第27話 進撃のモーゼ6

「ぐはははは! 進め、進めい!」


 志賀町の軍を率いるのは、海山坊かいさんぼうという名の僧侶だ。剛力を誇るこの男、禅杖を肩に担ぎ、大きな声を張り上げながら、志賀町の兵を指揮している。


 進軍している兵士達は、しかし本来であれば普通の市井の人々である。これから始まるであろう戦のことを考えて、恐怖で顔を青ざめさせている。けれども、いま志賀町を支配している「女王」には、逆らいようがない。


 志賀町の「王」。それは、日本の各地に伝承がある、不老長寿の女――八百比丘尼はっぴゃくびくに


 「やおびくに」とも「はっぴゃくびくに」とも呼ばれる彼女が、いま、志賀町を支配している。


 だが、誰もその姿は見ていない。


 無数の椿に囲まれた屋敷の奥に身を潜め、陣頭指揮は全て剛勇無双の部下達に任せている。それだけに憶測が憶測を呼び、かえって神秘性が高まっており、一種逆らいがたい不気味さも伴っているのである。


 呼び方は、「はっぴゃくびくに」で統一されている。全員に揃えさせることに意味があるのかは、わからない。その意図するところも伝わらない。なぜ羽咋市を攻めるのかも、わからない。全てが謎に包まれている。ただただ、言葉に出来ない妖しさだけで、人々を支配しているのだ。


「王の首を取った者には、女王様より直々に褒美をくださるそうだ! 皆、命の限り、戦えい!」


 と、海山坊はどうにかして人々の士気を上げようとするが、実のところ、八百比丘尼はひと言も褒美の話はしていない。こうでも言わないと、まともに戦ってくれそうにないから、とりあえず言っているだけである。


「ん……? なんだ?」


 懐に入れている携帯電話が鳴動した。町民から取り上げた電話を、そのまま幹部達の連絡用として使っている。覚束ない手つきで通話ボタンを押した。本部にいる仲間からの電話だ。


「ほう。敵め、恐れをなしたか」


 仲間からの伝達内容は、羽咋市の王が、拠点から移動を始めた、というものだった。国道に沿って、東ヘ向かってひたすらに進んでいるという。志賀町本部に設置されているコマボックスで判明した状況だ。間違いはない。


「『し』はついているのか?」


 一般兵は護衛についているのかどうか、海山坊は尋ねた。電話の向こうの回答は、「なし」。そこからわかることは、何も護衛がいない、ということではなく――「飛」や「角」、「香」といった属性の精鋭が、「王」の周りにいるのだろう、ということだ。誰も側にいないわけがない。


 とはいえ、南方の宝達志水町からも攻撃を受け、主戦力はそちらに投入しているはずだ。まだ戦争も始まったばかりの現況で、志賀町からの攻撃に対処しきれるだけの戦力が残っているとは思えない。


「くくく、策も何もないな。愚かにもほどがある。逃げきれると思うのか!」


 海山坊はジャンッと禅杖を鳴らすと、ともに進軍している人々を睥睨し、真っ赤で大きな口を開けた。


「追うぞ! 東に敵の大将あり! 一気に攻め立てい!」


 これで、勝つ。その確信が、海山坊にはあった。

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