第2話 一人の従者と魔王様
次の日。朝早く起きて、身支度を始める。朝食を食べ、裏口から城の外に出た。正直、朝と呼ぶにはあまりに早すぎる時間で、日は登っておらず、通行人は全くいない。見慣れた窓からの光景とは大違いだ。
魔族国家までは、馬車で行く。かなり時間がかかるから、ここまで早くなければ着く頃には昼過ぎになってしまう。
裏口から出てすぐのところに馬車はあって、連れて行ってくれる中年の男性に挨拶をし、すぐ馬車に乗った。
お父様は見送りに来て、「体には気をつけろよ」と言ってくれた。自分がね、と言い返してやりたかったけど、ここは素直に受け取っておくことにした。
馬車が動き出す。ゆっくり、ゆっくりと進んでいき、王国から出る。だんだんと住んでいた城が小さく、そして見えなくなっていく。そして、野原に出た。私自身景色の良い場所が好きで、そのために旅をしたこともある。だから、馬車に乗るのは初めてではない。
馬車に乗っている間することは人それぞれ。読書をしたり、何かを食べたり、一人でなければおしゃべりにふける人たちもいる。私の場合は、ぼーっとすること。ただそれだけ。移り変わる景色を見るだけで、時間が過ぎてゆく。今回もそうだ。野原を、川沿いを通り、森を抜け。気づいたら日も登り、魔族国家が見えてきた。
魔族国家に入って、近場の路地にて、連れてきてくれた男性と馬にお礼をする。馬などの怖くない動物はかなり好きなで、ほんとはずっと戯れていたいけど、そうもいかない。彼らが帰っていくのを待って、私は歩き始める。魔王城まで行かないとだめなのだけれど・・・
「・・・どっちに行けばいいんだっけ?」
路地から出てすぐ、自分が魔王城への道を覚えていないことに気づいた。事前に目印等を聞いてたんだけど、忘れちゃった・・・。こんな時に限って・・・。
周りを見渡して周辺には魔族しかいないことを理解する。助けを求められない状況に、だんだんと緊張感が高まる。
でも、魔族嫌いを治すって決めたんだから!と、行動することを決心した・・・そのとき。
「あのー・・・」
誰かの声が聞こえた。
「うわっ!」
急に話しかけられたのでびっくりしてしまった。
声のした方向を見ると、私より少し身長が高いくらいの、魔族の男性がいた。
年齢は同じくらいだろうか。執事のような服を着ていて、かなり可愛らしい顔をしている。特徴的な角ばった耳が生えているけど、ほぼ人間のような姿かたちをしていた。
・・・特殊な性癖の人が見たら、真っ先に女装させたがるような、可愛い・・・
男の子というのがピッタリな言葉だろう。いや、普通は男の子とは呼ばないんだろうけど、そう呼びたくなるような姿だった。
「カノンさん・・・で間違いないでしょうか?」
「そう、だけど・・・どうして私の名前を?」
「魔王様の命により、あなた様を迎えに参りました。魔王場までご案内いたします。」
たっ・・・助かったぁ。魔王の従者といったところだろう。というか、案内人がいるなら伝えてくれればよかったのに。
優しそうだし、おとなしそうだし、まずこの魔族と友達になりたいな。
ただ、
そう思ったのも束の間。
「ゔっ・・・!」
唐突な吐き気が私を襲う。
私はすぐに後ろを向いて、何度も大きく深呼吸する。
・・・あの日、母が殺されて、私は魔族と話すと、時々発作が起こるようになった。
緊張感の、延長線上ではあると思う。
どんな魔族と話していても緊張感は感じる。
けれど時々・・・緊張感が急に強くなって、吐き気に変わる。
お父様が危惧していたことの中には、この発作も大きくあるだろう。
「大丈夫ですか・・・?」
「ああ・・・うん。」
もう一度、深呼吸をして、男性の方を向く。
相変わらず、強い緊張感を感じてはいる。
けれど、これを解決するために来たのだ。今は、耐えよう。
「僕の名前はリン。どうぞお好きなようにお呼びください。」
「わかった。じゃあ、リン君。」
「では、ご案内いたします。」
そう言ってリン君は歩き始めた。私もそれについて歩く。
魔族国家の街並みは今までのものとは似ているようで少し違う。ただ、店の種類が異なっているだけだ。地域の特産物を生かした、様々な店が並んでいる。魔族国家では、周りが自然に囲まれているために、果物や花の店がよく目立っている。まあ、違う場所に来れば風景も変わるのが普通か。
目の前にそびえたつ大きな城。木々で囲まれていること以外外観は似たようなもので、住んでいた「家」よりは小さいはずなのに、心なしか同じくらいの大きさに見える。
「どうぞこちらへ。」
リン君にそう言われて中に入る。中はかなり質素で、それっぽい絵画などもなく、ところどころ窓際に花瓶がおいてあるだけだ。窓からも木しか見えないから、壁の白さに反して薄暗い。ただ私は、この雰囲気は嫌いじゃない。
「ここに魔王様がおられます。」
とても魔王がいるとは思えない、小さそうな部屋。
扉を開け中に入る。
廊下と同じように、とても雰囲気的に明るいとは言えない部屋ではあった。
ただ一人、異彩を放つ魔族がいるだけの。
机に向かって、椅子に座りながら本を読んでいる魔族がいた。
魔族は私達に気づき、本を読むのをやめ、椅子から立つ。
こちらを向くとリン君と同じくらいの身長の、冷たそうというか真面目そうというか、そんな感じの魔族だった。
でもやっぱり、ほかとは違うと思えた。
あまりにも・・・あまりにも整った・・・整い過ぎるほどの見た目をしていたのだ。
それこそ、空想上の王子様のような。
だけれど、目が悪ければ、女性だと勘違いしてしまうように美しく。
それでいて、威厳すら放つような、装い。
魔族嫌いの私ですら、緊張感とか不安感以前に、そう考えた。
芸術的とも言える整った風貌に、言葉が出ない。
静寂の中、魔王・・・様の言葉から会話が始まる。
「私(わたくし)は、みんなから一般的に魔王と呼ばれているものです。あなたのお名前は?」
落ち着いた口調で・・・感情のこもっていないように聞こえた。
「えっ、えっと・・・私はカノン。ここから西のほうにある、人の国からあなた様にお仕えするために参りました。」
「・・・はい、知っています。」
え?じゃあなんで聞いたの・・・。
頭に疑問符を浮かべる。そしてまた静寂が訪れる・・・と、思われたのだが。
スタ、スタ、スタとなる足音。
魔王様が近づいてくる。
えっ・・・ちっ、近くない!?
足音は鳴りやまず、距離が縮まっていく。
より鮮明に見える美しさに、私の心臓の鼓動が早まる。
美しい黒の瞳孔。
なんの汚れもない綺麗な肌。
男性らしからぬ長いまつ毛。
・・・いや、魔族嫌いで緊張しているだけだろう。絶対にそうだ。
魔王様の手がのばされ、私の顔に近づいてくる。
心臓がうるさい。緊張してるだけだから、黙ってて。
そう思っても、鼓動は早まるばかりで。手がもっと近づいてきて。
わからない、わからない・・・どういうこと?どういう状況なの!?
私は「真の芸術」を見ることをやめ目を閉じた。
これ以上は心臓に毒だから。
そして、魔王様の手が、私の肌に、触れた。
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