第18話 大乱の始まり5

 ※ ※ ※


 テレビに映し出されている、宝達志水町の混乱っぷりに、宇宙博物館の中の人々はすっかり言葉を失っていた。


 いままでの出来事も実に摩訶不思議なものではあったが、局地的なことしかわからず、他の地域で何が起きているのかを全く知らないため、どれだけの規模の災禍であるのか、全く創造出来なかった。


 それが、ニュースで放映されたことで、にわかに実感を伴ってきた。


 この異変は相当な広範囲で起こっている、大災厄である、という実感が。


「おい、今度は能登町のとちょうだぞ!」


 誰かが声を上げた。


 画面は別の場所に切り替わっている。誰かがスマートフォンで撮影した映像が、インターネットを通じて、金沢のテレビ局に提供されたのだろう。


 能登町。それは能登半島の北部・奥能登にある町で、光鳴達がいる羽咋市からはいくつかの自治体を越えた先にある町だ。


 テレビ画面に映し出されたのは、明らかに素人が撮影したビデオだ。たまに手ぶれが入る。しかし画像は鮮明だ。風景を見て、誰かが呟いた。


「あ、柳田植物園だ」


 光鳴も聞いたことのある、能登町でも特に有名なレジャースポット柳田植物園は――いまや、変わり果てた有り様となっていた。



 ※ ※ ※



(すげえ、すげえ、すげえ!)


 ビデオを撮影している若者は、興奮のあまり、心の中で何度も叫んだ。自分の声が映像に入っては興醒めだから、沈黙を貫いている。だが、いますぐ大声を上げて、目の前で繰り広げられている饗宴に飛び込みたいくらいだ。


 植物園内に設置された10台ほどの大型スピーカーより、重く響くドラムンベースが流れてくる。ズン! ズン! ズン! ズン! と一定の、心臓の鼓動より少し早めのテンポが、本能を揺さぶり、若者の魂を野生へと帰す。


 すでに30人ほどの若い男女が、スピーカーに囲まれた広場に集まり、雄叫びを上げながら踊り狂っている。


 彼ら若者達の中心には、キリコ。能登に伝わる祭りのアイテム――直方体状の高さ数メートルにも及ぶ巨大な「灯籠」であり、灯籠の正面には「不退転」の三文字、背面には鎧を着た猿の絵が描かれている。


 キリコを支えるのは、人間の1.5倍はある体格の――大猿達。


 そして、キリコの上には、法衣を着た黒毛の大猿が一頭。片膝を立てて悠然と座っており、踊る若本達を睥睨している。下を支える大猿達よりもさらに巨躯を誇り、優に、人間の男性の二倍はある。


「ハッハー! 踊れい、踊れい!」


 黒毛の大猿は、人間の言葉で、楽しげに大声を張り上げた。


「YO! てめえら! 俺様の名前を言ってみろ!」


 若者達は恍惚とした表情で、ダンスを続けながら、その名を呼んだ。


 猿鬼さるおに様! 猿鬼様! 猿鬼様!


「最強は誰だァ!」


 猿鬼様!


「能登を統べるのは誰だァ!」


 猿鬼様!


「ヒャッホウ! 最高だぜ、おめーらよー!」


 黒毛の大猿、猿鬼は、キリコの上から飛び降りた。軽やかに地面に着地すると、腰に帯びていた棒を抜き出し、ブンブンと振り回し始めた。その棒は、変幻自在に大きさや形を変えるらしく、ある時は全長五メートルにも及ぶ棍に、ある時はいくつもの節に分かれた多節棍に、また猿鬼がズンッと床に突き立てると、柱ほどの大きさに変化した。


 柱に片手をつきながら、もう一方の手で、若者が撮影するスマートフォンのカメラに向かって指を突きつけた。


「神でもなんでも全員かかってきやがれ! 俺様は能登最強の妖魔・猿鬼様だ! おぼえておけ!」


 彼もまた「創造されし者」であり、この能登ウォーズのことをよく理解しているのだろう。その上で、宣戦布告を果たしたのだ。能登全域に存在する全ての敵、そして、この騒動を引き起こした能登の神に。



 ※ ※ ※



「猿鬼……!」


 光鳴はその名をよく知っている。


 能登に伝わる最強の妖怪。あまりの凶暴さゆえに、神々は退治を目論んだが、二度にわたって大敗を喫し、特殊兵器を用いた三度目の戦でやっとのことで勝利を収めたという、とてつもなく恐ろしい猿である。


 それが、能登町に現われた。


 この羽咋市にはUFO、宝達志水町にはモーゼ、能登町には猿鬼。輪島市には御陣乗太鼓ごじんじょだいこの鬼面部隊が現われたという。


 もはや普通の戦争ではない。能登に伝わるありとあらゆる伝説や怪異が全て具現化されての、カオスに満ちた大戦争だ。


「おい、今度は七尾市だぞ!」


 考え事をしていて、一時期画面から目を離していた光鳴は、近くの男性の言葉に促されて、再びテレビへと目を向けた。


 そこに映っているものを見た瞬間、思わず、光鳴は声を上げてしまった。


「達矢――⁉」

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