第3話

 目が覚めると俺の口はガムテープで封じられ、腕と足はグルグル巻きの木偶でく人形にされていた。


 俺の記憶が残っているのは、彼女が、鳴瀬なるせ成美なるみが不思議な呪文を唱えたところまで。


 そこから先は暗いくらい闇の中だ。


「あ、目が覚めた?」


 開けた瞳に差し込んでくるまぶしい明かりと成美の表情。絶望的なまでに解れた笑みが、俺の精気を削いでいく。


 どうにも膝枕をされているようだが、こんなにも嬉しくないことがあっていいのだろうか?


 頭部を優しい手つきで撫でられる、たったそれだけの行為にすら恐怖を感じていた。


「─────!」


「なになに~、数時間のおねんねで彼女の顔も忘れちゃったの?酷いな~」


 零れる柔和にゅうわな笑みが修羅の形相ぎょうそうに見えてくる。それにわった瞳からはまるで生気を感じなかった。


「そっかそっか、やっぱり壊れちゃったまんまなんだね。じゃあ修復しないとね」


 そら恐ろしい言葉と共に成美はクローゼットの扉を開く。中は空洞でクローゼットとしての役割を果たしていないように思えたが、彼女の真意は他にあるのだとすぐに気付いた。


 中に入れて何する気なんだよ………!拷問でもしようってのか⁉


 何を考えているのか分からない。いや、考えたくもない。


 可愛い彼女だった筈の成美が、地獄への導き手に思えてならなかった。


 俺の頭を巡るのは、どうやってここから脱出しようかという焦りだけだ。


「私のことをまた愛してくれるその日まで、毎日毎日待ってるからね?」


 平均的な体重がある俺の身体を一息に抱えることは厳しかったのか、椅子を使って上手く利用して立たせると、舞踏会でダンスを踊るように、その場所を目指す。


 入ってしまえば完全なる牢獄、脱出はほぼ不可能だろう。


 救いは彼女が俺を未だ好いているらしいこと。縛られていること以外、この体の扱いが異様に丁寧だ。そこに勝機を見いだすしかない。


 だから俺は待った。彼女が見せる一瞬の隙を。手に加えた力を緩める瞬間を。


 ────負荷が解ける。


 俺は成美の方へ倒れ込み、自分の全体重を彼女へ向ける。こちらが抵抗するとは思っていなかったのか、彼女は咄嗟とっさの判断が遅れた。倒れ込んだ先には俺を立たせるために使用していた椅子がある。


 魔法が掛かったように遅く感じる、世界が止まったかのような刹那が訪れる。


 為す術無く倒れた成美は受け身を取る………ことはなく、椅子の角が頸椎けいついに食い込んだ。


 ゴッ。


 そんな無機質な音が無情にも響く。


 ドサッと床に伏した彼女はピクリとも動かない。


 嫌な予感がした。


「ケホッ………。聞こえてる?」


 その声は正真正銘普段と変わらない成美の声だったためにホッとする。だがその安堵も束の間のことだった。


「なんか………手足の感覚がないや。でも嬉しい。これで………、これで本当にずっと一緒にいられるね」


 自分が冒された状況は把握しているのだと思う。それでもはにかむ成美の笑顔が俺の瞳を焼き焦がす。高笑いが俺の耳をむしばんでいく。


「──────────‼」


 もうやめてくれ。


 叶うことなき願いを暗い冥いそらに乞う。


 無音の声で何度も何度も。

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死より想いの真の愛 明日葉ふたば @Asitaba-Hutaba

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