第3話 『シリアルは、至高の食事』【シリアル/スポンジ】

(※鳥の鳴き声)




「くわぁ……。はふぅ。おはよう、お兄さん。今日は土曜日、だね?」


「ん、筋肉痛なら、もう大丈夫。ちょっと動くだけで翌日動けなくなるなんて、私の身体は燃費が悪い」


「お料理してあげようとキャベツを持ったら腕がつったのは、自分でもびっくり」


「ふふっ、確かに。ここ1週間、動いては筋肉痛で寝込む日々だった」


「そんな、“食費がかかる置物”の私を、チキュウに来てから今日まで1週間。私を置いてくれてるお兄さんには感謝しかない」


「ううん。お兄さんは、私がここに居ることが世間にバレたら未成年者誘拐&ロリコンの疑いで逮捕されるって言うけど……」


「私は不法侵入者で、しかも無国籍。身元不詳なヤバい奴。むしろお兄さんは私の被害者」


「あと、ロリコンは罪深いだけで犯罪じゃない」


「ふふふ……。理由をつけて私の面倒を見てくれるお兄さんは、やっぱり優しい。好き」


「照れなくて良い。むしろ誇るべき。お兄さんは将来、きっと、良いパートナーになる。アステア王国が誇る天才宮廷魔導士の私が、保証する」


(※リエステのお腹が鳴る音)


「ん、お兄さんの言う通り。朝ごはんにする。……今日もシリアル?」


(※リエステがベッドから降りる)


「あ、大丈夫。自分で食べる分は、自分で入れる」


「ん、しょ……。よい、しょ」


(※リエステがシリアルを器に注ぐ)


「ううん、嫌いじゃない。むしろ好き。特にこの食感と音がたまらない」


(※シリアルを食べるリエステの咀嚼音)


「ふふん、良い音♪ お兄さんも聞いてみて?」


(※リエステがシリアルを食べる咀嚼音)


「ドライフルーツも入ってて美味しいし、栄養価も高い。しかも、こうやって牛乳を注げば……」


(※リエステがシリアルに牛乳を入れる)


「また違った食感を楽しむことができる」


(※リエステが牛乳に少し浸したシリアルを食べる)


「この、柔らかくなったシリアルと、まだ硬いシリアルが残ってる感じも悪くない。それに、最終的には……」


(※完全にふやけ切ったシリアルを、リエステが牛乳で飲み干す)


「んく、んく、んく……ぷはぁ」


「こうやって、飲むみたいに栄養補給が出来る。とても効率的で、私好み。チキュウは食文化も進んでる」


「時間にして3分もかからない食事。なのに美味しくて、楽しい。シリアルは、至高の食事かも知れない」


「ん。ご馳走様でした」


「あっ、お皿洗いくらいはさせて欲しい。いつもお兄さんの家事を見てたから、私でも出来るはず」


「えっ、どうせ倒れる……? そうでなくてもお皿を持てないだろう、って?」


「ふふ、お兄さんからの私に対する信頼の無さが、ひどい。……でも、その扱いの雑さは新鮮。嫌いじゃない」


「とはいえ、舐められたままなのも気に入らない。見てて。ここ1週間、人参とジャガイモ、タマネギの皮むきで鍛えた私の筋力。お皿洗いくらい、余裕でこなして見せる」


(※食器を重ねる音)


(※リエステが遠ざかって行く)


(※蛇口をひねって、水を出す)


「ふふん。いくらなんでも、お皿洗いくらいは出来る。……だからお兄さんはわざわざ私の隣に来る必要はない」


「もちろん、そんな心配そうな顔で私の手元を見る必要もない。リビングで座って楽にしていると良い」


「む。お兄さん、強情」


「分かった。それじゃあ私が見事にお皿を洗い終えるところを見届けていて欲しい」


「まずは、確か、この洗剤をスポンジに付けて……。スポンジを揉んで、泡立てる……」


(※スポンジを揉んで泡立てる音)


「ん……。ちょっと足りなかった。もうちょっと洗剤を足して……揉み、揉み」


(※スポンジを揉んで泡立てる音)


「出来た。ほらね、お兄さん。私でもこれくらいは出来る。どや」


「ここからが心配? お皿を落とさないように? お兄さん、さすがに私を舐めてる」


「さっき2つ重ねたお皿を私がここまで持ってきたことを忘れないでほしい。つまり、筋力はもう足りている。お皿を落とすことなんてむしろ不可能……あっ」


(※リエステの手から食器が滑る音)


(※食器が割れる、鈍い音)




「…………。ふふ、ニホンの洗剤は優秀。軽い力で汚れが落ちる」


「けど、そのせいでよく滑るんだね? 初めて知った」


「チキュウに来てから、初めてのことばかり。楽しい」


「お兄さん、顔が怖い。でも、優しいお兄さんなら、私の失敗も笑って許してくれる……はい、ごめんなさい。素直にジッとしてることにする」


(※リエステが手を洗って、キッチンから歩き去る。途中で)




「ん、どうかした? わたしを呼び止めて」


「手を怪我してないか? それは、大丈夫だけど……」


「ふふ、やっぱりお兄さんは優しい」


「そうだ。お皿洗いが終わったら、ちょっと私の我がままに付き合ってほしい」


「何をするのか? むしろ何をやらかすのか怖い?」


「そうやって、私に何も期待しない、求めて来ないのも、お兄さんの魅力」


「けど私も、お兄さんに良くしてもらっていることに対して、恩返しがしたいと思ってる」


「だから、私なりに色々調べた。その結果、日ごろ仕事で疲れて帰って来るお兄さんを癒す方法を見つけた」


「重要なのは、お兄さんが1人暮らしの独身男性ってこと。チキュウのネットには、独身男性の悲しい叫び……もとい、貴重な意見が溢れていた」


「そんな意見の中で、私がお兄さんにしてあげられることをいくつか見繕ってみた」


「ふふん。お皿洗いは失敗したけど、今度は失敗しない自信がある。根拠は無い」


「ふふ。お兄さんのげんなりとした顔、好きかも」


「とにかく、優しいお兄さんに、私から恩返しをさせて欲しい。だから……」


(※リエステが近づいてくる。以下、囁き声で)


「私に、お兄さんのお耳を掃除させてください♪」

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