第5話 羽咋市内撤退戦1

「コードネームはクロガネという。本名は名乗れない。それで憶えてくれ」


 森の中から、神社の境内へと戻った後、迷彩パンツの女は一同にそう名乗った。切れ長の目に、鍛えられているがスマートな体型。背の高さもあり、一見するとモデルのようだが、ハスキーな声と硬い口調、感情を抑えた冷たい表情が、威圧感を与えてくる。


 観光客から巫女さん、運良く難を逃れてきた人たちなど、合わせて百名ほどが境内に集まっている。


 その中で、迷彩塗装の服に身を包んでいるクロガネ率いる十人ほどの一団は、ひと際目立っている。動きも機敏で、明らかに素人ではない。


「私達は輪島分屯基地より派遣されてきた。中部航空方面隊の第二三警戒群に所属している。他の能登の各地域にも同様に救援が送られているが、果たしてどうなっているか……」

「な、何が起きているんですか!」


 話を遮って、初老の女性が叫んだ。その手には一枚のカードが握られている。同じくらいの年頃の男性が描かれているカードだ。


「私は結婚記念日に、夫と旅行に来ただけなのですよ! それなのに、鎧武者に襲われて、夫は槍に刺されて――そうしたら、こんな、紙切れに――」


 それは不思議な現象だった。命に関わる攻撃を受けた者は、みな、カード化してしまったのだ。


「問題ない。この戦争で死ぬことはない」

「え」


 クロガネは隣の部下に対してあごで合図をした。迷彩柄のキャップを深々とかぶった部下は、無言で、ポスターサイズの日本地図を広げた。


 能登半島の最奥にある珠洲市と、その隣の輪島市が、赤い線で囲まれている。


「始まりはうちの輪島市だった。今朝、突然今回と同じようなことが起こった。名舟町から御陣乗太鼓ごじんじょだいこの軍団が現われたかと思えば、隣の珠洲市から押し寄せてきた謎の軍と戦闘を始めた。市街地も巻き込んでの大規模なもので、最初は、まさか日本海を越えて、北朝鮮でも侵攻してきたのかと考えていたが、そうではなかった。名舟町から避難してきた住人が言うには――『あれは“本物の”御陣乗太鼓』とのことだった。住人の誰でもない、まるで怪異のように、突然現われたという話だ」


 御陣乗太鼓とは、かつて上杉謙信が能登に侵攻してきた時、鬼面をかぶった住民達が激しく太鼓を打ち鳴らしながら奇襲を仕掛けて、見事撃退した――という伝説にちなんだ、輪島市の芸能である。


 その本場であるはずの名舟町の人々が語った「“本物の”御陣乗太鼓」とは……?


 まさか、時を超えて、上杉謙信を撃退した元祖御陣乗太鼓が蘇ったとでもいうのであろうか。


「その時も、こんな風に」


 と光鳴は胸ポケットからカードを出した。先の戦いでクロガネに倒された鎧武者だ。


「負けたやつはカードになったの?」


 クロガネは「うん」と頷く。


「一定以上のダメージを負えばカード化される。また、カード化されるまで、どんな攻撃を受けても傷つくことはない。ダメージは蓄積されるけどね」

「よくわからない。そんな不思議な話、急にされても信じられないし、本当だとしてもどうしてこんな事態に――」

「私達も正確には把握していない。つい今日起きた出来事で、一度戦闘が収束したところで、うちの基地の指令がすぐに判断を下したから、迅速に行動出来ただけさ。海のほうを警戒するのが輪島分屯基地の務めだけど、手薄にするのもやむなし、という考えだね。上の命令を待っていたら手遅れになる恐れがあったし。で、このあたりが怪しいということで、警戒に当たったところ――予想は的中、この羽咋市でも戦闘が始まったというわけ」

「つまり、あなた達自衛隊も、いまだ騒動に巻き込まれた状態で、何もわかっていないと」

「うん、その通り」

「とにかく、カードにされたくなければ、何も考えずに戦うしかない、と」

「要はそういうことだな」

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