第8話 『だから、今日くらいは――』【かき氷】



(※扇風機orクーラーの駆動音)




「あ、お兄さん。おはよう」


「ここは……ベッド?」




「ふふ、そうだった。私、お風呂でのぼせて死にかけた。……お兄さんが運んでくれたの?」


「そっか。迷惑かけて、ごめんなさい。それから、助けてくれてありがとう」


「ん、大丈夫。頭もグワングワンしないし、お兄さんも1人」


「幼稚園児でも、もうちょっと安心して見ていられる? ふふ、心外」


「ちょっと待ってて? いまアイスを持って来る……? うん、分かった」




(※主人公の足音)




「これが、アイス? フタには『氷』って書いてある」


「そっか。のぼせた私のためにわざわざ買って来てくれたんだ? やっぱりお兄さんは優しい」


(※リエステがふたを開ける)


「お~……。なるほど。砕いた氷にイチゴのシロップをかけた氷菓子なんだ。……食べて、良いの?」


「お兄さんなら、私のために『待て』をしてくるかと思って」


「食べたくないのか、って……そんなことは無い。身体が冷たいものと水分を欲している。だから、早く食べたい」


「ふふっ、分かった。遠慮なく、頂きます」




(※リエステが氷菓子にスプーンを入れる音)




「不思議な感触。硬いのに、ふわふわ。……ゴクリ」


「それじゃあ、早速一口……」




(※リエステが氷菓子を食べる音)




「ふふ、美味しい。火照った身体に冷たい食べ物は最強。どんどんスプーンが進む」


「それに、食べる時の音がまた小気味いい。お兄さんにも、聞こえた? こうやって口に含んで、噛むと」




(※氷菓子を食べる音)




「ふふ、良い音♪」



(※氷菓子を食べる音)




「もう一口」




(※氷菓子を食べる音)




「イチゴシロップも、甘くて美味」




(※氷菓子を食べる音)




(※氷菓子を食べる音)




「あぅ……っ! あ、頭が、割れそうなくらい、痛い……。なに、これ……?」


「冷たい物を一気に食べると起きる、アイスクリーム頭痛? そうなんだ。未知の痛み」


「ふ、ふふふ。やっぱりお兄さんはお兄さん。油断させたところで、こうやって私をいじめてくる。好き」


「ただ、貰ってばかりはよくない。お兄さんにも、私と同じ痛みを味わってもらう」


「ということで、はい、お兄さん。あ~ん……」


「ん? 気にすることは無い。ほら、氷も解ける。早く。あ~ん……」




(※主人公が氷菓子を食べる音)




「どう? 美味しい?」


「あ、それもそう。お兄さんはこの味、知ってるんだもんね?」


「でも、アイスクリーム頭痛の痛みは知らないかもしれない。だから、あ~ん……」




(※主人公が氷菓子を食べる音)




「まだ痛みは……無さそう。でも、私は諦めない。あ~ん」




(※主人公がゆっくり氷菓子を食べる音)




「……まだ? あ~ん」




(※主人公がゆっくり氷菓子を食べる音)




「……残念。お兄さんを苦しめるよりも先に、アイスが無くなってしまった」


「問題ない。むしろカップ1個は私には多すぎた。さっきのは、ただ私がお兄さんに食べさせてあげたかっただけ」


「……? 今回のは、世の男性の悲痛な叫びは関係ない。ただ私が、したいと思った。……ダメ、だった?」


「ふふっ、それなら、良かった」


「あっ、お兄さん。ちょっと舌、出してみて?」


「やっぱり、見間違いじゃない。イチゴシロップの色が移ってる。ということは……」


(※リエステが舌を出す)


「どう、お兄さん? 私の舌も、赤くなってる?」


(※以降は、普通に話す)


「遊び心があるのも良い。コノヨンに帰ったら、ぜひとも普及……したい……」




「ううん、何でもない。ただ、私はいつかコノヨンに帰るんだと思って」


「帰るその時までに、お兄さんに恩を返しきれるかどうか、不安になった」


「……そっか。いつか私、お兄さんから離れないといけないんだ」


「なんだろう……。寂しさに似てるけど、ちょっと温かいような、この気持ち。未知」


「こっちに来てから……。お兄さんと会ってから、初めてのことばかり」


「まだ1週間一緒に居ただけなのに、こんな気持ちになるの。不思議だね?」


「そうだ、お兄さん。もし、迷惑じゃなかったら、だけど」


「今日から、一緒にベッドで寝ない?」


「そう、添い寝。どのサイトを見ても、して欲しいことの最上位に書いてあった。私個人としても、興味がある」


「むぅ……。そこまで拒絶されると、さすがの私も傷つく」


「どうして、って……。いつもお兄さんはベッドを私に譲って、自分は硬い床で寝ている」


「確かに、布団は敷いてある。けど、やっぱり寝心地はベッドに劣る。それはつまり、お兄さんが疲れを取る機会を、私が奪っていることにもなる」


「眠るたびにお兄さんに迷惑をかけていると思ったら、私も安眠できない」


「あっ、バレた。……お兄さんの言う通り、ここ数日はぐっすり眠れた。このトルースリーパーは超優秀。寝具に必要なものが柔らかさだけじゃないこと、勉強させてくれる」


「けど、私がぐっすり眠ったのは、単に疲れがたまっていたから。気を失っていたと言っても良い」


「この先、私に余裕が出来た時。お兄さんは良いの? 私は、お兄さんのことを考えて、悶々とした夜を過ごすことになる」


「ただでさえ貧弱な私に不眠症の状態異常が付けば、きっと優しいお兄さんは心労で死んでしまうことになる」


「そうなったら、私が悲しい。お兄さんには長生きしてほしいし、お仕事頑張ってるんだから報われて欲しい……結局は、私の我がまま」


(※以降、リエステは必死さをにじませる声で)


「今日、だけで良い。毎日じゃなくてもいい。だから、今日くらいは――」




「――添い寝でお兄さんを癒したい。そんな私の恩返しに、付き合ってください」



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