第20話 大乱の始まり7

「ちょっと」


 クロガネは光鳴の腕を掴むと、半ば力任せに引っ張って、人のいない男子トイレまで連れ込んだ。


「私じゃないからな」


 開口一番、そう言ってきた。先ほどの放送で、達矢が光鳴のことを名指しした、その一事を受けての言葉だ。なぜかテレビ局には情報が伝わっていた。この羽咋市勢力の誰かが流したとしか考えられない。


「わかってるよ」


 一応、そう返した。だけど、まだ疑いが晴れたわけではない。


 テレビ局には、「光鳴が軍師として」「七尾市の部隊を撃退した」という情報が伝わっていた。だが、これは正確ではない。最終的に敵を追い払ったのは、アストライアだ。彼女が無双の力を発揮したから、相手は逃げていったのだ。


 そこで考えられるのは、最初に気多大社で、敵の第一陣を撃破した時のことだ。あの時は、光鳴が提案した二段構えの伏兵戦法で、勝利を収めることが出来た。その光景は、あの場にいた全員の目に焼き付いていたはずだ。


 最初の気多大社防衛戦――あの時に、誰かが、情報を流したのではないだろうか。


 実際、市内を撤退している最中に遭遇した敵軍との戦闘で、全員カード化されてしまい、復活したのはいまだクロガネだけである。そのクロガネだって、元に戻ってからずっと、光鳴のそばにいる。二回目の戦闘後に、情報をリークすることは出来ない。


(全員、怪しい……か)


 気の抜けない状況になってきた。


「ところで、あいつと何かあったのか? やけにあんたを敵視してたけど」

「達矢のこと?」

「ああ。将棋を一緒にやってたんだろ?」

「確かに小学生の時は仲良くしてたよ。でも、僕がひどいことをした」

「ひどいこと?」

「……それはどうでもいいでしょ。いまは、みんなを静めないと」


 放送を見た人々は、軽い狂乱状態になっていた。わけもわからぬうちに戦争に巻き込まれ、これは夢か幻かと戸惑っている中、否応なしに全て現実であると突きつけられたのである。怒り出す者、泣き出す者、反応は様々であるが、共通しているのは単純な恐怖であった。


「おい、あんたら。泣いたって――」

「泣いていても答えは出ません!」


 クロガネの言葉よりも先に、アストライアがよく透る声で、人々に呼びかけた。


「すでに戦端は開かれました! 我々がすべきことはただひとつ、戦うことだけです! 戦わなければ、敵の奴隷となります――それでもいいのですか!」


 決して大音声というわけではないが、その澄んだ声音は、全員の胸の中にスッと染み込んでいった。多くの言葉を使っていない分、主張もわかりやすく、これから何をしないといけないのか、目標も明確になってきた。


 しばし沈黙が流れた。その時間に、人々の気持ちは昂ぶってきた。一度、底へ落ちた分、かえって感情の上がり幅は大きい。


「戦いましょう! 私達の自由を守るために!」


 最後の言葉が発せられた瞬間、想いが、弾けた。


 オオオオオ! 人々は喚声とともに、腕を振り上げる。無抵抗のまま支配される道ではなく、戦いを挑む道を選んだ。


 片隅では、この流れに乗り切れていない人々もいた。戦意に湧く他の人々を、黙って睨んでいる。だが、この時は、光鳴も他の面々も、そんな一派がいることに気が付いていなかった。

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