第8話 羽咋市内撤退戦4

「さあ、進むぞ! 敵の追撃が来る前に!」


 クロガネの号令で、撤退スピードが速まる。


 国道を走る車はない。能登を襲った異変により、交通が麻痺してしまっているのだろうか。耳を澄ませても、走行音は聞こえてこない。不気味なほど静まり返った、夕暮れ時の薄暗い空間に、ひぐらしの鳴き声だけが響いている。


 海沿いの休暇村の敷地内へと入っていく。内陸にある宇宙博物館からは離れる方向へと進んでいるため、光鳴は不安になってきた。


「このルートで合ってるんですか?」

「行き方はややこしいけど、地図上はショートカットになってる。信じろ」


 光鳴の問いかけに、クロガネは迷わず答えた。道順は彼女の頭の中に入っているのだろう。土地勘の無い光鳴は黙ることにしたが、ふと、胸中に別種の不安が湧いてきた。


(順調すぎる――どうして、こんなにすんなり逃げられるんだろう)


 休暇村から高台に上ると、一本の橋が、目の前に現れた。その下には高速道路が見える。能登半島を南北に走る「のと里山海道」だ。当然、ここにも、車の影は一台も無い。


 みんな、ひと言も発することなく、小走りで橋を渡っていく。全員渡りきったところで、クロガネは部下に命じて、プラスチック爆弾を橋の真ん中に設置した。


「公共の建築物を爆破するのは、胸が痛むんだけどな」


 と言った数秒後には、一切の躊躇なく、リモコンスイッチのボタンを押した。轟音とともに橋梁が崩れ落ちる。これで追っ手はまけるはずだ。


 その後、住宅街に入った。


 異常を察して家の中に篭もっているのか。もう襲撃を受けた後なのか。間もなく夜となる時刻だというのに、人の気配が感じ取れない。


(おかしい、やっぱり――)


 光鳴は動悸が早くなるのを感じた。この先へ進んではダメだと第六感が告げる。


 そして。


 開けた平野へと出てしまった。


 それは逃走する一行にとって最悪の展開。遮蔽物も何もないだだっ広い田園地帯。これでは、コスモアイルへ逃げ切る前に、敵の追撃を受けて全滅してしまう。


「予想は出来てたけど――思った以上に、隠れる場所が無いな」


 田園地帯を通過するルートは、地図上は、大した距離ではない。大きく迂回する必要のある市街地ルートを延々と進んでいくよりはマシだ。だから、判断は間違いではない。


 もしも、敵が、先回りしていないのでなければ。


「引き返している余裕は……ないか」


 顔に苦渋の色を浮かべ、クロガネはポツリと呟いた。

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