第42話 蜘蛛の巣

 

 日が昇り、湯場を担当する聖徒達が動き出した。そして、3階で倒れているイースが発見され、急ぎ聖騎士達に報告が成された。

 誓約の弱点として、Ωの意識が失われると発動が困難となる。しかし、病気や事故、暴力によって意識を失った場合、睡眠とは違う波長を発するのでα側は異変を感知できる。


「……全身麻酔を薬品ではなく、奇蹟を使えないかと模索している団員がいた。そう言うことだったか」

「指南したのですか?」

「するわけない。けれど出来る愚者は、必ず現れるものだ」


 エンリは甲冑を被るトゥルーザの隣で、大きくため息をついた。

 神殿の使者がエンリに元に来た。ベレクトと会う予定だった彼は急いで湯場へと向かい、イースを保護したトゥルーザに現状を聞いた。

 イースは、あえて残されていた。

 神殿側が捕まえ、尋問すると見越した足止め。捨て駒にされたのだ。しかし、足止めにしては不十分過ぎる。相手側は、本命を隠しているようだ。


「君達はベレクトを餌にしたのかい?」

 聖騎士達の中に、リュートルの姿が無い。エンリはトゥルーザに問いかけた。


「案はありました。フェルエンデが彼に提案しに限り、使われない作戦です」


 聖騎士団には、第一皇子の誓約者リュートルの所属するΩ班が存在する。彼らの美貌と手腕によって、不義を働く聖徒の貴族や外殻の権力者を懐柔し、罰するに値する確実な情報を得る。そして、聖皇の名のもとに捕らえる。

 流れとしては〈いつものこと〉だが、ベレクトは外殻の一般人であり、被害者だ。覚悟を決め、選択し、技術を学んだ戦士ではない。選ばせる必要はない。だが、もしもを考え、選択肢に置いていた。


「フェルエンデは?」

「すでに護衛である影達とベレクト様と攫った犯人を追っています」


 彼は湯場に行かず、即座に行動に移した。隠密部隊である〈影〉達が動き、伝令役がトゥルーザの元に情報を持って来た。

 フェルエンデは、現在東区に向かって移動中。目的地は新王教団本部。


「目を付けられている中で、この様な大胆な行動に出るとは……潰されたいのでしょうか?」

「さぁ、どうだろうね。自分達は正義でその他は悪と妄信し、被害者面をする加害者は数多にいるから」


 聖騎士の1人が、意識を取り戻したイースを連れてきた。

 彼の服に隠れた腹や足には無数の痣があり、意識を失っている間に治療の奇蹟が施された。傷はなくなったが、自責の念からか顔は真っ青だ。


「イースくん。君について調べさせてもらっているよ。御両親は確かに信者だが、君自身は漁協組合の会長側だよね?」


 彼の叔父は、漁協組合の会長を務めている。同じくαであるが、イースの父と違い教団に入団してはいない。力仕事と手仕事の前では第二の性は関係ない、と言う柔軟な思考の持ち主であり、魚や貝の加工場を建設した際にはΩを率先して雇い入れた。自然環境の保全や養殖にも注視しており、神殿のみならず外界との繋がりも強まってきている。

 Ωの自立を後押しする東の漁協組合は大きな勢力へ発展が目覚ましく、自ずと新王教団の勢力抑制に貢献している。


「それはもちろん! 俺の馬鹿げた価値観を直して、Ωの同僚を助けてくれたのは、叔父ですから!」

 イースはエンリの問いに大きく頷いた。


「俺が小さい頃の教団は、集会があっても出席しなくても良い位に緩い組織でした。ここ2、3年で急激におかしくなり、俺は叔父の密偵として、教団の動向を探っていたんです。ですが……バレたんだと思います。ベレクトを連れて来いと言われて、監視が一気に増え、失敗を名目に暴力を振るわれました」


「ベレクトへの接触は、警告の意味があったんだね。ところで、監視が増えたとどうして気づけたのかな?」


 信者は島中にいる。顔見知りの多い東区ならともかく、他の三区で信者とそうでない人の判別は極めて困難な筈だ。


「それは、信者のみが着用できる腕輪があるからです」


 イースは袖をまくり上げ、二の腕を晒した。そこには、小さな神鉱石が埋め込まれた細い腕輪がはめられている。


「仲間の判別がつくようにと、2、3年前から腕輪が供給されたんです。装着している人の神力を少し吸い上げ保管し、仲間が近くにいると放出として反応します」

「判別以外にも用途がありそうだね」

「はい。神王教団の基地は、αとβ達の奇蹟の守りが働いています。陛下の皇権で奇跡はそれ程使えなくても、何人もいれば強い壁を作れます。あれは、信者のもつ腕輪でないと容易に突破できないんです」


 複数人の奇蹟による守り、もしくは攻撃。まだ神殿が一強ではなかった120年程前に既に使われていた。しかし、体内から生成される神力には一人一人差がある。色、濃度と例えるべきか、その個体差がある。それによって重ねがけしても何処かで欠陥が生じ、暴発や亀裂が起こる。やがて奇蹟の仕組みへの理解と技術の向上によって、消えていった。


「……なるほど。小賢しい。それは、何人もじゃなく、1人が複数個だろう」


 トゥルーザは苦々しく言った。

 神鉱石を本格的に実用化されたのはフェルエンデである。医療用具として活用しようと白衣の医療団内で話し合っていた。現段階では、奇蹟を組み込められる宝玉は彼の手元にしかないと思われていた。しかし依頼さえあれば、業者は採掘し、鑑定し、研磨する。

 信者は白衣の医療団で利用すると欺き、新王教団へと宝玉を流した。

 奇蹟を発動させる為に満たされる神力が同質のものであれば、欠陥は生じにくい。

 信者の腕輪。本部の防壁。一体、どれ程の神鉱石を宝玉に変え、貯め込んでいるのだろうか。


「それを貰えるかな?」

「は、はい。どうぞ……」


 エンリはイースから腕輪を借り、神鉱石を確認する。


「うん。私と会った女性も持っていたが……そうか」

 防護服の奥から覗く青い瞳が、神鉱石の宝玉の欠点を見抜く。


「どうやら、これも一人の人物の神力が使われている。蜘蛛の糸のように、神鉱石を信者と島に張り巡らせているようだね。でも、絡め取るには今の巣の構造では貧弱だ。大物が来たら、早々に打ち破られる」


 彼を恐れてか、神鉱石にひびが入る。


「おや、気づかれたね。しかし、見させてもらったよ」


 地図とペンを、と呼びかけると聖騎士の1人が素早く持って来た。


「本部の方は、フェルエンデと影の人達で容易く解決できるだろう。私が育てたスペシャリストだからね。我々は、巣を壊しに行こう」


 さらりとペン先を走らせ、エンリは地図に図を描いた。

 点と点を繋ぎあわせる要領で描かれたのは、蜘蛛の巣のように、しかし五方星や六芒星にも似た模様と認識できる歪な絵だ。神鉱石を点とし、各地の信者の神力を吸収していたことが推測される。

 巧妙ではあるが、途切れている箇所があり、未完成品のようだ。

 奇蹟は、外界では魔術や魔法に近しいものとされている。原理等に違いはあるが、その方法を活用するのは可能である。


「教団が何を企んでいるか、調査と妨害をしようじゃないか」

 

 これが何を発動させるのか分からない。

 だが、その燃料に神力を溜め込むΩが利用されるのは確実だ。

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