第28話 進撃のモーゼ7

 海山坊もまた、神によって創造された存在である。


 志賀町に伝わる民話の中に登場する人物であり、本当にそういう坊主がいたのかも怪しいが、本人は特に意識はしていない。この世界に生み出された時から、すでにこれまでの人生に関する記憶を持っており、「自分はそういう風に生きてきたのだ」と信じて疑わないのである。


 その記憶において、海山坊は、あまり幸福な人生を送ってこなかった。


(ケチがついたのはあの時からだ)


 思い出せば思い出すほど、悔しさで、唇を噛み締めたくなる。


 地蔵だ。ある時、道を歩いていたら、傍らの地蔵が「わしを指定する場所まで運んでくれたら、一生お前を安楽にしてみせよう」と誘いかけてきた。海山坊は造作もないこと、と地蔵を背負ったが、予想外に重かった。「他人に見つかったら約束は無しだ」という地蔵の話に従って、なんとか誰にも見つからないように進んだものの、ついに回避しようがない場所で、正面から人が来るのと遭遇してしまった。「もうここまでだ」と地蔵は見切りをつけ、その場で海山坊に下ろさせた。


 あの日から――安楽を得るどころか、不幸ばかりが海山坊の周囲に訪れるようになった。


 欲に駆られた、罰なのか。


(許せぬ)


 地蔵が許せない。自分をコケにしただけでなく、安楽を奪った、あの地蔵が許せない。いや、この世界に存在する全ての地蔵が許せない。


(俺は永遠の安楽を得る! そしてありとあらゆる地蔵を破壊する!)


 その熱い思いが、海山坊を突き動かしている。


 正直、得体の知れない八百比丘尼のことなどどうでもいい。自分の前に立ちはだかる障害が許せないだけだ。ましてや、一戦もせずに逃げるなど。


「覚悟しろ、羽咋の『王』よ!」


 夜道を進むこと一時間半ほどで、敵が逃走ルートとして選んだ、国道一五九号線に入った。念のため携帯電話で本部に確認を取ったが、依然、敵は国道を逃げているという。ところが、電話でのやり取りの途中で、本部側の人間が『おや?』と声を上げた。


「どうした!」

『敵の動きが止まった。道の途中で、一歩も動かない』

「ほう……迎え撃つ気か、それとも動けなくなったか。距離はどれほどだ」

『あと10分ほど進めば遭遇するはずだ』

「よかろう! ならば、このまま一気に殲滅する!」


 海山坊は進軍速度を上げた。すでに疲労困憊の人々は、泣きそうな表情になったが、逆らってカード化されるのはいやだったので、仕方なく従うことにした。


 スピードを上げて進むこと、8分――


(そろそろか!)


 平野が広がる中の、見晴らしのいい車道だ。灯りは乏しいが、目の前に誰かがいればすぐに気が付く。もしも反撃する気なら、返り討ちにしてみせる。


 と思って歩いていた海山坊は、真横から殺気を感じて、立ち止まった。


「何やつ!」


 禅杖を構えた瞬間、木の陰から、甲冑を着た女戦士が飛び出してきた。


「ぬお⁉」


 予想を上回るスピードでの奇襲を前に、かろうじて、海山坊は禅杖で我が身を守るのが精一杯だった。女戦士の剣が、禅杖の柄にぶつかり、激しい金属音が響いた。第一撃は何とか防いだが、続く第二撃は、完全にはかわしきれなかった。僧衣を切り裂かれ、懐に入れていた携帯電話が真っ二つにされた。


「おのれ! 小娘、名を名乗れ!」

「私は、全宇宙の秩序と平和を司る戦士――アストライア!」


 女戦士アストライアは凜々しく名乗りを上げた。


「ははは、こうして夜闇に乗じて奇襲を仕掛けようてか! 小賢しい!」


 海山坊は禅杖を大上段に掲げ、真っ向から、アストライアと向き合った。己の膂力に絶対の自信を持つ海山坊は、こうして正面切って戦うのならば、女戦士ごときにまず負ける気はしない。


「その程度の浅はかな策で、この海山坊に立ち向かったことを、呪うがよいわ!」

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