第34話 協力者とのお茶会 (全体を書き換え)

 ベレクトは湯治の客として、神殿が運営する湯場の一室が宛がわれた。

 服や一部の生活雑貨、仕事の持ち物はフェルエンデの従者達によってアパートの一室から湯場の部屋へと移動された。

 彼と別れたフェルエンデは、兄であるセンテルシュアーデに呼び出された。


「はああああぁあ……」


 フェルエンデは大きくため息をつきながら、テーブルを挟んで正面に座る兄に顔を向ける。

 場所は兄の私室だ。フェルエンデの部屋同様に寝室と分かれており、煌びやかな彩色は極力抑えてある。しかし芸術品の収集が趣味なのか、草原を走る馬の群れや草を食む鹿の絵画やアジサイを模したガラスの花瓶、ステンドクラスのランプなどが飾られている。


「こっちは忙しんだけど、どうしたの?」

「たまには弟とお茶をしたいと思ってね」


 長く細い指がティーカップを手に取り、その動作で長方形の金の耳飾りが小さく揺れる。


 センテルシュアーデ・ルエンカーナ。


 年は23歳。神の造形美を思わせる黄金率の均整のとれた肢体。上質な絹よりもなおもきめが細かく輝かんばかりの白い肌。金剛石すら霞みそうな程の艶やかなで長く伸びた銀髪は白いリボンで纏められている。

 微笑みを浮かべる尊顔に非の打ち所は全くなく、足しても欠けても台無しになると思わされるほどだ。

 それは人の領域をはるかに超えた神像のような美だ。

 睫の長い瞼に縁取られた蒼の瞳はどこまでも澄み渡り、一切の迷いも穢れもなく、ただひたすら純粋に輝いている。額の深紺の宝玉は、夜空を閉じ込めたように底は見えず、人を超越せし者のみが許される純粋かつ聡明な光を湛えている。

 皇族のみが許される複雑に紋様が織り込まれた服でなくとも、繊細な金の装飾を着けずとも、その輝きは人を魅了し、惹きつける。


 しかし、目の見えないフェルエンデに其の美しさは全く意味を成さない。強いて言えば、彼の奇蹟から読み取れるセンテルシュアーデの神力の〈色〉が特徴的なので、嫌でも記憶に残るくらいだろう。


「単なるお茶で、センテル兄さんが俺を呼ぶわけないでしょ」


 テーブルにはティーセットの他に、季節の果実を使ったケーキや焼菓子が盛られたケーキスタンドが置かれている。

 特に目を惹くのは、フルーツがふんだんに盛られたタルトだ。


「なにか進捗あったの?」


 フェルエンデはそう言って、フルーツタルトを手に取り、無作法にも齧り付いた。


「おや。最近は良く食べると聞いていたが、本当だったんだね」

「色々と、身体に変化があったから」

「それは大変だろう。これからきちんと食事を摂るんだよ」

「はいはい……」


 苦手意識はないが妙な距離感のある兄に対して、フェルエンデはため息をつく。


「それで?」

「あぁ、進捗は幾つかある。まず、神鉱石の加工が済んだので、渡したい」


 センテルシュアーデが軽く手を上げると、背後に控えていた従属がテーブルに化粧箱を置き、蓋を開いた。そこには、神鉱石が埋め込まれたブローチが二個収められている。

 一つは2センチ程度の丸い銀の台座のシンプルなデザイン。

 もう一つは4センチ程度の星をモチーフにした金の台座の豪奢なデザインだ。

 センテルシュアーデは誓約者を複数抱えている。αを産ませるためでは無く、Ωだからと潰されて来た才能を持つ若き先鋭達だ。その中には研磨師と細工職人のΩがおり、フェルエンデが極秘にしたい純度の高い神鉱石の加工を任せている。


「どうかな?」

「うん。良いと思う。神力が良く通る」


 ナフキンで手を拭き、ブローチを持ったフェルエンデは、満足そうに言った。


「それは良かった。でも、揃いのデザインじゃなくて良かったのかい? 誓約者の彼に渡すのだろう?」

「……受け取って貰えないかもしれないし、その時は俺が使うから」


 フェルエンデはブローチを化粧箱の中へと戻した。

 権力を掲げるチョーカーも、裏で鉄壁の守りの奇蹟を組み込んだ神鉱石の宝玉も受け取っては貰えなかった。神殿内と違い、外殻では誓約の奇蹟だけでは心もとないからと送ろうとしたが、ベレクトに断られた。

 彼の述べた理由には一理あり、仕方がない事だと割り切れる。しかし、若いαのおかしな行動とその噂、そして今回のイースの一件で引き下がれなくなった。


「あぁ、散々フラれていると聞いているよ」

「はぁ!? ベレクトが俺に対して配慮してくれてんだよ!?」


 僅かに頬が赤くなった弟を見て、センテルシュアーデは嬉しそうに微笑む。


「神力に関する研究は進んでいるかい?」


 医神エンディリアムに賜った力〈神力〉は研究の余地があるとされるが、宗教上の理由から多くの反発を呼んでいる。しかしフェルエンデは医療の発展には必要不可欠として、センテルシュアーデに秘密裏に協力と援助を頼み、10歳の頃から研究を進めているのだ。


「……ぼちぼち。最近は神鉱石の研究に加えて、同様の性質を持つ人工的な結晶も作ってる」


 そう言ってフェルエンデはケーキスタンドからカヌレを手に取り、口に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る