第3話 魔王の感情

ただ。


「魔王様。」


リン君の静かな声が聞こえた。

「どうかされましたか。」

「いや・・・何でもない。」

さっきと同じように、感情のこもっていないような声で魔王様は言った。

 「・・・そうですか。ではカノンさん。仕事内容についてご説明します。どうぞこちらへ。」

 「あっ・・・うん。」


そして私は、リン君についていった。


部屋を出るとき、後ろ一瞬を振り返る。

そこには、目を細め私を見つめる、魔王様の立ち姿があった。





 私の頬に魔王様の手が触れた時。なぜかは分からない。私は魔族が嫌いなはずなのに、なぜか、心が癒される様な気がした。

魔王様の手は、その雰囲気や声と一致して冷たかった。

けれども、優しさを感じた。


表面を見るだけでは感じることのできない、深い場所にある優しさを。手からだけでは無い。肌への触れ方とか呼吸とか。

五感で、そう彼を感じ取った。


 そしてもう一つ、これも理由はわからないのだけれど、なぜか、懐かしい感じがした。リン君に声をかけられなければ。何かがわかったかもしれない。まあ、仕方ないけど。


 というか、なんで魔王様は私の頬を触ろうとしてきたの?だって・・・だってあんな・・・。あんなこと普通する!?私おかしくないよね!?でもリン君は、ずっと落ち着いていたし・・・えっ、もしかして・・・魔族には初めて会った人と、ああいうことをする文化でも・・・いやいや、そんなわけない・・・よね?

最後もなんか、じっと見られてたし。

私、なんかしちゃったかなぁ・・・?








 魔王様の前を去った後、リン君と仕事内容の確認をしていった。と言っても、人の王か魔族の王に仕えるかくらいしか、「家」での仕事と違いはなかった。


城の外の木々に囲まれた、少し小さな庭で、最後の確認をしていく。城の中と同じく、華やかではない。私の好みではあるけれど。

 「大雑把にまとめますと、洗濯、皿洗い、買い 出し、各場所の掃除、料理を、他の使用人と分担して行っていくことになります。お給料に関しても、他の使用人と同じように払わせていただきます。」

 「なにかご不明な点などありますか?」

リン君が問う。

 「特にない・・・いや、一つ質問。」

私は思い切って疑問をぶつける。

 「魔族には、初めて会った人と何かすることはあるの?」

 「いえ、そんなことはございません。」

リン君は、きっぱりとそう断言した。

私は間違ってなかった。そんな文化、あってたまるか。・・・なら、なおさら、もう一つわからないことがある。

 「じゃあ・・・何で魔王様はあんな・・・あんなことを?」

 「・・・先程のことをおっしゃっているのならば、えと・・・。」

少し間が空き、私から目をそらしながら、リン君は再び喋り出した。

 「・・・魔王様は目が悪いのです。カノンさんの事を正確に認識したかったのではないでしょうか。」


め、目が悪いとああいうことをする人もいるのかな・・・?ちょっと疑わしいけど、気を悪くさせても良く無いし、余計な追求はしないでおこう。


 「もし他に質問などなければ・・・あっ!」

私の手の方を見て、リン君がハッと何かに気づいた。

 「申し訳ありませんっ!お部屋のご案内を忘れてました・・お手荷物、重くなかったですか?」

どうやら、私の持っている服や日用品などが入ったカバンを見てのことだったようだ。

 「別に重いものでもないし、気にしないで。そんなことで謝らなくていいから!」

 「しかし・・・。」

 「ほら、これから一緒に過ごしていく仲間なんだしさ!」


・・・その時、もう一度間が開いた。普通なら、特に気にすることでもない短い間だった。ただ、その時リン君は、何かを考えているようだった。

何を考えていたかはわからない。少しの間違いでも、ひどく落ち込んでしまったりするようなタイプなのかもしれないし、実は全く関係のないことを考えているだけかもしれない。


でも、そういうことじゃない気がした。特段に落ち込んでいるわけではなく、私の言葉を聞いての、思考だったと思う。

なぜだろう、なんとなく、気になった。リン君は、何を考えているんだろう。魔族に対する無意識の警戒心からだったかもしれない。それとも、単なる好奇心かも。

もちろん、口には出さないけど、知りたくなった。

 

 「・・・そうですね。以後気を付けたいと思います。では、お部屋に。」

そんな私の気持ちを知る由もなくリン君は城の中へ戻り、部屋に案内し始める。


 「この部屋です。」

そこは二階の角、最も奥の部屋だった。

 「どうぞ。」

そう言って、扉を開けてくれる。

既視感があった。ベッド以外何も置かれていない、真っ白な部屋。

少しワクワクする。この部屋を前みたいに、私色に染めていくんだ。

 「ここで働いている間は、自由に使っていただいて構いません。まあ、ベッド以外          に何もないただの部屋ですが・・・。」

 「ううん、十分。前に住んでたところも、最初はこんな感じだったし。」

それを聞いて、リン君はうなずく。

 「私は隣の部屋で寝泊まりしています。何かあったらそちらへ。今日はお疲れでし ょうし、あとは自由にしていただいて構いません。」

 

 リン君は扉を閉めて外に・・・出ようとして、何を思ったのか動きを止めた。

そして、思いつめた顔で私のほうを見て・・・

 「あの・・・カノンさん・・・。」

ただ。

 「・・・。」

リン君は、言いかけて、何かを思い直し、口をつぐんだ。

 「すみません、何でもないです・・・。」

リン君は、部屋から出て行った。


私はベッドに座る。


本当は自分で、聞いてあげたかった。あそこで、「どうかしたの?」って。困っている人がいれば助けてあげたいし、私を必要としてくれる人がいるなら、力になってあげたい。


でも、リン君は魔族なのだ。


私は、魔族が嫌いだ。いや、ここでは苦手といったほうがいいかもしれない。

自分のことを苦手としている者に。自分といて、苦しさを感じてしまう者に。

何かを相談するべきだろうか。

少なくとも、私は否定する。


だからこそ。

今私は決心した。リン君と、うわべだけでない、友達になると。そしてそのうえで、リン君の悩みを解決する。


これは、自分のためでもある。


もし、何の隔たりもなく「魔族」に寄り添うことができるようになったなら。

私は、魔族嫌いではなくなっているかもしれない。


 思考を中断し、窓に目をやる。

窓から見える夕日は、私の心を癒してくれる。

私はベッドから立ち、窓を開けに行く。

そこからは、街並みが背景としてある、木々や花を中心とした景色が見えた。

前とは違う窓から見る情景に、私は少し新鮮さを感じる。


今日はいつもより疲れた。慣れない環境で、魔族も多くいたし。

これからは、これが当たり前になる。

 「とりあえず、今日はもう・・・。」

倒れるようにしてベッドに横たわる。

窓から木の揺れる音を聞きながら、私はそのまま眠りについた。


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 「コウ」はいつも通りの時間に起きた。

コウの真っ白な部屋を見ると、「弟」はいつも面白みがない、といったことを言ってくるようだが、仕方がないだろう。何も、ほしいと思ったことがないのだから。

今日も、「魔王」としての仕事を全うするだけ。

・・・だけ、だが。

彼はいつもと少し・・・いや、明らかに違った様子を見せていた。

朝食を食べるときは、自覚はないのだが皿を何枚も割っていたし、

読書をするときも、文章を見つめてはいたが、ずーっと彼のことを見ていれば、一ページも進んでいないのが誰にでもわかったことだろう。


では、原因について。

今日は、珍しい用事が入っていたのである。

新たな使用人との面会・・・もとい、ある国家から来た人間との接触である。

文字に書くと、たいそうなものではない。

でも、その人間というのが問題だったのだ。

彼にとってその人間・・・「カノン」という女性は。



時が来れば、命をかけてでも「守る」と決めた、

この世で一番といっても過言ではないほどに、大切な人だったのだ。



どうして彼女を「守ろう」と思ったのか。

その時の気持ちを、彼は自分自身で分かっていない。


彼は、自分の感情がわからない。


ただ。

今日、彼の心は様々な感情に揺れ動いた。

いや、細かく言えば、彼自身はそのことをわかっていないのだが。


部屋の扉が開いた時。

カノンと会った時。

守ると決めた人との、久方ぶりの対面に心が高ぶった。


緊張して、何を言えばいいのかわからなかった。

まず思いついた、自己紹介の言葉を放つ。

「私は、みんなから一般的に魔王と呼ばれているものです。あなたの、お名前は?」

そうしたら、彼女も自己紹介を返してきてくれた。


ちょっとした会話に、彼は心をおどらせる。

そのことは知っているという旨の、返事を返す。

会話が途切れた。


次に出す言葉に迷う。


ある言葉を口に出そうとしたとき。

ふと、コウはある衝動にかられた。

別に、椅子の近くからでも守るべき人の全貌は、はっきりと分かったのだ。

コウは別に目が悪いわけではない。

それなのに、彼女に近づきたくなった。彼女をもっと近くで見たかった。

彼女に、触れたくなった。


少しずつ、近づいてみる。

近づくほどに、彼女に引き込まれる気がした。

だから、もっと近づきたくなる。


彼女に触れられる距離にまでなったとき。

自然と手が伸びた。

まるで一凛の花のように、可憐に見える彼女に触れた。


その時、まるで彼女に包み込まれるかのように、彼の周りにたくさんの花が咲いた。

本当は花などないのは確かなことだ。彼がそう感じ取った、というだけ。

それに呼応するように、コウの中で、彼女に対してある感情が芽生えた。


もう一度言おう。彼は自分の感情がわからない。

でも、もしその時のことを、寸分たがわず誰かに伝えたとき。

行きつくのは、ある一つの感情だろう。


ある人が聞けば、自分のことではなくとも、思わず赤面してしまうような。

ある人が聞けば、自分の過去と一緒に、その甘酸っぱさを思い出すような。

そんな不思議な感情。


まあ、本人がわかっていなければ、あまり意味はないのだろうが。

・・・おそらく。


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