第15話 大乱の始まり2

 二階の展示室に入り、月面ローバーの横を通り抜けたグレイくんは、フロアの中央に設置されている、青く輝く細長い装置の前に立った。通行の邪魔となるような位置から察するに、もともとこの施設には無かったもののようだ。


 装置の盤面に手を触れると、ブウンと起動音が鳴り、目の前の空間に、立体映像で地図が照射された。羽咋市内の全体図だ。さっきまで騎馬武者や足軽達と戦っていたところが、赤い光点で示されている。


「あの赤い点は、カードが落ちている場所を示しているのであります」


 もう一度グレイくんが盤面に触れると、地図が拡大され、道やランドマーク等がより詳細に表示された。赤い光点はいくつも地図上に散らばっている。


「それではアストライアさん」

「かしこまりました」


 グレイくんに促されたアストライアが、装置前面のボタンを指で押すと、たちまち、光点は地図から消えた。


 ガコン、と音がした。装置の下部に据え付けられた取出口のところに、カードの束が入っている。光鳴はカードを手に取り、確認してみた。間違いなく、クロガネの部下達や、避難民がカード化されたものだ。どういう原理か、さっきの戦場からここへ転送されてきたようだ。


 しばらくしてから、また音がした。見てみると、今度は敵軍のカードのようだ。騎馬武者や足軽達のカードが束になっている。


「基本は、カードは拾うのが一番であります。しかし今回のように数が多くて、拾いきれない場合もあるのです。その時は、こうやってコマボックスを使うのです。ただし装置で回収可能なのは、カード化させた人物、要は、その敵を倒した者だけの特権となります」

「コマボックスって――この装置のこと?」

「自勢力内での戦局の確認から、カードの回収、新しいカードの生成……あらゆることをこのコマボックスで行えるのであります」

「新しいカードが生成されることがあるんだ?」

「細かいことは、順を追って説明しますのです」


 グレイくんは再度コマボックスに触れた。立体映像は消え、意外と大きく響いていた機械の作動音も聞こえなくなった。


「ここまで生き延びてきたあなたは、優秀な方のようであります。だから包み隠さず我輩も話すのでありますが――まず把握していただきたいのは、この戦争の勝利条件、そして勝者に与えられる褒賞であります」


 これはゲームだと説明された。だとすると、確かに勝利条件が用意されているのも当然だ。神様がこの事変を引き起こしたとは聞いているが、その理由はわからない。わからない以上は、とにかく勝利を目指して、少しでも早くこの騒動を収めるしかない。


 問題は「褒賞」とやらだ。勝利の先に何があるのか。光鳴は緊張の面持ちで、グレイの次の言葉を待った。


「勝利条件は、自分の所属する地域が、能登を統一することであります」

「統一……?」

「全部で九の勢力があります。それぞれに『王』がいるのです。自分の地域以外の八人の『王』を全てカード化し、自勢力の『王』の配下とすること。それが統一となるのであります」


 不意に、光鳴は違和感を抱いた。聞く限りでは、他の全ての王を従えることをもって「統一」とみなすのは、不自然なことではない。しかし、何かしっくり来ないものがある。が、気のせいかもしれないので、深く考えるのをやめた。


「それで、褒賞は?」

「勝利した勢力に属する人間は――この戦争で手に入れたもの、全てを、永久に自分の所有物とできるのです」

「手に入れたもの、って……たとえばカード化した敵を、もう一度具現化して、自分の支配下に置くよね。そうしたら、その敵も……?」

「もちろんであります。永遠に従うこととなるのです」


 思わず、光鳴はアストライアのほうを向いた。なぜ見られているのか、わからないのか、彼女は小首を傾げた。


 もし羽咋市がこの戦争に勝利したら、この美しい少女戦士は、永遠に自分に従い続ける。そう考えると、つい、ゴクリと喉が鳴った。

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