第3話



【私はもっと生きて、もっとみんなを笑顔にさせたかった。もっと踊って、もっと歌って、もっとライブをして、もっとテレビに出て・・・・・・。アイドルとしてもっともっと生きたかった】



その魂は淡々と熱く語る。

ビーベルに言われるがまま魂に耳を澄ました僕に、聞き覚えのある天真爛漫な声が聞こえてくる。数年前、テレビでいつでもどこでも耳にしていたその声。


彼女はまさしくアイドル、花應院ユウだった。



【死んでみんなに迷惑をかけた。ファンの人たちを悲しませた。関係者の方々を困らせた。笑顔を届けるはずのアイドルが、全員を悲しませてしまった。私は、私は、私は・・・・・・・・・】



言葉を詰まらせる彼女の声には、死んだ人間とは思えないほど感情がこもっていた。

いや、死んで魂だけになったからこそ、その内側に潜んでいた感情が、よりクリアーにより拡大されて声に表れているのかもしれない。



【私ね、小さい頃ひどい生活だったの。両親は5歳の時に離婚してそのままママと一緒に生活していたの。でもね、母子家庭っていうのはみんなに嫌われるのよ。小学校ではクラスの女子たちのストレスのはけ口にされていたし、男子も私を気味悪がって面白半分に石を投げてきた】



その口調は怒り、悲しみ、恐れ・・・複雑な感情が更に混ざり合い、ぐちゃぐちゃになっていくのが何故だか理解できた。僕の気持ちも彼女とリンクしている。



【私ってアイドルの時はよく”明るい子”って言われていたけど、実は中学までは根暗だったの。意外でしょ?】


「・・・うん」


【教室の隅の方で、いつも休み時間には誰にも気付かれないように本を読んでいて。髪も腰ぐらいまで伸ばしていて、前髪も両目を覆うぐらいにして。で、ついたあだ名は「貞子」。髪もボサボサで服もいつもおんなじ。常にお腹を空かせている子だった。家に帰っても一人。ママはいつも働いてばっかで、私はいつも孤独だった・・・】



一拍おいて、今度は少し楽しそうに彼女は喋りだす。



【でもね、そんな私の唯一の生きがいがアイドルだったの。初めてテレビで歌っている彼女たちの姿を見て、とっても感動したの!こんなに明るくいれる人がいたんだ、こんだけみんなを明るくさせる人がいるんだって。そういう彼女たちに憧れてもいたし、同時に嫉妬もした。妬んだよ。でもそれでも私は毎日いろんなアイドルを見ていた。テレビでは常に彼女たちが出演する番組を視聴していたし、家から二時間も歩いていってライブを見に行ったこともあった。でも何か特定のグループのファンとかじゃなくて。なんて言ったらいいか、私は”アイドル”という職業が好きだった…】



その声色は少しずつ明るくなる。



【そんなある日ね、私はアイドルになりたい!と本気で思って高校に入る前にオーディションを受けたの。前髪を切って、生まれて初めて美容室に行って髪もカットして今風に整えてもらって。お洋服も綺麗なものに変えて…今まで貯めていた、なけなしのお小遣いのすべてを使って・・・】



その時の事を思い出したのか、突然クスクスと笑う。



【オ―ディションを最初に受けた事務所がBB&Dだった。2期生を集めていたみたいで、私も好きなグループの一つだったから受けてみたの。私みたいな根暗は落ちるだろうな、と思っていた。

それでも、歌も踊りも見様見真似で必死にやった。そしたら何故か一次選考は通っちゃって。そして二次試験を受けることになった。事務所の社長との一対一の面接。人とあまり関わらなかった私はテンパっちゃって、質問も聞かずに自分語りをし始めちゃったの。これまでの生い立ち、どうしてオーディションを受けたのか、目標はなにか…私、すっかり夢中で、ただベラベラとと一方的に喋って・・・】



彼女の話は続く。



【話し終えたときには、失敗した!と思ったの。今まで、自分の境遇を面と向かって話せる相手もいなかったから。だから、つい見ず知らずの人に洗いざらい話したくなっちゃったの。私は変わりたい!夢に、憧れに向かって真っ直ぐに生きたいんだ!って。自分勝手に正直に全部話してしまった。

でも結果、私は合格したの!その場で社長に合格と告げられた。夢じゃないかって3回も聞き返したわ!そして3度とも、”合格”って返ってきた。パニクった私は、聞いたわ。

『どうして合格になったのですか?』って。

そしたら社長は、

『アイドルっていうのは色々な種類があって、色々な輝き方がある。俺は、闇を抱えながらそれでも前へ向こうとする、進もうとするヤツこそ輝けると思っている。君みたいにね』って言われたの】



彼女の表情は読み取れなかったが、きっと泣いている、と分かるぐらいその声は上ずっていた。



【その後BB&Dに入って私は一生懸命頑張った。みんなに見てもらえるように。最初はメンバー同士ギスギスしていた。だってそうだもの。みんな社長が選んだ、闇を抱えている人たちだったから。

でも、段々と打ち解けていって一緒に切磋琢磨しながら頑張った。だってそうだもの。みんな社長が選んだ、前へ向こうと進もうとしている人たちだったから】



BB&Dのメンバーは他のアイドルグループに比べて仲が良いという噂は聞いたことがある。

でも、それがそういう事情が裏にあったなんて知らなかった。



【私はね、100年に一度のアイドルってもて囃されたけど、違うの。私に夢を見せてくれたアイドルたちがいたから、私もアイドルになろうと思った。事務所の社長と出会ったから、私はアイドルになれた。メンバーがいたから成功できた。全部全部、みんなのおかげ。だから私は頑張れた】



その一つ一つの言葉に力が込められる。



【そして、ファンのみんながいた。応援してもらえたから私は笑えた、歌えた、踊れた。私は人より才能があったのかもしれない。でも導いてくれたのは他でもない応援してくれた、助けてくれた人たちのおかげなの。だから―――】



彼女はゆっくりと息を吐いて次の言葉を続ける。



【だから、もう一度アイドルとしてやり直したい!もう一度舞台で歌って踊ってみんなを笑顔にさせたい!】


「それがたとえ誰か一人を殺しても?」


ビーベルの思わぬ問いかけに一瞬黙り、言葉を選ぶように彼女は答える。



【これでもアイドルのトップを経験しているから、なんとなく分かるんだ。彼女たちでは駄目だって。あのセンターの子一人だけが注目されていて、他の子は引き立て役。そんなのアイドルグループじゃない。ただの歌い手とその他エキストラよ】



声が、今度は暗くどんよりとする。そして僕の持っている彼女の魂が少しずつ黒く染まっていく。



【私はああいう人が一番嫌いなの。自分のためなら平気で人を壊す人。だってそうだもん、私が今までそれをされてきた側だったから。芸能界の闇は深い、というのは知っている。でもね、結局私達はアイドル。笑顔を届けるのが仕事。自分が笑顔にならなきゃいけないし、人を不幸にさせてはいけない】



魂から溢れる黒い”闇”は次第に揺れだす。僕の手、腕、体にまとわりつき、侵食してくる。



【だから、あんな最低なやつを殺してもかまわない。私は後悔しない。ファンを、全国を、世界を笑顔にすること。いえ、目の前の観客を笑顔にすることが使命だし、あの時できなかった花慶院ユウの”未練”よ】



その声色はさっきよりも低くどんよりとして重かった。でもどこか明るい不思議な聞いたことのないもので、自然と耳を通って心に響く。


「よくぞ言った!では早速行こうじゃないか!」

「行く?どこへ?」


僕の疑問をよそに、ビーベルは再び僕の首根っこを持って勢いよく飛び上がる。

首を持たれた状態の僕は痛みを訴えながら、ライブステージへと近づいていくにつれ自分たちの姿がバレないかとヒヤヒヤする。


「心配するな。今、吾輩と貴方は誰からも見えない。ジンガイの力だ」


その言葉通り、ステージの裏へと降りていく僕らに誰も気がつかない。

そうしてステージ裏に降り立った僕らは、しばらく弓梨薫が来るのを待つ。

数分後、ライブの曲と曲の合間の休憩のため舞台裏へと帰って来る薫。

しばらくスタッフと談笑していた彼女だが、不意に人払いをしだす。メンバーもマネージャーもいなくなったところで、カバンからある物を取り出して口に咥える。


「タバコ、か。それは誰にも見せたくないだろう」


ぼそりと僕はつぶやいた。

アイドルという職業上あまりよろしくない姿勢でタバコをふかす。

その姿を見て、僕の持っていた花應院ユウの魂がゾッと悍ましい”闇”を垂れ流す。


彼女の魂に触れている僕にもその気持ちが伝わってくる。





【あんなのアイドルじゃない!】







「どうだ、あの女がアイドルとしていていいと思うか?よっぽど花應院ユウの方が良いだろ!?」


その言葉に僕は反論できない。

ビーベルの情報を丸っきり信じたわけじゃないけれど、先程の行動を見る限り弓梨薫の正体を疑わざるを得ない。


【だってそうだもん!誰だってその人の見た目や行動で先入観を持ってしまう】


「じゃあ行きますか!」


そう言ってビーベルは一歩足を踏み出した。するとどうだろう。

不思議なことに、先程まで隣にいたビーベルの存在が”認知”できるようになった。


何でかは分からないけれど、ビーベルは他の人間にも見える存在としてその姿を現した。


「ん”ん”!だ、誰よ!あんた!?」

「こんにちは、弓梨薫さん!そしてさようなら!」


ビーベルはすーっと彼女に近づくと突然、虚空に手を伸ばす。するとその手に、大きな黒い鎌が出現した。と同時に、ビーベルは鎌を掴んで勢いよく弓梨薫に向けて振り下ろす。


「え、なな、何―――」


その叫びは最後まで続かなかった。


鋭い歯をした大鎌が弓梨薫の体を切り裂くと、血の代わりにあの黒い何かがドバっと噴き出す。そして切り裂いた場所から黒い玉がプカプカと浮き上がり、体の中心部に大きな穴が開いた。


「よし、じゃあその魂を貸して!」


ビーベルは僕の持っていた花應院ユウの魂を取り上げ、そのまま弓梨薫の所へと持って行く。そして何かを唱えながら勢いよく体に空いた穴にそれを押し込んだ。


すると開いた穴が徐々に小さくなっていき、先程の穴が嘘のように閉じた。


「これで完成だ!」

「完成?」

「ああ、吾輩が振るったこの鎌は魂を取り出すものだ。あの噴き出した黒いのが人間の生であり、取り出した黒い玉が彼女の魂だ」


そう言いながらビーベルは再び鎌を振るうと鎌は虚空に消え、片手に持っていた弓梨薫の魂を懐へと入れる。


「つまり、弓梨薫は・・・」

「そうだ、死んだぞ。そして花應院ユウが復活したのだ!」


目の前の人物は本当に”死神”だった。


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