第39話 ストレス性の暴食

「待っていれば良いだろ」

「来るたびに作ってもらうの申し訳ないし、手伝う。金も払う」

「宿代払って貰ってる様なものだから、いらない。それに今回の料理は分担するって程の工程が無いんだよ」


 そんな会話をしつつ、2人は台所に着いた。

 綺麗に掃除された調理台の上には、大きく膨れ上がったトートバッグが置かれている。

 其の中には、トマト、アスパラガス、にんじん、タマネギ、ソーセージ、塊のベーコン、卵、バケットパン、少量のパルメザンチーズ、そして解毒作用や消化促進などの効能がある薬草類が入っている。


「何を作る予定なんだ?」

「1人で食べる予定だったから、バケットサンドだ。具は薬草炒めとベーコン、それと目玉焼き」

「絶対美味しいヤツだ!」


 具材は、フライパン1つでさっと全部作れる。片手で食べれて、栄養バランスも良く、皿を使う数も少なくて済む。

 昼と夜の二食分の材料を買ったが、2人で食べるならスープや追加のオープンサンドを作るのもいいかもしれない。そうベレクトは思った。


「でも、なんで薬草なんだ? 乗せるなら葉野菜が定番じゃないか?」


 僅かな匂いの違いで直ぐに判別したフェンは、薬草の束を手に取り疑問を投げかける。


「おまえの話聞いて、薬膳に興味湧いたんだよ」


 本当は多忙で体調を崩しかねないフェンの為に、薬膳料理を練習しようと思い買った。

 正直に言えばフェンが喜んでくれるのは想像に容易いが、素直になりきれずベレクトは嘘をついた。

 フェンへの恋愛感情はあり、良く想われたいと思っている。しかし、照れくささや気恥ずかしだだけでなく、これまでの被害とそれに対する自衛が体に染みつき、上手く表には出せないでいる。


「ところで、フェンは料理を作れるのか?」


 追及されては困るで、ベレクトは話を逸らした。


「先生の所に通っていた時に、何事も経験だーって言われて、作った経験があるんだ。まぁ、大雑把に切るのと煮るくらいだけど」

「それだけ出来れば、上等だ」


 目の見えないフェンにとって、焼き加減を判断するのは難しい。音でわかる、なんて話もあるが、それは熟練の料理人ならではだ。下手に冒険をして体調不良になるよりも、沸騰したお湯やスープの中で長時間煮込む方が全体に火が通るので安全だ。


「フェンはタマネギとトマトのスープを作ってくれ。俺は、オープンサンドを作る」

「わかった。あっ、チーズとソーセージ少し使って良い?」

「いいぞ。使ってくれ」


 何をどう手助けすれば良いのか慎重に確認しつつ、ベレクトは料理を開始した。

 健胃、消化促進、鎮静の効果がある薬草をざく切りに。ベーコンは少し厚切り。

 バケットパンは半分に切り、具材を入れる為の切込みを入れる。

 フェンはと言えば、トマトをペースト状に潰し、タマネギは櫛切り、ソーセージは輪切り、チーズは粉状に、と手際が良い。切ったタマネギをオリーブオイルで炒めた後にトマトと水、粉状にしたチーズを入れて、と目の代わりとなる奇蹟によって形が分かるとはいえ、しっかりと料理の手順が分かっている。


「胡椒と塩は?」


 煮立ったスープに切ったソーセージを入れた頃合いで、ベレクトはフェンに聞いた。


「ベレクトの好きな量を振ってくれ」

「わかった」


 こんなものだろうと、適量振りかけた後に、ベレクトはフェンに味見をしてもらった。


「うん! 良い感じ!」


 屈託なく笑顔を浮かべるフェンに、ベレクトも釣られるように口元が綻んだ。

 手を休ませていたベレクトも焼く作業を始め、直ぐにバケットサンドが完成した。

 2人はローテーブルに料理を並べ、ソファへと座り、医神への祈りをささげた後に食事を始める。


「独特の苦みあるけど、いける」

「サンドよりは、炒め物単体で食べた方が良かったかもな」


 半熟の目玉焼きと脂の乗ったベーコン、そして薬草炒めの相性は比較的に良い。しかし、あっさりとしたキャベツやレタスに慣れているベレクトの舌は、その薬草の独特な風味と味に違和感があった。


「んー……いいんじゃない? 俺は結構好き」

「それなら良かった」


 こればかりは好みか、と割り切り、ベレクトはスープカップを手に取り、トマトスープを飲んだ。

 トマトの酸味の中にチーズのまろやかさ、胡椒と塩がそれを引き締め、まとまりのある味わいを醸し出している。


「おいしい」

「よかった!」


 2人は和気藹々と食事を進める。

 それだけなら、良かった。ベレクトはフェンの行動が気になり始める。

 サンドを食べ終わった後、彼は何度もスープのお代わりをしている。鍋一杯分を飲み干す勢いだ。


「……なぁ、フェン」

「なに?」

「おまえ……ここ最近、どれだけの量を食べているんだ?」


 フェンの手が止まり、気まずそうにベレクトから顔を逸らした。


「えーと……それは、その」

「正直に話せ」

「……言ったら、怒るだろ」

「言ってもいないのに、勝手に決めつけるな」

「いいや、絶対怒る」


 しかしながら、押し問答を続けても何も進展しない。


「さっさと言え。勿体付けられた方が、怒る」


 フェンは観念した様子で話し始める。

 彼が昨日の兄に呼ばれて茶会をした時、夕食、そして今日の朝食の品と量を言い連ねていく。ベレクトはどんどん表情が変わり、目を丸くし、青ざめ、最後にはフェンの言う通り怒りが湧いてきた。

 その量は、一食につき3人前を優に超えている。


「食べすぎだろ!! おまえ自分の体を鏡で見ろよ! 胃が壊れるぞ!? その年で生活習慣病になりたいのか!?」

「俺だって分かってるよ!? でも、腹が減って仕方ないんだ!!」


 必死な訴えに、フェンも反論する。

 その反論は最もだ。これまでベレクトが持ち寄った昼食の量で、フェンは満足をしていた。突然タガが外れるなんて、なにか原因がある筈だ。


「原因は何だ? やっぱり過労によるストレスか?」

「それもあるだろうけど……」


 もごもごと言いながら、顔をそむけるフェンにベレクトは首を傾げる。


「なんだよ。はっきりと喋れ」

「こっちも言ったら、怒りそう」

「同じ会話を繰り返すな。話せよ」


 逃げ道の無いフェンは白状するしかない。


「ベレクトと初めて会った時、発情期だっただろ? 俺は抑制剤飲んでいたけど、だからと言ってお互いに体に影響がないわけじゃない」

「眠気以外にも、何かあったんだな」


 Ωの発情期による体への影響を100の数で例えるならば、抑制剤を飲んだ場合は10にまで低下する。あくまで媚香と発情を抑え込むモノであり、妊娠に適した期間であることは変わりない。

 αの抑制剤もまた発情を抑え込むモノであって、Ωへの執着等の本能的な部分を完全に抑え込めるものではない。


「その時は、眠れば治まる程度だったんだ。ベレクトの2回目の発情期の媚香を嗅いだ時に、変化があって」

「なんだ?」


「庇護欲が増した」

「そっちか……」


 個人差はあるが、αは番のΩに対して庇護欲が増し、他者に対して攻撃的になる。特に発情期にその傾向が強い。フェンとベレクトはまだ番ではないが、近い距離にいる。さらに昨今の未遂事件が重なったのも相まって、フェンのαとしての本能が揺さぶられているのだ。


「俺が傍に居なくて、ストレスで暴食か」

「そうなる。分かっていても、ずっと気になって仕方ないんだ」


 恥ずかしがる様子も無くきっぱりと言うフェンを見て、満更でもない自分をベレクトは殴りたくなった。


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