魔族嫌いな私は、城にて魔王たちと共に暮らす。

@akabane39

第1話 旅立ち

少し肌寒い夜にふと気が付く。

周りを見渡すと、草木が生い茂る、少し標高の高い丘のような場所であることがわる。上を見上げれば、神秘的とも思える星々の姿が見える。俗に言う夜景スポットのような場所なのだろう。


もう一つ、目に映ったものがある。


たった今、目の前で倒れた母と、そばにいる魔族の姿が。


「お母さん・・?」

問いかけても、返事はなかった。

恐怖、怒り、憎しみ。負の感情が渦巻き、心がぐちゃぐちゃになる。


母が殺された。


こいつだ。この魔族がやったんだ。許さない・・・許さない許さない許さない・・・絶対に許してやらない!!!!!


言葉は出なかった。当然かもしれない。目の前のことを受け止めるには、あまりにも幼すぎた。


ああ・・・魔族なんて、嫌いだ。


 目が覚めた瞬間悲壮感と喪失感に見舞われた。時間がたった今でも、まだ時々あの時の夢を見る。母が死んだ、あの時の。苦しい。ただ、少し安心もした。それがなぜなのか、今の私にはわからない。

 毎回、毎回そうだ。この夢を見るたび、負の感情が襲ってくるのに、同時になぜか安心もしてしまう。自分なりにいろいろ考えてみたこともあるけれど、やっぱりわからなかった。この相反する感情は、何なのだろう。


 起き上がり、私は窓を開ける。

「今日もいい天気・・」

そんな言葉が口からこぼれる。

城から眺める景色は、高さも相まってかなりいい。たくさんの人がいる街並みを見ると、不思議と元気が湧いてくる気もする。

 外から見るとお姫様が住んでいそうな整って素敵な城だけれど、中にたくさんある部屋には統一感はあまりない。


 何年も暮らして完全に私の部屋となっているこの場所はもとは本当に何もない、ただの真っ白な部屋だったけど、少しずつ私色に染めていった。お花を飾ったり、動物の置物を置いたり。同じように人が住む部屋にはそれぞれの個性があふれている。ペットを飼っている人もいたりして、みんな自由にしている。


 もうすぐ冬が過ぎ、暖かな春がやってくる。毎年この小さな暖炉も無い部屋での冬は本当に厳しい。部屋の構造上仕方がないことだけど、少し不便だ。何枚も服を重ねて寝ることもしばしば。


 暇なときは暖炉のある部屋に行って本を読んだり、編み物を編んだりしていた。近所の子供にあげたらすごく喜んでくれる。別にうれしくないけど。・・・来年はもっと凝ったやつを作ろうと思ってる、けど。

夏はすごく暑いから、着る服を変えないといけない。雨も降るし・・・。昔住んでいた木造の村の家よりかは遥かに楽だ。でも、ずっと春か秋だったらいいのにと思う。

 

 そうこうしていると、ドアがノックされた。

 「カノンちゃん、起きてる?」

この声はメイド長さんだ。どうかしたのだろうか。

 「はい、起きてます。」


そう答えるとドアが開けられた。この人には家事のありとあらゆることを教えてもらった。尊敬する先輩だ。


 「実は王様があなたにお話があるからと、呼んでくるようにおっしゃったの。何かお願いかしら・・・悪いわね、お休みの日に。」


また買い出しのお願いだろう。まさかまたお酒を頼んでこようものなら、あの人の一番嫌がることをしよう。


 「いえ、特に用事もないので!謝らないでください。どうせまた買い出しでしょうし。じゃあ、用意してから行きますね!」

 少し身支度をして、部屋の扉を開け廊下に出る。階段を下り、玉座の間の扉を開くと、王様・・・いや、お父様の姿があった。お父様は王という身分ながらも私のことを大事に育ててくれた。本当の親子ではなくとも限りなくそれに近い関係だ。


 「お父様、またお酒じゃないでしょうね!体は大事にっていつも言ってるよね!? 王の仕事だって忙しくていつも夜遅くまで仕事してるし・・・しかも早起きで・・・。まだ三十代で、先も長いんだしさ!」

 様々な人が王様に謁見するためにあるこの場所は、この城で一番広く作られている。そんな場所に響くような、大きい声が出た。

かなり不健康な生活をしているのにもかかわらず、三十代らしからぬ若々しい姿をしているお父様だが、体は大切にするべきだ。王という身分でもあるのだし。


 「次またお酒を~なんて言ったら一週間口きかないから!!!」

心配のあまり、自然と怒ったような口調になってしまう。


 「違う、違うから口を利かないなんてことやめてくれ!たくさんお酒を買わせてたのは悪かったと思ってるよ・・・。もうお酒は当分飲んでない。カノンに買わせたりもしないから。」

 「・・・ほんとに?」

 「ああ本当だ。もうお酒は買わない。代わりに菓子をだな。」

 「ちょっとお父様?甘いものは控えるってこの前・・・」

 「ああそうだった!うっかりしてたよ!はは!そうだ、今日はこんな話をするために呼んだんじゃない。別の大事な話があるんだ。」


なんだか話をすり替えられた気がするけど。まあ、いいか。

 「話というのは、カノンの苦手な・・・というか、嫌いな魔族のことだ。」

 「え?」

予想外の答えが飛んできて、一瞬思考が停止した。いつも私には買い出ししか頼まないお父様の口からそんな言葉が出るとは。


 「昔あったことが原因とはいえ、お前ももう大人だ。魔族と深く交流する機会も、前よりもっと増えていくかもしれない。そんなとき、お前の魔族嫌いは、自分にとって精神的な負担になるんじゃないか?」


 「・・・・・」


私は魔族が嫌いなのか苦手なのか、どちらかと言われたらわからない。

ただ、共にいたくない、というのは断言できる。


誰だって、したくないことをするのは苦痛だ。魔族との間に、仲間でも商売相手でもなんでも、より深い関係性を築くことが必要になったとき、私はその苦痛に耐えていられるのだろうか。



 「そこで俺は考えたんだ。どうすればお前の魔族嫌いが克服もしくは緩和できるかを。そして一つ、思いついた・・・これ以上ないくらいの妙案を!」


私は息をのみ、次にくる言葉を待った。



 「お前を、魔王のもとで働かせることだ!」


 「・・・は?」



 さっきよりも長いこと、思考が停止した。

えっ・・・ま、魔王・・・?どういうこと・・・。


少しして、私からの反応が無いことを不思議に思ったお父様は言った。


 「ん?どうした、体調でも悪いか?」


ふと我に返る。


 「どうしたって、こっちが聞きたいんだけど!魔王って、魔族国家の王様だよね?そんなとこに行かされるこっちの身にもなってよ!というかなんで魔王!?」


 「お前は知らなかったか。俺と魔王は、あいつがこの国に来るたび必ずというくらい酒を交わす仲なんだ。俺が会ってきた中で一番信頼できる男だ。安心していい。」

「これでも俺は、カノンのことを心配して言っているつもりだ。この先の苦労を減らせるようにって。」


再び会話が途切れる。ふと、私は頭の中で国一帯の地形図を思い浮かべた。

 

 この国は円形で、東西南北の四つの区画に分かれている。それぞれに王城が存在し、お父様のほかにも各区画計三人の王がいるということになる。ただ、協力関係とは言えず、内部争いで分裂したような状態だ。

お父様が治めているのは東側。そして国の中心からみてもっと東に行くと、魔族国家がある。魔王と、ある人族の王は仲がいいというような噂を聞いたことがあったけど、まさかお父様のことだったとは。


 「どうだ、行くか?」


 私は迷う。

行きたいかどうかで言えば、絶対に行きたくは、ない。


怖い。魔族と話さなくてはいけないことも、もし行ってしまえば、魔族との交流から逃れられないことも。そんな空間、お父様が言った通り、私は耐えられないかもしれない。もし、魔族嫌いだから近づかないでといえば、相手を傷つけてしまうかもしれない。


ただ、私は昔からあることを、心に決めている。


それは、未来の自分が過去を振り返っても、絶対に後悔しない選択をすること。


「前の家族のこと」を思い出して、あの時私がこうしていれば・・・とか、そういうことを、何度も考えたことがある。

・・・大好きだったから。何度も、後悔した。

だからこそ。


 そうやって考えていくうちに、ここで断るというのは、今の状況に甘えることになると。後悔する選択だと。そんな風に思えてきた。


であれば。心配してくれたお父様のためにも、どうすべきかは明白だろう。


 「行こう・・・かな。」

私は、そう言った。


 「そうか、行くか!わかった。」

お父様の言葉には安心感に満ちていた。

明確には言わなかったが提案というより、私に魔族王国に行ってほしかったらしい。


「なら、明日出発できるよう手配しておこう。今日はゆっくり準備したらいい。長

く住むことになるかもしれないしな。少なくとも、魔族嫌いが治るまで。」

 そう言って、お父様は仕事を始めた。私がいなくなっても自堕落な生活になったりしないだろうな。メイドさんもいるし大丈夫だと思うけど。


さて、支度をはじめよう。


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