第19話 大乱の始まり6

 それは七尾市からの中継放送だった。


 現地に撮影出来るスタッフがいたのだろう。夜の帳が下りつつある、鬱蒼とした山の中、車道の上に設置された関所を前に、カメラを回している。


 関所の門の前では四名の足軽が警戒に当たっており、門の向こうにはもっと大勢の兵士達が詰めている。日がほぼ落ちかけている中、篝火を焚いて、外に向かって警戒を絶やすことはない。まるで大河ドラマでも見ているかのような光景だ。


 そして、テレビ画面の中央には、一人の少年が立っている。


「達矢……」


 画面を凝視しながら、もう一度その名を呼ぶ光鳴。


 隣に立つクロガネが顔を覗き込んできた。


「知ってる奴?」

柴田達矢しばたたつや。幼稚園の頃から一緒だった、親友。小学生の頃、同じ将棋部にいて、団体戦でチームを組んだりしていた。すごく、頭のいい奴だった」

「あんたとどっちが上?」


 クロガネの問いには答えない。テレビの中では、いままさに、レポーターの質問に達矢が答えようとしているところだ。


 達矢は色白で、髪が長い。女性に間違われてもおかしくない風貌だが、その眼光に宿る独特の鋭さが、男性的な力強さを感じさせる。昔はもっと乙女のような少年だったのに、いまでは多少のことではビクともしなさそうだ。体の線は細いものの、自信に満ちた表情からは、何者にも屈しない心の強靱さが滲み出ている。


『いま能登で起きている異変は、一時的なものだと言うのですか?』

『はい、安心してください。ルールは明確に決まっています』


 テレビ局の取材を受けているというのに、物怖じすることなく、達矢はニッコリとほほ笑んだ。


『各市区町村毎に存在する「王」を倒すこと。それさえ果たせば、また元の生活に戻れます』

『ですが、これは戦争なのですよね? 多くの犠牲者が出るのではないでしょうか』

『ルール上は誰一人死なない仕組みになっています。ただ、いつまでそのルールが適用されるかわかりません。このゲームの主催者の気まぐれで、本物の戦争へと切り替わるかもしれない。だから、早期統一が望ましいのです』

『早期の解決が、本当に、可能なのでしょうか』

『できます。俺が軍師としている限り』


 そこで達矢は後ろに回していた手を、胸前へと持ってきた。


 白羽扇。まるで古代中国の軍師気取りだ。優雅に自分の顔を仰ぎながら、冷たい瞳を、カメラに向けた。


『すでに中能登町は我が七尾市によって陥落しました』

『もう⁉ だって、今朝始まったばかりなのですよね⁉』

『七尾市は能登最大の地。戦国時代は要衝となった場所です。いざ戦争となれば、地の利においても、人材においても、他の地域に引けをとることはない。そこへ俺という軍師が紡ぎ出す天の時が加われば、一日もあれば、カタはつきます』

『では、次は、どこを……』

『それは答えられませんね。情報を明かすわけにはいかない』

『わかりました。ところで、関所の向こうには入れないのでしょうか? せめて、この七尾市の「王」だけでもお会いしたいのですが……』

『我が王、畠山春王丸様は、七尾城の奥深くから出てくることはありません。姿を見させるわけにはいかないのでね。なぜなら、この戦争においては、王の姿形を知られてしまうことは、致命的に不利な状況を招いてしまうからです』

『どんな姿をしているか、だけでですか……?』

『他の地域では喜んで自ら姿をさらしている王もいるようですが、愚かの極みです。それはすなわち、「誰を倒せば一気にケリがつくか」最短で勝てる方法をわざわざ教えてくれているようなものだからです。影武者の立てようもない』

『はあ……すごいですね。色々と深く考えていて。まだ、高校生ですよね?』

『戦争において、年齢は関係ないですよ』

『ところで、知ってますか? 羽咋市にもあなたと同じような高校生がいることを』


 レポーターはポケットからメモ用紙を取り出すと、急に、話を変えてきた。


『これは匿名で我々の本局に寄せられた情報ですが……なんでも、あなた方七尾市の侵攻を食い止めた天才高校生軍師が、羽咋市にいるそうです』

『へえ。誰が俺の邪魔をしたのかと思っていたけど、同じ、高校生なんだ』

『学年も一緒みたいですね。知っていますか、遊佐光鳴ゆさみつなりさんを』


 光鳴は、自分の名前が出てきたことに驚いて、硬直する。


(どうして情報が流れてるんだ……⁉)


 名前から、学年まで、単に先の騎馬武者達との戦いでの活躍を知っているだけではわからないような情報を、レポーターは把握している。


 つまり、裏切り者がいる。この戦いで、光鳴とある程度接触していた者達の中に。


『光鳴……みっちゃん⁉』


 達矢は目を見開いた。


 相好を崩し、朗らかに笑い始める。笑い過ぎて涙が出たか、顔に手をやり、天を仰いで体を揺すっている。


『あはは! はは! ははははは! そうかあ、みっちゃんが……』

『知っているのですか?』


 レポーターの問いかけを無視して、達矢は、いきなり白羽扇をカメラに突きつけた。


『みっちゃん、見てるかい? 俺だよ、達矢だよ』


 直接名指しで呼ばれ、光鳴はビクンと震える。


 小学校の頃は無二の親友だった。将棋部で共に戦った戦友だった。お互いを思いやり、いたわり、時には本音でぶつかり合った、かけがえのない存在だった。


 だけど――「あの時」以来、二人は――


『絶対、君を、打ち負かす。完膚無きまでに、容赦なく、徹底的に』


 冷たい声音で発せられる、ただ一人の光鳴に対して向けられた、強烈なまでの敵対宣言。達矢の瞳に込められた鬼気迫る感情が、モニタ越しに、光鳴の心臓へと届いた。


 息苦しさを感じ、光鳴は胸を押さえて、その場で膝を突いた。


(達矢が、敵……敵の、軍師……⁉)


 その事実を何度も頭の中で反芻しながら、すでにスタジオへと画面が切り替わっているテレビを、虚ろな目で見つめ続けていた。

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