第5話 初デート
「で・・・デート!?」
あまりにも予想外な言葉に、人ではない動物のような、素っ頓狂な声が出た。
「デートって・・・どういうものか知ってる?その・・・男の子と女の子が、ただ遊ぶとか・・・そういうんじゃ、ないんだよ?」
私は子どもに教えるような感じで言った。
「・・・知っていますよ。僕を何だと思ってるんですか。デートぐらい、今時の子どもでも知ってるような言葉ですよ。」
えっ・・・そ、そうなんだ。知らなかった・・・。
というか、ちょっと怒ってる気がする・・・。私の言い方が悪かったかな。
・・・もしかしたら、容姿がちょっとコンプレックスなのかもしれないし、次から気をつけよう・・・。
「デート、してくれ・・・ますか?」
「えっ、い、いいよ!」
どうしよう・・・何となく断りずらくなって、いいよって言っちゃった・・・。
もう断れないし・・・。しょうがないか・・・。
まさか人生初デートが、魔族とだなんて思ってもいなかった。
「じゃあえっと・・・いつにする?」
「今から行きましょう。」
すでに夕方ではあったが、町に繰り出した。ちょっと急すぎやしない?とも思ったのだけれど、それは心にとどめ、リン君に合わせることにした。
逆に、お昼時に街に出るほうが怖かったし、良かったかもしれない。この時間なら、あまり魔族も多くいないだろうし。
まあ別に、それはいいのだ。それは。
周りが、住民たちがざわついている。
「おい、あれって・・・。」とか、 「すごい、イケメン・・・。」とか、「美しすぎる・・・!」とか、「結婚したい・・・。」とか。
リン君も、見た目からしてかなり目立ちそうではあるのに、そのことを話す者は誰もいない。
男女構わず周囲の住民をとりこにしているのは、何を隠そうこの国の王様。
そう、魔王様だ。
いや、えっ?私、リン君とデートしに来たんだよね・・・?いや、間違いなくそうだ。私は、リン君とデートしに来た。
意味不明なこの状況に、思わず自問自答してしまう。
デートをしに来たからには、リン君は私のことが好きなんじゃないかとか、昨日のリン君の不思議な言動は、私を好きなことに何か関係があるかも、とか。そんなことを考えていたのがウソのように、今の私の頭は空っぽだ。
困惑しながら、小声で隣を歩くリン君に問う。
「ね、ねえリン君・・・?なんで魔王様がここにいるの・・・?」
「僕たちは、魔王様の従者なのです。従者が魔王様についていくのは別におかしくないこと。逆に言えば、魔王様が従者についていくのもおかしいことではないのです。」
いや、どういうこと???魔王様が従者にって・・・え?
ということ魔王がこんな風に街中を歩いていていいの・・・?
「えっと、ちょっとよくわからないんだけ」
「あそこに、僕が知っているお花屋さんがあります。行きましょう。」
私の言葉をさえぎって、リン君がそう言い、やや速足で花屋に向かっていく。
「もういいか・・・。」
私はこの疑問に答えをもらえないことを確信し、考えることをやめリン君についていった。
ところで、私の後ろを少し離れてついてくる魔王様の後ろを、大勢の魔族がついてきているため、実質的には私が魔族につけられているような感覚になった。
この場から早く逃れたい。その一心で、私はより速足で店に向かった。
「こんにちは、おばさん。」
花屋に入って第一声。リン君がカウンターにいる店長らしき人に声をかける。
「あらあら、リンちゃんじゃないの!元気にしてた?」
「はい、それはもう。あと、その・・・リンちゃんっていうのはやめていただける と・・・。」
リン君が、恥ずかしそうに言う。
リン君にも、年相応の可愛らしい一面があるんだなと、後ろで聞いていて思った。
時々、私も敬語を使うべきか迷ってしまうほどに、大人びた言動をするリン君だけど、やはり私より年下なのだと、再認識する。
「ふふ、いいじゃない別に。こんなにかわいい顔して。本当に昔から変わらないわ
ね・・・。」
店長さんが、隣にいる私に目を向ける。
「そちらのお嬢さんは・・・」
「魔王様の新しい従者になった人です。昨日から城に一緒に住むことになりまし て。」
「あらそう!これからよろしくね、えと、お名前は・・・。」
「あっ、私、カノンって言います!」
「カノン!いい名前ねえ。」
リン君以外の魔族と話して、あらためて魔族嫌いについて、まだ何も改善されていないことに気づく。やっぱり、一緒に過ごすと慣れていくものだと思うんだけど、それは別に、魔族嫌いが治ったわけじゃない。勘違いしないよう気を付けよう。
店内は、私の今住む部屋と同じくらいの広さで、そこまで大きくないが、さまざまな種類の花がおかれている。すべての花の名前がわかるほど詳しくはないけれど、私が以前の部屋に置いていたのと同じ花もあった。
赤色の、あまり香りのないやつを置いていた。一度、本で確認したから、その花の名前は知っている。確か、ちゅうりっぷ?とか、そんな名前だったはずだ。
店内を見たわかったことがもう一つ。魔王様がいない。さっきまでついてきていたはずなのに・・・。もしかして、住民たちに囲まれて動けなくなった・・・とか?
リン君はというと、特に気にしていない様子だった。もう、よくわからない。
「最近、コウ君はどう?当分顔を出してないけど、元気?」
コウ・・・?知らない名前だ。リン君の友達だろうか。
「前と変わらず、です。」
少し、リン君の声のトーンが落ちた気がした。
「あの子も忙しいだろうし、何かあったら手伝ってあげてね!」
「・・・もちろんです。」
リン君は、うつむき加減にそう言った。
「今日はどんな用できたの?リン君」
「ああ、えっと、花を見に来ただけです。すぐに行きますよ。」
「そうなの?カノンちゃんも一緒に、お茶でもと思ったんだけど・・・。」
「また今度来ますよ。その時に改めて。」
店長さんはそれ以上は要求せずに、引き下がる。
「はーい。なら、適当に見ていってね。」
会話が終わると、リン君は花のほうに歩いて行った。
「ねえねえ、カノンちゃんは、リンちゃんのこと、どう思う?」
「ど、どうとは・・・?」
「かっこいいとか、真面目とか、そういうの。」
店長さんは、リン君のほうをちらりと見て、言葉を返した。
「あっ、初めに見たときは、めちゃくちゃかわいい子だなって思いました。」
「そうよね、そうよねえ!」
私の言葉に、店長さんは子供のようにはしゃぎながら共感する。
「今でもかなりかわいいけど、昔はもっっとかわいかったのよ、あの子!」
店長さんは昔のことを思い出すように、少し上を向きながら話す。
「昔のリンちゃんはねえ、本っ当にお人形さんみたいにかわいくて!!周りから女の子と間違われたことも、何回もあるわ。」
「へえ・・・そうだったんですね。」
「私もね、何回かあの子に服を買ってあげたことあるのよ。女物の!」
「・・・。」
私は初めてリン君を見たとき、特殊な性癖の人が見ると危ないと思ったけど。
「に、似合ってましたか・・・?」
恐る恐る、聞いてみる。
「うーん、さすがに、リンちゃんも男の子だな、って思ったわね。女物を着せると、ちょっと違和感が残るっていうか。」
私はそれを聞いてほっとする。
よかった!あっち系じゃなくてよかったあ!!!
またちょっと、違う理由で魔族を苦手になっちゃうとこだったと、安堵していると。
「ちょっとおばさん?」
リン君の、恥ずかしさを閉じ込めたような声が、店の中に響いた。
「僕、その話は誰にもしないでって、前言いましたよね?」
振り向いて見えたリン君の顔は、それはもう炎のように真っ赤だった。
「あらそうだったわね、ごめんなさい。」
わざとらしく微笑みながら、ペコペコと謝る店長さん。
「カノンさん!今の話、聞かなかったことにしてください。」
「お願いします、お願いしますお願いします!!!」
赤面しながら、涙まで飛ばしてそう言うリン君は、それはそれは、女の子と勘違いするほどにかわいかった。
「うん、もちろんもちろん!」
こういう時は、そうやって返しておいて、記憶の隅に置いておくのが鉄則だ。
「さようなら、おばさん!」
逃げるように出て行ったリン君の後を、店長さんにお辞儀だけして追いかけていく。
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