第9話 相談とお願いと夜に二人
リン君は一度深呼吸をして、話し始めた。
「魔王様の話になるのですが・・・。」
私は、リン君の話に耳を傾ける。
「カノンさんも言っていた通り・・・魔王様はあまり、感情が表に出ません。」
「いつもあんな、冷たい顔をしていて、何が起こってもそれは揺らぎません。」
リン君も、ほぼいつも冷たそうな顔だけどね・・・。
「ですが・・・魔王様は、昔はよく笑う・・・普通の、子どもだったのです。」
昔話を語るように、リン君が話し続ける。
「あの頃は・・・毎日外で遊びまわっていました。」
「昨日見たカフェと、その景色も、二人で見つけたものなのです。」
「初めてあの景色を見たときの、兄の顔は・・・今では考えられないほどに、輝いていました。もちろん、僕も。」
「毎日が冒険で、毎日、新しい発見ばかりでした。」
真剣な表情で私の目を見て、言う。
「僕は、あの魔王様の弟です。」
私は、目を真ん丸にして驚いた。
「え・・・?魔王様と、リン君が・・・兄弟?」
「はい。」
ただ・・・私は数秒で納得する。
あの冷たい顔は・・・よく考えれば、似ているような気がしてきたからだ。
「昔と今の兄。両方の内面を知っているのは、僕と・・・両親だけです。」
「両親は、今どこに?」
「・・・すでに、この世にはいません。」
「・・・ごめん。」
「いえ、いいんです。僕は、両親のことが好きではありませんでしたし。」
「僕は・・・兄だけがいればよかったんです。それくらいに兄のことが大事だった。もちろん、今もその気持ちは変わりません。」
「しかし・・・兄はだんだんと笑うことが少なくなっていった。」
「僕は何年も兄を笑わせようと・・・昔の気持を思い出してもらえるように、昔兄とした、いろいろなことをもう一度しました。兄の仕事の、合間を縫って。」
「でも、兄に笑ってもらえることはなかった。」
「自分の無力を悔やむ日々でした。」
「そんな中・・・ある日突然、兄から聞いたんです。」
「カノンという、命を懸けてでも守ると決めた人がいる・・・と。」
リン君の話に、少なからず疑問を持つ。
「どうして・・・私のことを?私、魔王様とはここに来て初めて会ったはずなんだけど・・・。」
「それは・・・僕にもわかりません。」
「ただその時僕は、その人なら・・・カノンさんなら、兄を変えてあげられるかもしれない、そう思ったんです。」
「僕は、カノンさんのことを知ろうとしました。」
「だから・・・お願いがあります。」
「どうか・・・魔王様のことを」
「昔のように・・・よく笑える兄に、して頂けませんか?」
私は、一つだけリン君に質問をする。
「リン君が時々悩んでたのは、このこと?」
「そう・・・ですが、顔に出ていましたか?」
「うん。」
そして、迷わずに、笑顔で私はこう答える。
「いいよ、もちろん!」
「本当ですか!!!」
リン君は、これまで見たこともない笑顔で言う。
「まあ待ちたまえ!一つ条件。」
「はい、何でもします!」
私は少し間を取って、大げさなほどに壮大さを表現して言う。
「私と友達になること!」
「カノンさんの身の回りの世話からカノンさんの仕事まで、何でもやって見せま」
「って、え?」
「友達・・・?」
リン君が首をかしげる。
「そう。本当の、友達。」
「ええと、僕、兄以外と遊んだことが無くて、友達とかもいなくて・・・。」
「ちょうどいいじゃん、初めての友達、ここで作っちゃおうよ!」
戸惑うリン君に昨日のような貫禄はない。
「なら・・・僕なんかでよければ友達に・・・。」
少し迷って、承諾してくれた。
「うん、もちろんもちろん!」
「じゃあ、二人でお兄さんを笑わせてあげよう!」
「え・・・。」
またも、首をかしげるリン君。
「僕も・・・?」
「そう!、友達なら、悩みは共有するものでしょ?」
「でも、僕は兄を何も変えてあげられなくて・・・。」
「次は私がいるじゃん。リン君だけじゃだめでも、リン君と私なら、また違ったことになるかもしれないし。」
「あー・・・。」
リン君は、ポカンとしていた。
「そう・・・ですね?」
私の言葉につられるようにして、リン君は肯定する。
「うん。そうそう!」
「ふふっ・・・。」
「面白い人ですね、カノンさんは。」
「なんだかあなたとしゃべっていると、不思議と私も笑えてきます。」
リン君が、静かに笑う。
「やっぱりリン君は笑ってた方がいいよ。」
「え?」
「いつもみたいな冷たい顔じゃなくてさ。私は、笑ってる顔がいいと思うな。」
それは聞いたリン君は、横を振り向いて私と顔を合わせようとしなかった。
「っ・・・そうですか。」
リン君は一呼吸おいて再びこちらを向き、しゃべり始める。
「コホン、では、一緒に魔王様のために動いていきましょう。」
「これからは、友達兼協力者ってわけだね。」
「はい。カノンさんは今日は家事などをしに行きますか?」
「うん。もう全然動けるしね!」
「では、朝食にしましょう。みんながやってくる前に。」
「夜に、僕の部屋に来てください。今後の話し合いをします。」
「わかった。」
そう言い残して、部屋から出ていくリン君。
私には今日初めての魔族の友達ができた。
思ってた順序じゃないけど・・・。
友達になってから親交を深めることもよくあることだしね。
・・・私今リン君の前だったけど、全然緊張してなかった気がする。
まあ、勘違いかもしれない。
魔族嫌いに少し進展を感じて、朝の憂鬱な感じも忘れた。
充実した気分で私は身支度に入る。
リン君と朝食を食べているとき、昨日より少し話が弾んだ。
いろいろありすぎて忘れていたが、私はまだここにきて三日目だ。
話が弾んだといっても、好きな食べ物とか、そういう定番の話題だった。
昨日は、「好きな食べ物何かある?」と聞いても、「ある。」と帰ってきたくらいだから、大きな進歩だろう。ちなみに、リン君は甘いものが好きらしい。
見た目通りの甘党だ。
昨日と同じように、みんなが来て少しにぎやかになったところで、掃除などをし始める。私の知らない、たくさんの人が通る場所なので、汚れるのも早い。その人たちが汚れているわけではないけど。
でも今日は、違うことが二つある。
まず、昨日より手際が良くなった。やはり慣れというのは大事だと実感する。
もう一つ。
昨日と違って、魔王様とよくすれ違う。
昨日は昼間、もしかしたらどこか外に用事があったのかもしれない。
そしてすれ違うたびに、周りのほかの従者が不思議に思うくらいに、ガン見される。
さすがに、あの顔、あの容姿で見つめられると、私も気にしないわけがない。
やっぱりリン君の話と、何か関係があるのかな・・・?
魔王様は私を知っていたのに、私は魔王様を知らなかった。
朝、私に多くの疑問が増えた。
なぜ私は魔王様を知らなかったのかということ。
なぜ魔王様にとって私は「守る人」なのかということ。
魔王様は・・・私のことをどう思っているのだろう。
私は・・・かなり知りたいという欲求が強いのかもしれない。
そして、昼は過ぎていった。
夜。
みんなが家に帰り・・・城には私とリン君と・・・おそらく魔王様がいる。
私は自分の部屋の隣の、リン君の部屋の扉をノックする。
「はい。」
寝る準備を済ませた状態で、いまから一日の最後にリン君と話し合いを始めるのだ。
扉を開けると、机、そして向かい合うように置かれた椅子があり、片方にいつもの執事服の、リン君が座っていた。
私を見て、リン君が少し目をそらしながら質問をしてくる。
「カノンさん、その服は・・・?」
「寝るときに着る服だよ!」
「・・・そうですか。」
その質問だけをしてリン君は顔もそらし、言う。
「どうぞ、そこに座ってください。」
友達がいたことがないと言っていたし、話すときに緊張してしまうことがあるのかもしれない。
私も今、魔族嫌い以上にあることで緊張していた。
だって、男の子の部屋なんだよ!?
私は、あまり恋愛とか、そういうことに詳しい方じゃない。
でも、異性の部屋に行くのが特別なことというのは、お父様の城にいたメイド長さんからも聞いたことがある。
なんでも、結婚の前段階だ・・・とかいっていた。
リン君は年下のように思っているが、それでも緊張してしまう。
いや、そんなことを考えて、話し合うべきじゃない!
なんとかわからないようにしないと・・・。
しかし。
「カノンさん。」
「ん!?どうかした!?」
「・・・なんか、緊張してますか?」
すぐにばれた。
「いやだってさ・・・女の子が男の子の部屋に行くの、特別なことなんだよ!?」
「そうなんですか?」
「前住んでた城のメイドさんが言うには、えと・・・け、けっこ・・・」
つい小声になってしまう。
「・・・何をぼそぼそ言っているのか知りませんけど、」
「友達の部屋に行くのは、普通のことなんじゃないですか?」
「・・・え?そうなの?」
「はい。小さいときに読んだ本に、そんな展開がよくあったので。」
「あっ、そうなんだ・・・。」
私はリン君の言葉を信じた。
ただ、この時のカノンは知らない。
カノン以上に、リン君は異性のことに関して無知なことに・・・。
「気を取り直して、話し合いを始めていきましょうか。」
「名前とか付けようよ、名前!」
「名前・・・とは?」
「ほらなんかさ、帝国会議を始めます!みたいな感じにしたくない?」
「・・・いいですね、それ。」
カノンとリンは、想像以上に子どもの心が残っていた。
「どんなのにする?」
「シンプルな感じでいいんじゃないでしょうか。」
「うーん、シンプルか・・・。」
そのまま、関係ないことで悩みこむ。
「そのまま・・・魔王様を支える、とか。」
「おお、いいね!じゃあ、魔王様を支えようの会とかはどう?」
「支える・・・いい響きですね。」
「よし、決まり!」
リン君が間を開けて、会話の内容からは想像できないほど、
真面目な顔でしゃべり始める。
「では・・・。」
「第一回、魔王様を支えようの会を始めます。」
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