってくる。




その中には”弓梨薫”の姿もあった。




全員が定位置につく。だが、そこで少しざわめきが起こる。数人の人がしきりに弓梨薫を凝視する。何故か?おそらく違和感に気付いたのだろう。古参ファンだろうか?首を傾げる者も見受けられる。


そんな観客の反応はおかまいなしにライブが再び始まった。

ダンサンブルな曲とともに一斉に全員が踊りだす。


歌っているのは右端の少女。だが、会場のざわめきが少しずつ大きくなる。

全員の視線を奪っているのは、弓梨薫(花應院ユウ)だったからだ。


休憩前の弓梨と明らかにレベルが違っていた。遠目から観察していても分かるくらいの変化。


まずはダンスのキレが段違い。一歩一歩の踏み込みと腕の位置、素早く次へと展開する鋭さ。音に混ざり合うようなそのダンスは、曲を知らない僕でも完璧だと思える。


何より顔の向け方が一流のプロを感じさせる。お客さん全員と目線が合うような顔の動きと作り。常に前を向く姿勢。全てにおいて完璧で洗練されていた。


会場にいる全員が息を飲んだ。メンバーの中では頭一つ抜けていた弓梨の美貌が、より輝きを増した。それが花應院ユウの魅力なのかもしれない。



「ワタシは♪ また返り咲くのよ!🎶」



弓梨がサビを歌い出す。遠くへと響く歌声。耳にスルリと入る音程。思わず見惚れてしまう圧倒感。その全ては別人が歌っているようだった。まさに唯一無二である花應院ユウがそこにいるようだった。


「花應院ユウっぽくね?」


会場の誰かがそう呟く。すると連鎖反応するように一人、また一人と伝説的なアイドルの名前を口にし始める。


「確かに、似てるかもな」

「弓梨ちゃん、急に雰囲気変わったけどこっちのほうが全然いい!」

「絶対、これから上がっていくよ!」


少しずつスマホを掲げる手が増えていく。みんなが動画を撮り始める。もちろんペンライトを振る人の数も増えていく。


それに応えるように弓梨の表情も明るくなっていく。

『私を見て!』『目を離さないで!』『みんな、元気出して!』

輝いて、焼きつけられて、励まされて…会場全体が明るくなっていく。


それにつられてか、メンバーたちのダンスのキレも上がる。弓梨に引っ張られる形で表情が明るくなり、楽しそうな雰囲気になる。

まさに魔法をかけられたようだった。


真っ昼間だというのに異常な雰囲気に包まれる。全員が熱のこもった視線で目の前のライブを観ている。


僕も周囲のファンたちと同じように聴き入ってしまっていた。いつの間にか曲に合わせて体は揺れ、見様見真似の合いの手を大きな声で叫んでいた。恐ろしいほどに、僕は彼女の虜となっていた。



曲が終わると同時に一斉にアンコールを求める声が起きる。それは重なり合い、大きな波となる。今度は少ししっとりとしたバラード曲が流れ始める。


先ほどとは打って変わって、ゆったりとした曲調でダンスも控えめ。そのぶん、一つ一つの動作は激しく、また歌がメインのためか全員が耳を傾ける。


会場が静まり返るとソロパートを弓梨が歌い始める。その前までの元気な声色とは違い、少し音程を下げた歌い始め。そこから徐々にキーが上がっていき、逆に前の曲よりもどんどんと高くなっていく。それでも歌は止まらず、ダンスも止まらない。周囲のメンバーもそれに同調する。


彼女はまさに天性のアイドルだった。周囲を輝かせ、目の前の観客を引き込む。本物のアイドルであることは疑いようが無い。


彼女を復活させたことで今日からまた伝説が始まるかもしれない。再び、地下から地上のドームへという夢が叶えられるかもしれない。それだけの魅力があり、それだけ彼女という存在は素晴らしかった。


ここにいる会場の誰もが今、夢見ているに違いない。きっと彼女たちは成功すると。そしてその夢の先頭で弓梨が踊っていると。


僅か数分の曲。だが、僕はそれを永遠と感じてしまう。目を閉じてみれば会場の歓声と曲が絶妙に融合して不思議なメロディーを奏でている。これもまた彼女が作り出した魔法なのかもしれない。


こんな至福の時間が永遠に続けばいいのに・・・そう思わざるを得ない。


彼女は、花應院ユウは、今まさに僕たちの目の前にいた。蘇り、再びライブを行っている。これは紛れもない事実であり、現実であり、真実であった。その選択は間違っていなかった。本物の弓梨とは違い、彼女(花應院)は本気で目の前の人を笑顔にしようとしている。


彼女の一つ一つの笑顔が、一人一人のファンに贈られていた。

そして誰もが彼女の虜になっていく。



僕は思ってしまう。





彼女を、花應院ユウを生き返らせて良かったと。心の底からあの時の残酷な選択を肯定した。





「ふふふ、肯定してくれたね?」



すでに遅かった。僕の顔を覗き込みながらビーベルはニヤリと笑う。そうだ。僕は今まさに、殺人を肯定してしまった。あんなクズが生きるくらいなら善人が代わりに生き返るべきだ、ということを肯定してしまった。


まさにビーベルの術中にハマっていた。僕は今からもう否定はできない。彼がこれから行うであろうことを非難できない。

なぜなら、その行動を正しいと思ってしまった自分がいたから。



「世の中にはたくさんの生きていてはいけないクズがいる。それと同じ数だけ、生きなければいけない善人もいる。にもかかわらず、この世界は不公平であり、平等にそれぞれに”死”がある。おかしいと思わないか?”死”は平等であるにもかかわらず、どこか不公平なところがある」

「・・・・・・」

「まさか、死んでいい人なんていない!なんて詭弁を言おうとはしていないよね?だって君はまさに先ほどの選択を肯定したのだから。クズを殺めて善人を生き返らせた選択をね!」



僕はもうそれを否定できない。彼の言う通り、もう”いい人”ぶれない。


曲は終盤となってきた。それでも弓梨の笑顔は変わらない。ダンスのキレも歌の精度にも、よりギアがかかる。やはり見惚れてしまう。目線が彼女へと集中する。


「凄いな、彼女がこれだけの才能を秘めていたとは。吾輩の中では、ただの生き返らせるリストの一人でしかなかったが・・・なかなかの傑作だな」


一人でぶつぶつとビーベルが呟く。僕はそれを無視して目の前のライブを楽しむ。


そして遂に曲が終わる。全員が天に向かって人差し指を突き刺す。そのポーズが決まると同時に、はち切れんばかりの拍手が起きる。全員がララ☆ライブ、そして弓梨に向けて歓声を上げていた。


アンコールも起こり、少し前のライブとは雰囲気が一変した。まさに会場中が一つになっていた。全員がライブという一つの出来事にのめり込み、楽しそうに笑っていた。まさに花應院ユウが望んだ通りになった。










・・・ん?望んだ通りになった?


どうして今の自分の発言に引っかかるんだ?




横を見ると口元を抑えながら必死に笑みを抑えようとしているビーベルの姿があった。その瞬間、かつてないほど異様な冷気が僕を襲う。


「ククク、やはり彼女もその程度・・・でしたか。でも、お陰で彼を勧誘できそうです」


なんて呟いたかは分からない。だが、ろくでもない事だということは分かる。


僕はビーベルを無視して弓梨の方を見ると、どこか顔が赤かった。そして足元がふらつき、病人のように頬がやつれていた。


それに気付いた観客たちがヒソヒソと心配をしだす。それでも会場のアンコールの声援は鳴り止まない。

やがてそれに応えるように曲が鳴り始め、弓梨がマイクを握りしめたとき僕にしか見えない光景が目の前に広がっていた。




弓梨、いや花應院にあの黒い闇がまとわりつき始める。ウネウネと足から腰、腹、胸、腕、首、頭へと少しずつ彼女の体を侵食していく。




何が起きているのか分からない。だが、その異変が僕にしか見えていなことは感覚的に分かった。

そしてあれは、絶対に飲み込まれてはいけないやつだということをすぐさま直感した。








だが、すでに遅かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る