第9話 羽咋市内撤退戦5

 全員、不穏なものを感じ取ったか、誰からともなしに駆け足で車道を進み始めた。


 呼吸が荒くなる。帳が落ちつつある闇の向こうに、魔が潜んでいるのではないかという恐怖。目に見えないものに駆り立てられる焦燥感。


 だが、それは杞憂などではなかった。


 光鳴が、クロガネが、避難している一行が感じたものは、正しかったのだ。


 羽咋川にかかる大きな橋の前まで来た途端、


「かかったな、素人どもがァ!」


 大音声とともに、道路脇の地面の中から、騎馬武者が飛び出してきた。


 近くにいた自衛隊員の首が、刀で斬られた――と思った瞬間、その自衛隊員はボフンという音ともにカードと化してしまった。


 凍りついたような静寂。


 たちまち阿鼻叫喚。人々は逃げ惑い、泣き叫び、無茶苦茶に四方八方へと散らばる。


 そこへ伏兵が襲いかかる。敵は、地面に掘った穴の中に隠れていた。その上に茶色い布をかぶせただけの、簡素な隠れ場所だが、日が暮れているせいで、地面と見分けがつかない。その無数の穴から、次々と足軽たちが飛び出し、人々を屠っていく。


 人々はなす術もなくカード化されていく。


「あ、あ、あ」


 光鳴はパニックで足がすくんでいる。残る自衛隊員は、クロガネと、その部下の女性だけ。絶望的状況だ。


「ク、クロガネさん! どうすれば!」


 女性隊員はサブマシンガンを乱射し、足軽を十数名ほどカード化する。だが、倒しきれない。クロガネもまたライフルで確実に敵の数を減らしていっているが、包囲網は徐々に狭まってきている。


「あ――あいつ、きっと大将格です!」


 右手でサブマシンガンを撃ちながら、女性隊員は、馬に乗って正面から襲いかかってくる敵将に顔を向けた。


 髭面の大柄な騎馬武者は、近くまで寄ってくると、一度馬を止めた。顎髭をしごきながらニヤリと笑う。


「それがしは畠山はたけやま春王丸はるおうまる様が家臣、長綱連ちょうつなつら九郎左衛門くろうざえもんなり! 一ノ宮での防衛は天晴れだが、所詮は烏合の衆! 底が知れとるな!」


 そして、馬上から、槍を突き出してきた。


「さあ、全員討ち取ったぞ! 残るはうぬらだけだ!」


 綱連の言葉に合わせて、足軽たちも槍を構えた。光鳴ら三人の命運は、もはや尽きようとしていた。

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