第10話 夢の二日目、とある不安
「僕はここ数年、兄の笑顔を、その素振りすらも見ていません。」
「なので、兄を一度笑顔にする…というのを一つの目標にしようと思います。」
「なるほど。徐々にいろんな顔を見せるお兄さんにしていこう、ってことね!」
「はい。朝に言った通り、カノンさんがそのカギになると思っています。」
「僕は、数日後にあるこの国ができた記念日の、パーティーに目を付けました。」
「その会場でカノンさんに、魔王様に近づいてもらいたいのです。」
私は詳しく聞いてみる。疑問などはなくしておくべきだ。
「どうして、そのパーティーなの?」
「魔王様にある程度の空き時間ができるのがその日以外当分なく、魔王様は何かパーティーがあっても、一人でいる時間が多い・・・というのが理由です。」
「ふむふむ・・・具体的には、何を聞くの?」
「どうしてカノンさんを守りたいと思ったか、です。」
それは私にとって少し、予想外の回答だった。
「あれほどまでに感情を見せなかった魔王様が、自分の意志で守ると決めたのです。それを知ることが、何かしらの手掛かりになるのでは・・・と。」
「それに・・・カノンさん自身がそれを知りたいのでは?」
図星だ。
「まあ・・・そうだね。」
「僕も、できるだけ自然な形になるように手助けします。安心してください。何年も疑問を持たれずに、兄を昔したことをもう一度遊ぶよう、誘導してきたので。」
そう言われると、私の中で頼もしいリン君が帰ってきた気がした。
「この件くらいは僕が魔王様に・・・と思ったのですが」
「あまり、自分で踏み込みすぎて感づかれるとよくないとも思い・・・。」
リン君が申し訳なさそうな顔をする。
「いや、私はそういうことは、自分で聞きたいって思うよ!」
「というか、もう友達で、協力関係でしょ?ちょっとしたことで謝るの禁止!」
「ええっ・・・禁止、ですか?」
「そう。お互いにね!」
「あと、敬語も禁止!私たち、そんなに年変わんないでしょ?」
「敬語もですか!?」
「そう!」
二人で少しおかしくなって、笑い出す。
「やっぱり、カノンさんは面白い・・・ね。」
「違う意味で、魔王様よりもわからない人だと思・・・う。」
少しぎこちない感じで、リン君が言う。
「・・・そんな私、わからない人かなぁ?」
自分で自分の性格に疑問を持つ。
「絶対そう、だよ。」
「いやいや、そんなわけ・・・。」
「いやいや絶対に。」
「いやいやそんなわけ!」
何度か言い続けて、またおかしくて二人で笑う。
私今・・・リン君と、心から笑いあってる!
おそらく、私はここにきて今一番笑顔になっていることだろう。
魔族嫌いなんて、治せないわけなかった!
まだ長い道のりかもしれないけど!
このままいけば、絶対治る!
リン君と喜びを分かち合いたかったが、それができないのがもどかしい。
そのままの楽しい気持ちでベッドに入ったために、寝るのにかなり時間がかかった。
しかし、この後私は、人生で一番と言っては過言ではないほど、感情が揺れ動く。
急に、目が覚める。窓を見ると、まだ日が昇っていない、夜中だった。
「はぁっ・・・!はぁ・・・!」
心臓の鼓動がうるさすぎて、呼吸音も聞こえない。
またあの夢を見た・・・!
感情が・・・いつもの時よりぐちゃぐちゃで訳が分からない・・・!
なんで・・・どうして・・・!?
二日連続で夢を見ることなんてこれまでなかったのに。
もっと、魔族嫌いが良くなったはずだったのに・・・!
大丈夫、落ち着け・・・落ち着け・・・!
自分に言い聞かせようとするも、心と心臓は収まらない。
希望が持てたはずだったのに・・・!
仲良くなれたって・・・もっと仲良くなれるって、思ったのに・・・!
より早まる思考と心臓に、私は危機感を覚える。
「まずい・・・っ・・・み・・・ず・・・。」
立ちあがり、ふらふらと廊下に出る。
水を飲んで心を、心臓を、落ち着かせないと・・・っ!
「はぁ・・・っ!」
一階に向けて歩く。
二階に水はない。
キッチンに・・・!
階段を下っているところで、体に力が入らなくなる。
バタンと、脚を滑らせ床に転げ落ちる。
「み・・・ずっ・・・!」
立ちあがろうとするも、やはり力は入らなかった。
けれどその時、ある魔族の声がした。
「どうかしましたか?」
その声は冷徹で、その方を向いても、冷徹な顔しか見えない。
「魔王さ・・・まっ・・・?」
一瞬、リン君かと思えるほど似た声だが。
その顔、芸術的とも思える顔で、一瞬で認識を改めさせられる。
「大丈夫ですか?」
私のことを見ても変わらないその冷徹な声色に、逆に落ち着かせられる。
「私・・・私っ・・・!」
あふれ出そうな涙をこらえ、魔王様に願おうとする。
「あのっ・・・水をっ・・・!」
魔王様はうなずいた。
けれど、向かう方向は、キッチンの位置ではなくて。
「・・・・・・っ!?」
魔王様は、倒れる私を手で持ち上げ、そのまま優しく抱きしめてきた。ここ
最初に会った時のように、五感で魔王様の優しさを感じる。
確かに感じられる嘘偽りのない優しさに包まれ、こらえていた涙が頬を伝う。
「うっ・・・ゔっ・・・。」
何も言わずに優しく抱きしめてくれる。
「なんでぞんなにっ、やさじぐしてぐれるんですがっ・・・!」
涙声で、魔王様に問う。
「それは、あなたを守ると決めたからです。」
何の曇りもなく、それだけ答える。
もちろん、いつもの冷たい声で。
私はいつしか魔王様の手の中で、寝てしまっていた。
目が覚め窓の方を見ると、外は明るかった。
私の部屋のベッドの上であることを考えると、魔王様が運んでくれたのだと思う。
今度は、夢を見なかった。
昨日のことは、鮮明に覚えている。
魔王様の体は、冷たかった。
私の体は、温まらなかった。
けれども魔王様は、私の、「心」を温めてくれた。
夜中のような、ぐちゃぐちゃな気持ちはなかった。
昨日の夜中の気持ちは、魔王様によってかき消された。
「助けられてばっかだな、私・・・。」
コンコン、ドアの音が鳴る。
「朝食の準備、できたよ!」
ドア越しにリン君の声がした。
あれ、何か違和感・・・。
そうだ、昨日自分で敬語をやめようって言ったんだった。
すっかり忘れていた。
「はーい!」
返事をして、身支度をし始める。
ここからは、平穏な時間が続いた。
リン君と一緒に朝食を食べ。
時々すれ違う魔王様にガン見され。
魔族のみんなと家事をこなす。
魔王様は、あの出来事があっても、何も変わらない様子だった。
夜に、一日を振り返って思う。
このまま、リン君と、魔王様に助けられていて良いのかと。
確かに、前より魔族の前で話せる時間も長くなったし、吐き気だってめったにない。
けれど・・・これは魔族嫌いに進展があったといえるのだろうか。
前にも一度、考えたことがあったが、今になってもう一度考えると・・・。
私が魔族の前にいても楽になったのは、リン君と魔王様がいるからだと思う。
二人がいることで、もし何かあっても、助けてくれるという余裕が生まれている。
それは、やはり自分が成長したわけじゃない。
もっと、自分だけで何かしていかないといけない。
もし今後も、リン君と魔王様から精神的に離れられなかったら。
二人の厚意に、「依存」するようになるのではないだろうか。
私は・・・心の中で二人をどんな存在にすればよいのかわからない。
仲良くなりたいし、知りたい。そう思っているのに・・・。
「依存」という言葉は、一見甘そうな、楽そうなもので、手を出してみたくもなる。
けれどその裏にある、ドロッとした沼から抜け出せなくなるのが怖い。
沼の心地よさに心が染まって、抜け出したくないと思ってしまうことが怖い。
依存というのは良いことなのか?
それとも、後悔する日が来るのだろうか?
今の私にはどの選択が正解か、知る由もない。
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