第6話 魔王様、そしてディナー
「ねえ、リン君・・・?次はどこに行くの?」
私は一緒に歩いているリン君に、そう尋ねる。
「・・・そうですね、ここらでは有名な飲食店に行こうと思います。」
「かなりいい時間ですし、そこで夕食を食べませんか?」
さっきまでとは大違い。いつも通りの落ち着いた口調で、そう話すリン君。
「ねえ、リン君って・・・切り替えがすごい早いね?」
私は、思ったことを口にする。
「さっきまで、あーんなに真っ赤な顔してたのに、今はもういつも通り澄ました顔してるし・・・。」
その時、リン君がいる右側とは逆の、左側の体に風を感じた。
おかしい。今は風なんて吹いてなくて、そんなことあるはずがない。
不思議に思って左を向くと。
「え・・・?」
魔王様がいた。
ここまでくると、神出鬼没という言葉が似合うと思う。
「えっと、魔王様・・・?どこに・・・いたのですか?」
困惑している私に、魔王様が答えてくれる。
「・・・店の外の影で、出てくるのを待っていました。」
ふと気になって魔王様の後ろを見ると、さっきまでの大勢の魔族は姿を消していた。
もしかして、あの魔族たちを撒いていたのかも?
魔王様自身も、大勢につけられるのが嫌だったのかもしれない。
と、いうか。
左には、超絶美形の男性。
右には、昔ほぼ女の子だった男性。
意外にすごい状況なのでは・・・?
そんなことを意識すると、私が今緊張しているのが、魔族が近くにいることだけでないのに気付く。意外とリン君と過ごして、そんな余裕が生まれたのかもしれないな。
ただ・・・なんとなく周りの声が聞こえてくる気がした。
「誰、あの真ん中にいる人?」
「いいなあ、私も・・・。」
「ずるい、ずるい・・・。」
羨む声や、妬む声が。
そんな魔族たちの感情が、私の心に突き刺さる。
・・・まずい。ちょっと気持ち悪いかも。
やっぱり、町なんかに出るべきじゃ・・・。
でも、そんな考えはすぐになくなった。
ポン、と私の頭の上に手が置かれた。
わしゃわしゃ・・・。髪の音がする。
よしよし、という声が聞こえそうな、子供をあやす感じだった。
手は、私の左側から伸ばされたものだった。
「なっ・・・!」
驚いて、そんな声が出る。少し、恥ずかしさも混じっていただろうか。
「魔王様・・・どうしました?」
「いや、何となく・・・そうしたかっただけ、です。」
表情を変えずに、魔王様はそう言った。
いや何となくって・・・何となくで女の子をよしよしって、したりする?
私は今、さっきのリン君とまではいかずとも、少し赤くなった顔をしているだろう。
・・・この魔王様といると、常識が狂いそうだ。
でもさっきより、体調良くなったな・・・。
暗い考えもどこへやら。心なしか、楽しい気持ちまでわいてくる。
そう思わせてしまうほどに、やはり彼の手から、心から。
優しく包み込む、柔らかさ、というのが伝わってきた。
もしかして私・・・初めて会った時から、この魔王様には、嫌いって・・・苦手って感覚がなかった・・・のかも?
そんなわけないよね・・・。
そのまま、飲食店に向かって歩く。
「魔王様、魔王様!」
私は、初めて魔王様に対して自分から話しかけてみた。
「魔王様は、昔リン君がどんな子だったか、興味ありますか?」
「・・・リンが?」
「はい。さっき花屋の店主さんと話したのですが、リン君は昔今よりもっっと女の子みたいだったそうで。」
「あのー、カノンさん?」
そこまで話したところで、リン君が止めにかかる。
けど、逆にそれ以降を話してみたくなった。
「で!リン君昔、店長さんに女装させられてたらしくてですね。」
「カノンさん???」
呼びかける、さっきより大きな声が聞こえる。
「さっき、そんなこと誰にも言うなって、顔を真っ赤にして・・・」
「カノンさん!!!」
右側を向くと、今言った言葉通りの、顔を真っ赤にしたリン君がいた。
「忘れてくれるって言ったじゃないですか!」
なんと純粋なんだろうと思う。
「ごめんごめん!ほら、お詫びに何か買ってあげるから!」
「子ども扱いしないでください!」
時に従者としての皮がはがれるリン君と、お店につくまで言いあっていた。
その間魔王様は、いつも通りの変わらない表情で、私の横を歩いていた。
変わらない顔の奥にどんな感情、考えがあるのか、私は知らない。
ただ一瞬、なれ合う私たちを見て、ほんの少し、口角を上げた・・・感じがした。
「あそこです。」
リン君が指をさす。
見えてきた飲食店は、豪華なレストランというわけではなく、いたって普通のカフェに似たところだった。装飾も多いわけではない。
飲食店についてすぐ、リン君と魔王様は私に聞こえないように距離を取り、こそこそと何かを話し始めた。
そして、リン君のみがこっちに来て言った。
「魔王様は用事ができたのでお帰りになるとのことです。」
「あっ、そうなんだ・・・。」
ここまで来たなら一緒に食べていけばいいのにとは思うが。
そして一瞬だけ私のほうをちらりと見て、帰っていった。
「では、行きましょうか。」
リン君と一緒に、私は中に入っていく。
・・・急に、かなりデートっぽくなってきた。
入ってすぐ、奥に見える景色に、私は唖然とする。
まず、内装自体は外から見るこの店の印象と何ら変わらず、ただよくあるカフェだと思った。客もまばらだ。
重要なのは、奥のほうがガラス張りになっていて、湖が丸見えになっていること。
「向こう行ってみても、いいかな。」
リン君に頷かれ、私は奥へと向かう。
「・・・すごい。」
思わず、感嘆の言葉が漏れる。
湖は木々に囲まれていて、すでに日が落ちていることもあり、全体的に暗い。
でも、それがいいアクセントとなっていた。
店内から漏れる光を、湖のこちら側のみが反射し、奥とで二面性を作り出している。
明るいところと暗いところが分かれているために、もっと、もっとあの暗闇の木々の中が気になるような、あの暗闇に引き込まれるような。
それでいて、こちら側にいたいと、暗闇が怖いとも思わせるような。
そんな、風景に感じた。
芸術的で・・・神秘的だと思った。
私はこういう景色が、大好きだ。
気づけばリン君はもう席に座っていたので、私も正面に座りに行く。
「めちゃくちゃいい景色だね、ここ!」
興奮して大きな声になってしまう。
「リン君は、景色とか見るの、好き?」
「かなり好きではありますね。ここに初めて来たときも、その噂というのを聞いて来たので。」
「へえー・・・。」
席に座り、そこにあるメニュー表のようなものを見て、ようやくここに夕食を食べに来たことを思い出す。
「何か、おすすめの料理とかある?せっかくだしリン君に選んでほしいな。」
「そうですね・・・では、これで。」
メニューの中のある一つの料理を指さす。
リン君は何度かここに来ているようだったので、そう頼んだ。
決して、料理に興味がないとか、そういうわけではない。
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店員さんに注文だけをして、僕は早速、カノンさんに話を切り出す。
「カノンさんは…魔王様のこと、どんなふうに思われますか?」
「それは・・・性格とかっていうこと?」
「はい。」
ここでカノンさんが答えることによっては、僕はカノンさんと魔王様を、遠ざけなけねばならない。
魔王様にとって、カノンさんは特別な人だということは知っている。
魔王様自身から聞かされたことだ。
絶対に守ってみせると決めた人が、いる・・・と。
語るようにそう言ったのだ。
昔は、僕と一緒によく遊んで、よく笑う、ごく普通の「兄」だった。
ただある時から・・・魔王様は、だんだんと自分の感情がわからなくなっていった。
もう、昔みたいには戻れないのかと。そう思っているときに、急に自分の気持ちに関係することを話してくれた。
もしかすると、その人なら。
魔王様を昔のように・・・よく笑うように、させてあげられるかもしれない。
でも、もしその人間が、魔王様をのことを、わかってあげられない人間であれば。
僕は、一生二人を近づけさせないだろう。
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