第6話 『私の身体をよく見ると良い』【お風呂/シャンプー】

(※主人公が、浴室の戸を開ける)


(※プラスチック製の椅子が引かれる音。反響する)


(※蛇口をひねりシャワーが流れる)




(※リエステの足音が近づいてくる)


(※浴室の戸が開く音)




「お兄さん、お背中を流しに来た」


(※主人公が椅子から転げ落ちる重い音)




「そんなに驚いて、どうしたの?」


「どうして私がここに……って。さっきも言った。お兄さんのお背中を流しに来た。ついでに、シャンプーもする」


「そう。独身男性の貴重な意見の中にあった。女の子に背中を流してもらう」


「服を着ろ? ふふん、ちゃんとタオルは巻いてるよ?」


「ふふん。お兄さん、もしかして知らないの? お風呂で服を着るのはマナー違反」


「それに、お兄さん。目を覆う腕をどけて、私の身体をよく見ると良い」


「10歳で成長が止まってしまった、この悲しい身体。胸にもお尻にも無駄な肉は一切無い。……なんなら必要なお肉すらも無い」


「そう。人としても、女としても、私の身体には魅力が無い。……さすがに自分で言ってて悲しくなった。もう少し、頑張ろうと思う」


「それはそれとして、お兄さんは私の身体に欲情する、変態さんなの?」


「そういう問題じゃない? 倫理的、法律的な問題がある……?」


「そこも心配はいらない。どっちも、チキュウ人に対して用いられる概念。私はコノヨン人。法律の庇護下には無い」


「それに、確信している。この2週間、お兄さんが私を襲うチャンスは何度もあった」


「なのに一度も“そういうこと”をしてこない。求めて来ない」


「むしろ、お兄さんが私に欲情してくれるなら、私は考えうる限り最も楽で効率的な恩返しができると思うけど?」




「ふふ、お兄さんが変態さんじゃなくて、残念。……だから私は、楽じゃない方法を選ぶしかない」


「とにかく、座り直して。私にも、裸の状態で見つめ合うことへの羞恥心くらいはある」


「そうは見えない? ……照れる」


「あ、褒めてないんだ?」




(※主人公が椅子に座り直す)


(※以降、リエステの声が背後から聞こえる)




「そうそう、良い子♪ お兄さんは素直に、私に恩返しをされていると良い」


「大丈夫。耳かきの時と同じで、イメージトレーニングだけはしてある。だから、完ぺき」


「まずはシャワーでお湯を出して……」


(※シャワーが流れる音)


「きゃっ!?」


(※シャワーヘッドが床に落ちる音)


「ふふ、びっくり。そう言えば、お湯が出るまで少し時間がかかるんだった」


「いつもはお兄さんが温めてくれてたから、忘れていた。……不意に感じるお兄さんの優しさ、好き」


「とりあえず、最初は湯船にヘッドを向けて……。あ、ついでに浴槽を洗えば無駄が無い。さすが、私」


(※シャワーで浴槽を打つ音)


「……どうしよう、お兄さん。シャワーヘッドが意外と重い」


「うん、いつもは壁に引っかけて使ってるから知らなかったけど、キャベツ半玉くらいの重さはある気がする」


「ふふ、こんなところにも意外な障害。恩返しって、難しい」


(※リエステが主人公の耳元でシャワーに手を当てる)


「おっ、温かくなってきた。チキュウのお風呂は機械で勝手に湯温を調整してくれるから楽。ぜひとも真似したい」


「んっ、あっ……ふふふっ。水の勢いがあって、指の間をシャワーに舐められてるみたい。くすぐったい」


「ん。お湯加減も良くなってきた。それじゃあ……」




(※耳元で)


「シャンプー、始めるね?」




「お兄さん。目を閉じてうつむいてて?」


「ん、そんな感じ。じゃあ、シャワーを……失礼します」


(※リエステの声とシャワーの音が近づいてくる)


(※シャワーで髪をすすぐ音)


「お~……。お兄さんの髪、私のと違う」


「ん~……。私のがヌルヌルだとしたら、お兄さんはゴワゴワ? 少しだけ、髪質が固い」


(※蛇口をひねってシャワーを止める音)


(※濡れた髪を、リエステが優しくなでる)


「うん? 濡れたままだと、シャンプーが流れてしまう。だから、ほんの少しだけ水分を手で払う」


「で、お待ちかね。シャンプーだけど……」


「お兄さん、ちょっと後ろから、ごめんなさいするね。身体が当たるけど、気にしないで」


(※言いながら、リエステが背後からシャンプーを手に取る)


「はい、シャンプー取れた。ふふん、勉強した私は、シャンプーはあるていど手で泡立ててからの方が良いことを知っている」


(※耳元でシャンプーが手で泡立てられる湿った音)


「これくらい、かな。じゃあさっそく、お兄さんの頭に触れていく」




(※シャンプーされる音)




「指を立てて、頭皮をマッサージするみたいに。わしゃわしゃ。わしゃ、わしゃ……」




(※シャンプーされる音&吐息)




(※ふいに、耳元で)


「ふふ、お兄さん、お兄さん。かゆい所は、無いですか?」


「うん? この辺?」


「分かった。じゃあこの辺りを重点的に、わしゃ、わしゃ♪」




(※シャンプーの音&楽しそうな吐息)




「むぅ、困った。後ろからだと、お兄さんの顔が見られない」


「耳かきの時、お兄さんの気持ち良さそうな顔を見てたら胸がきゅっと苦しくなった。今回もあの感覚を期待してたけど、残念……」




(※シャンプーされる音&吐息)




「じゃあここから、少しだけ力を込めてみる。痛かったら言って欲しい」




(続く)

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