第38話 外殻の勢力

 昨日ベレクトは、湯場の部屋に到着するとエンリへ手紙を送っていた。今回の事態に長期の休暇を貰いたいとお願いをしたのだ。

 しかし、その返事は〈直接会って話したい事がある〉というものだった。


「新王教団を2人は知っているかな?」


 絶対的な力を誇っている様に見える神殿であるが、外殻では多くの反対勢力が存在する。


「はい。聖皇と聖徒は外部から来た人間であり、外殻の人間こそが真の島の主であると主張する教団ですね」

「色んな考え方があって、神殿の政治も完璧とは言い難いけど、あの思想は危険だよな」


 フェンはそう言ってため息をついた。

 聖徒は外界から来た人間である。この説は、考古学の分野で長年囁かれ続けている。

 絶海の孤島であり、他の大陸との中継地点となりえる島は、外界からの度重なる侵略の危機に晒された。その度に海岸線や町の様相は変わり、初代聖皇が神殿を立ち上げると、防御を固めるために再開発がされ、今に至る。

 島を、人を守るためには仕方なく、そのため古い文明の痕跡は殆ど無くなってしまった。一番古い記録は初代聖皇の神殿設立までの日誌であり、これによってそれまで島に文字が無かった事が示唆されている。


 ここから〈聖徒は島の住民と交流を重ね、聖皇とその一団は定住、そして奇蹟の力を使って統治者にのし上がったのではないか〉と学者は推察しているのだ。


 この説を利用し、捻じ曲げ、〈聖徒達によって島は侵略され、我々は地位を追われた。今こそ神殿を破壊し、我々の島を取り戻すのだ〉と言い始めたのが、新王教団である。

 しかし過激な思想に賛同する者は少ない。聖徒達の持つ高い医療技術と〈奇蹟〉と呼ばれる力が無ければ、今の島は無い。悪政を布いているわけでもなく、観光と医療で島の経済を回し、飢饉や嵐などの災害があれば直ぐに人材の派遣、物資の補給や建築材料の支給と動いてくれている。

 神殿による恩恵を手放せば、島は一気に衰退するのが目に見えているのだ。


「昨日、その教団から私に勧誘があったんだ」

「神殿所属ですって、看板を首から下げるのに?」


 フェンの問いにエンリは頷いた。


「うん。おそらく診療所の医者のαを狙って勧誘しているんじゃないかな」


 診療所の医師は大抵一人だ。神殿に精通する人間を勧誘するには狙い目かもしれないが、白衣の医療団はあくまで外殻担当であり、時に外界へ派遣される医療団体だ。その中の聖徒ならいざ知らず、外殻出身の団員が神殿の内情を知っているわけがない。


「掻い摘んで話すと、体調の悪い人を偽装して診察室まで来て〈これまで外界からの敵と戦い、島を守ってきた自分達αが不遇を受け、無力なΩばかり優遇されねばならないのか〉って語られたよ」

「戦っていたのは、αだけじゃないでしょ……そもそも、侵略行為が繰り返された時代なんて、第二の性が確立する前なんだ。どんなけ視野が狭いんだよ」


 独善的な考えに、フェンは呆れる。

 初代聖皇の最初の日誌に、第二の性についての記載がされている。

 侵略行為に頭を悩ませる中で、ある年に島の子供の額に宝玉が出現した。10人中3人くらいの少数だったが、聖徒と同じく額に宝玉があった。翌年、翌々年とその割合が増えていったが、今のようにαとβの差、Ωの特殊な体質はあまり見られなかった。

 長年記録を取り続けていくうちに、能力差が現れ始める。αと思しき女性が単身で乗り込んだ敵の船を沈め、おかしな臭いをまき散らすΩの男性に人々が群がる等の事案が発生し、再調査がされ、〈第二の性〉と名付けられた。

 名付けられた後も個人差が激しく、三つの特徴に安定が見えたのが、侵略戦争が終戦した10年後の事だった。

 過酷な環境で種を残す為に人が急速に進化したのでは、神が子供達に力を与えたのでは、と実しやかに囁かれているがはっきりとは分かっていない。


「情報が神殿まで来なかったのは、そいつらが口裏合わせして漏れないように監視し合っていたわけか……世代交代してから、穏健で静かになったと報告受けていたけど、そんな筈は無かったか」

 フェンはため息をついた。


「その新王教団の人は、他に何か言ってた?」

「新王様の花嫁を探していると言っていたよ」


 ベレクトとフェンはその応えに顔をしかめた。

 島では〈花嫁〉の意味には結婚をする女性だけでなく、Ωも含まれている。


「……何人?」

「多ければ、多い程良いそうだ。選択肢が増えるからと言っていたが、本当かどうかは分からないね」

「医療団から、Ωの患者の情報を抜き出そうとしたのか」


 眉間に手を添えるフェンの隣で、ベレクトは拳を握り締めた。

 Ω達を囲おうとしている。しかし、聖徒の誓約によるハーレムとは別物なのが容易に想像できる。誓約は、子供を産んで貰う代わりに安全な生活を保障する取引だ。しかしその取引が無ければ、性のはけ口とされ、Ωはαを産むための道具に成り下がる。


「最近の子は、大きな病院のある地区や港で外界の人達と紛れるように生活していいて、発情期が無い限り判別難しいからね。医者なら情報を知っていると考えたのだろう」


 医療の現場は、島全土の個人情報が集まる。入手が容易であるとして、厳格な神殿の目を掻い潜ろうとしたようだ。

 治療、療養、観光や避暑のために長期滞在をする外界の人々が、特定の地区に集中している。人の往来の多い地区では人手不足になりやすく、Ωであっても就職率は上がる。観光客はΩと見た目は大差なく、媚香を嗅いでも影響がない。また、人が多くなると神殿も目を光らせる。これらの理由があって、密かにΩ達は地元から別の地区へと移動しているのだ。


「教団には金が集まっているから、若い連中を捨て駒にしそうだな」

「その通り。他の団員に注意してもらおうと事務所に手紙を送ったら、今朝返事が来てね。似たような事例が3件報告されていたらしんだ」


 エンリは青い制服の胸元を開け、中から封筒を取り出し、フェンへと渡した。

 封筒には、天秤に蛇が巻き付いた白衣の医療団専用の印章が押されている。


「……確かに、3件とも若い男性のαで、全員背格好が違うな。先生に会いに来た奴も、若い人だった?」


 3件は別々の診療所であり、α達の特定が既に済まされている。性別と第二の性だけでなく、名前、年齢、顔の特徴、髪と瞳の色、出身地が手紙には書かれていた。全員、東区の住人だ。もしこの人達が診療所に来たら場合、勧誘だけでなく個人情報の保管に注意をして欲しいと書かれている。エンリの報告から、時間を置いて診療所に不法侵入し、盗む危険性があると判断された様だ。


「こちらに来たのはαの女性だったけれど、若かったよ。ただかなり苦労している様子だったから親身に話を聞いたんだ。そうしたら、彼女は親に命令されてきたって溢したんだ。人によって事情があるだろうね」

「その女性も東区出身ですが?」

「うん。あそこは新王教団が設立した地域だからね。他の区に比べて、信者が多いから」


 神殿を建てる計画が始まったのは西区であったとされ、それに対抗するように教団は東区で結成された。

 ベレクトも東区出身だが、父親が医神を熱心に信奉していた為、教団とは接点が生まれなかった。双子の格差を見て見ぬふりをし、無関心を貫いていた父だったが、その点に対してはベレクトも感謝をしている。


「その女性を間者に出来そうだな」

「駄目だよ。ようやく夜間学校に入れたと言っていたから、将来を守ってあげないと」

「……言ってみただけだ。親に勝手に入信させられたタイプの人は、本当に大変だよな」


 稼いだ金を泥沼に投げ込むように教団へ捧げる両親の元に生まれた子供は、αであっても苦労は絶えない。ベレクトに重なる部分があり、フェンは気まずくなった。


「イースの行動も教団と関係があるのでしょうか」

「悪い行いではあるがベレクト1人を狙っている状態では、どちらとも言えないな。東区出身だからって、誰もが入信しているわけじゃないからね」


 そう言うとエンリは椅子から立ち上がった。


「私の情報はここまでだ。その手紙に書かれた診療所に行って、もっと話を聞くのも良いと思うよ」

「教えてくださり、ありがとうございました」

「センテル兄さんと協力して、調査するよ」


 エンリは部屋を後にした。

 ソファの背もたれへ身を預けたフェンの腹が、空腹を報せる。


「締まりがない……」

「か、体に変化あって、凄い腹が減るんだよ!! 仕方ないだろ!」


 先程まで真面目な様相とは打って変わり、キャンキャンと鳴く子犬の様に表情がコロコロと変わる。


「そろそろ昼だし、何か作るか」

「俺も手伝う」

 2人は台所へと移動した。

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