第23話 進撃のモーゼ2

「マスターは、この羽咋にお住まいなのですか?」

「いや、生まれたのは七尾で、いまは加賀市――福井県に近いところに住んでるんだ」

「どうしてこちらのほうへ?」

「話せば長くなるけど……色々と、気分転換に」


 彼女がいないことに虚しさを感じて、フラリと旅に出た、などということはアストライアを前に言いたくなかった。


「ここへ来たことは?」

「昔、七尾に住んでいた時にはあるけど」

「やはり懐かしいですか?」

「そう思うこともあるし、正直忘れてることもあるし……でも、楽しかったよ。こんなことになるまでは」

「私は、そこが、よくわからないんです」


 アストライアはポツリと呟いた。


「この戦争が始まってから、この世界に生を受けましたから……自分の存在意義はわかるのですが、積み重ねられた記憶はありません。ですから、懐かしい、という感情は言葉としては理解出来るのですが、実感が湧いてこないのです」


 この能登ウォーズにおいて、神によって創り出された存在。つまり、それまではこの世界に欠片もいなかった、ということになる。その心境たるや如何なるものか。光鳴には想像もつかない。


「戦うことしか、考えてない……っていう感じ?」

「それはないです。確かに、私はこの戦争において、駒のひとつかもしれません。でも、自我はあります。戦争が終わったら、あれをしたいな、これをしたいな、という考えは」

「たとえばどんなことをしたいの?」

「そうですね……」


 唇に手を当てて、しばらくアストライアは真剣に考え込んでいたが、やがてニッコリと笑いかけた。


「学校に、通ってみたいですね」

「高校とか……?」

「大学でもいいです。とにかくマスターと同じような、青春、というものを私も体感してみたいんです」

「僕はそれほど青春らしい青春は送ってないけど」


 青春なんて都市伝説だと思っているくらいだ。


「学校に通っているだけでも、十分、青春ですよ。私は空っぽの存在です。でも、私と外見年齢が近いような、多くの人達の中に混じって暮らせば、きっと私の中は楽しいことで満たされる――そんな気がするんです」

「通っているだけで、十分、青春か……」


 アストライアの言葉を反芻する。光鳴にとっては無味乾燥とした学校生活だが、そもそもこの世に生を受けたばかりのアストライアにとっては、羨望の眼差しを送るほどの境遇なのだろう。


 何が、その人にとって良いことなのか、一概には言えないな――と考えたところで、ふと、光鳴は妙なものを感じた。


(アストライアが持っている知識は、どこまで与えられているんだ……?)


 神によって生み出された存在であるアストライアは、当然、その知識も神から授かったものと思われる。しかし、この世界におけるありとあらゆる知識を与えられたわけではなさそうだ。であれば、全知全能の存在になっているはずだ。しかしそうではない。


 一体、彼女が持っている知識は、どういった基準で取捨選択され、付与されたものなのか。高校や大学、といったものに対するイメージの知識は、なぜ神から与えられたのか。


 その疑問を、何気なくアストライアにぶつけてみようかと考えた光鳴だったが、そこへ、勢いよく会議室の扉を開いて、クロガネが中に飛び込んできた。


「おい、大変だ! のんびり休んでる暇はないぞ!」

「どうしたの、クロガネさん?」

「敵襲だ! 宝達志水の軍が、夜襲を仕掛けてきた! いまから撃退するぞ!」

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