第2話

「でも、何で僕が選ばれたんだ?他にもゴマンと無数の人間がいるのに」

「それはさっきから言っているだろ。君には素質があるし、見える人だからだ!」

「見える?」

「そう、この真っ暗な闇【アニマ】を」


”アニマ”はラテン語で「魂」を意味する。


「でも、僕以外の人間にも見えるかも―――」

「それはない。選ばれた者にしかアニマは見えないし、そして吾輩を見ることができない。そういう世界の構造になっている」

「・・・・・・でも、どうして僕が?」

「それは知らない。ただ、理由は貴方自身にある、とだけ伝えておこう」


僕は考え込む。どうして僕自身に理由があるというのか?


「はいはい、考えるのはそこまで!それよりも吾輩は君には是非、デスになってもらいたいんだよ!どうかな?

お給料は、なんと月20万円!プラス、吾輩が所有するマンションにタダで住むことができ、しかも朝夜の食事付き!つまり、実質家賃代と食費代は浮くことになる!この条件で交渉成立で、どうだい?」


怪しい、怪しすぎる・・・・・・だが、破格なのは確かだ。


「でもまだ、どんな仕事だか分からないんだけど?」

「おっと、それを先にしますか?では―――と行きたいところですが、残念ながら企業秘密でして。そう簡単にはお見せできる仕事ではないのですよ」


誰もいないのを分かっていながら警戒するように辺りを見渡して、僕の耳元に口を、いや、そのクチバシを近づけ小さな声で話しかける。


「だったら―――」

「大出血、大サービスだ!特別に貴方には『見習い』という立場を進呈しよう!いえ〜〜い、持ってけ泥棒!パチパチパチ、拍手!」


はぁ?何で急に「死神見習い」とか?死神の仕事は丁稚奉公、徒弟制なのか?

やっぱり胡散臭い!やってられない。自分のことを「死神」だと名乗るキチガイにかまってしまった僕が馬鹿だった!


僕は拍手をするビーベルをよそに、再び金網を登ろうとする。


「お、おっと!逃げるんですか・・・・・・。では仕方ありません、個人的には力ずくは嫌いなのですが―――」


そう呟いて突然フワっと飛び上がる。そして金網の頂上にたどり着いた僕の首根っこを持った。


「えっ!?!?」

「我々の業界は常に人材不足!だから、素質ある人間を見逃すわけにはいかないんだ。すまない!」


そう言って僕を宙へと持ち上げる。

何が起きているか分からず、とりあえず抵抗する僕だが、死神には敵わなかった。


首根っこを掴まれた僕は、そのまま体ごとブラブラと揺れながら空へと連れていかれる。

ビーべルはすでに空高く飛び上がっており、下を見ると目眩がしそうなぐらい地上が遠くに感じられた。


「・・・・・・まじで空を飛んでいるのか?」

「飛んでいますとも!これでも死神ですから、それくらいは普通にできます」


顔を見上げると黒いタキシードを着た背中から体の二倍はありそうな、これまた真っ黒な翼を左右に広げ、バサバサとと飛んでいる。


「なあ、僕はどこに連れて行かれるんだ?―――っていうか、なんで連れてかれるんだよ!」

「まあ、まあ、そう怒らず!モノは試し、って言うじゃありませんか」


駄目だ、相手がまともな感性や道理をわきまえていないジンガイだということを忘れていた。


正直逃げ出したい。こんな奴にかまってないで―――







だが、待てよ?それで僕はどうする?また死ぬのか?それとも、生きていくのか?







僕は今どうしたい?何で奴に素直になっている?これから何をしたい?








「ん?急に黙ってどうした?もう少し、キャーとか、怖い!とか、なんで空を飛んでるのー!とか、落ちるー!とか、わめいても吾輩は困らないぞ?


・・・・・・・・・とりあえず、今はそういうことを考えるのは止めよう。どうせ逃げられやしない。今はとりあえず大人しくしておこう。



「なあ、これからどこへ行くんだ?下を見ると酔いそうだ。ここがどこだか分からないけれど、もう結構飛んでいる気がするぞ!」


体感では既に10分ほど経っており、後ろを振り返っても先程までいたビルも見えない。


「まだまだだからな。よし、それでは先にこれからのことを説明しておこう」

「この状態で?空中でか?」

「ああ、そうだとも!では、出てこい!」


そう言うと僕を掴んでいるビーべルの逆の手から突如として黒い渦が発生する。中はよく見えないが、先ほど見たあの”闇”と類似していて、その渦には”死”を感じる。


しばらくすると、その黒い渦からぷよぷよとした、テニスボールくらいのグレー寄りな黒い玉が出てきた。

ビーベルはそれを片手で掴み、僕に見せる。


「これ、持っててくれる?」

「・・・いいけど、それ何なんだ?」

「人間の魂さ」

「ぎゃ!」


渡されたそれがそんな気味の悪いモノだと知ると、思わず投げ出したくなった。が、「絶対に落とすな!」とビーべルに強く言われ、すんでのところでその気持ちを抑えた。


「人間の魂って具現化するのか?」

「いや、それは吾輩と君にしか見えていない。そう、デスになれる者にしか、それ、つまりアニマは認知できない。今君が手にしているのは、人間の”心”とか”魂”とかと普段呼ばれているものだよ」


僕は恐る恐るその黒い玉を両手で持ち上げて眺めてみる。触れた感触は冷たく、酷く汚れていた。でも、それ以外は何も感じない。


「その子の名前は大河原優子。芸名は”花應院ユウ”と言うらしい。元アイドルでBB&Dのセンターを務めていた少女だよ」

「BB&Dの花應院ユウだって!?」


その名前なら聞いたことがある。ていうか知っている。

BB&Dは元々地下アイドルグループだった。だが数年前、突如として二期生が入ってから知名度を上げて勢いよく売れ出した。そしてCDデビュー一年で国民的アイドルにまで上り詰めた伝説のグループだった。


オリコンチャートも二期生デビューから一ヶ月で1位を取り、テレビで見ない日はないと言うぐらい売れっ子となり、引っ張りだこだった超有名グループ。


中でもセンターを務める花應院ユウの当時の人気は凄まじかった。

清楚感のある凛とした顔と佇まいに、目を惹く黒髪長髪。スラリとしたスレンダーな体には不釣り合いな、男性の目をくぎ付けにする大きな胸。

その透明な歌声は聴く者を夢中にさせ、ダンスの一つ一つのキレも凄かった。

それでいてテレビで見せるお茶目で天然な部分にギャップがあり、グループの中でもダントツに彼女の存在感には目を見張るものがあった。


そんな彼女たちはデビューしてからたった二年で、夢だったドームライブを遂に成し遂げたのだが―――


「そう、だが彼女はライブ初日の2日前に交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人となった」


信号無視をした車に衝突され、その次の日に死亡。

日本中が驚愕し、悲しみに暮れた。


その後ドームライブは急遽中止。

不動のセンターを事故で突然失ったBB&Dは、1年後には解散となった。


「その花應院ユウの魂が・・・こ、これなのか?!」

「ああ、そうだ!彼女はこの世に人一倍未練を残して亡くなったからな!」


いや、それは大きな未練だったにちがいない。ドームライブという、グループ結成以来の悲願達成直前に、不慮の事故で死んでしまうとは・・・どれほど泣いたか、どれほど悔しかったか…


「よし、着いたぞ!」


バサバサと飛んでいたビーベルはゆっくりと降下し、またもビルの縁へと着地する。

先程のビルとは違い、そこは低層五階建てくらいの複数ある小さな雑居ビルの一角で、真下には人通りの少し多い道と公園が広がっていた。


目下の公園の中央からは歌声が聞こえてきた。見ると白いステージと人だかりができており、一目で何かのライブ中だと分かる。


「あの子、見えますか?ほら、あそこの」


僕と同じ方向を見ていたビーベルがステージ上で踊る金髪ツインテールの子を指差した。

その子は観客に笑顔を振りまきながら綺麗な声と可愛らしいダンスで、彼女の両サイドで歌う子たちより一段と輝いて見えた。

何よりその美貌が他の子より頭一つ抜けている。


「あの子が今回のターゲットです!」

「ターゲット?」

「ええ、名前は弓梨薫。芸名は安中カオル。アイドルグループ、ララ☆ライズのセンターを務める子です」

「ララ☆ライズ?聞いたことないけど?」

「中堅アイドルグループです。テレビでの露出はまだ少ないけれど、そこそこ人気なグループですよ!」

「ふ〜〜〜ん。でも、なんで彼女がターゲット?ていうか”ターゲット”って何?」


「そこからですか…」とおもむろにビーベルは懐から黒い手帳を取り出す。


「弓梨薫、20歳。小学校から高校にかけてクラスのリーダー、常に一軍として君臨。教師や親たちからの印象は良かったが、一方で、裏で気に入らない生徒を自分の取り巻きに指示していじめさせた。ただし、敢えて自分が直接に関わらないことで、いじめがバレてもお咎めはなし。彼女のその振る舞いで、不登校又は退学になった生徒はその数54人」

「・・・・・・・・・」

「15歳からララ☆ライズのメンバーに加入。高校卒業と同時に本格的にアイドル業に専念。以降、事務所のオーナーや社長と寝るなど枕営業をしてグループ内で優遇され、気に入らないメンバーを徹底的に追い込む。精神を壊したり自殺を図った数は7人。彼女のせいで辞めたメンバーは15人。そして、今現在も不動のセンターとして活躍している…」


最後に声を沈めながらビーベルはパタリと手帳を閉じる。




「どうだ?こんなクズがのうのうとこの世界では生きているんだ。人生を壊されたのは数十人に上る。そんなクズがアイドルとして生きていていいと思うか?ここにいる国民的アイドル、花應院ユウの方が生きているべきじゃないのか?人間としてもそうだし、アイドルとしても?」




ビーベルは花應院ユウの魂を撫でながら言葉を続ける。











「デスの仕事は超簡単!弓梨薫を殺してあの体を花應院ユウにあげるんだ!」




その声色は何処までも嬉々としていた。

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