第35話 結晶と誘拐事件と飢えと
*悩んだ末に34話を総入れ替えさせていただきました。
以前の34話を読んでくださった方は、お手数ですが書き換え後の34話の後に35話を読んでください。
貴重なお時間を割いてしまい、大変申し訳ありません。
「へぇ……その結晶の原材料は経費として出しているのかな?」
「いや、俺の血だからいらないよ」
僅かにセンテルシュアーデの目が細められる。
「血だって?」
穏やかな声に冷たさが混じるが、フェルエンデは完全に受け流している。
「神力は血のように体内を循環しているだろ? それで、血を結晶化させれば神力の器代わりに出来て、神鉱石を採掘しなくても済むかなって実験中」
「血なんて使ったら弱者を利用されるのが落ちだぞ」
島の鉱石は有限だ。神鉱石の価値を見出し、血さえあれば同じ性質の結晶が作れると知られてしまえば、貧困層を安価に雇い、または家畜のように扱い、血を定期的に抜く外道が出かねない。
センテルシュアーデはそれを懸念した。
「生成方法は俺の頭の中にしかないし、形に純度がまだまだ安定しないんだよ。生成に使う奇蹟にも対策も講じるから大丈夫」
「フェルエンデの奇蹟の特徴を考えれば心配ないが……念には念を入れてくれ」
奇蹟は万能に思えるが、人それぞれ個性がある。巨大な炎を自由自在に操れても水はコップ一杯も動かせないように、長所短所が存在する。フェルエンデの奇蹟は主に物質の具現化、対象への干渉を得意とする。特に干渉は物質方面と相性が良く、人体にも適応される。相当な練習は必要だが、神鉱石に奇蹟を組み込めるのもその個性があるからだ。
さらに物質へ組み込む際には外界で言う所の〈魔方陣〉が使われるが、目の見えないフェルエンデは独自の暗号や記号を多用するだけでなく、効果と全く無関係の星や花などの絵まで気まぐれに使うので、解読は極めて困難だ。
失敗や不備を修正する際に最初から書き直す必要性や、味方との情報共有が不可である欠点もあるが、悪用される危険性は皆無だ。
「結晶の話題を出したと言うことは、何かに使うのかな?」
「遠隔で情報を共有しようと思って」
ナフキンで手を拭くと、フェルエンデは白いズボンのポケットから布袋を取り出した。
結び目を解き、中身をテーブルの上へと転がした。一センチほどの5個の宝石は、紺色の神鉱石ではなく、青い〈疑似結晶〉だ。
「上手く出来た結晶に、音を飛ばす奇蹟を付与させてみた。その音は、これを持った相手にのみ受け取れる。いつ分解するか分からないけれど、緊急時の情報共有に使えると思う」
「面白い奇蹟じゃないか。それなら、私もお返しをしよう」
センテルシュアーデが軽く手を上げると、彼の奇蹟の膜で隠されていたΩが1人現れる。
短く切られた銀髪に自信に満ちた青い瞳。爽やかな顔立ちをしており、白い服に隠されたΩの体は細く見えるが、速さや動きに特化した鍛え方をしている。腰に剣を携えているが、いたる所に暗器を隠しているのをフェルエンデは感知した。
「嫌な趣味してる」
「フェルエンデではなくとも、探知できる人はいるからね」
触覚や聴覚を奇蹟によって強化し、探知や感知能力は昔から存在する。神殿内にも外殻の問題と内通する者がいる可能性を考え、センテルシュアーデはΩを隠していた。
「ベレクト君に、私のΩの護衛として宛がう。定期的に訪れる湯治の客の演技をさせれば、彼も怪しまない筈だ」
「……やっぱり、何かあったのか」
フェルエンデも湯場へと移動したベレクトへ護衛を付けている。だが、センテルシュアーデの戦闘員のΩまで動かす事になるとは思ってもいなかった。
弱く、身体を使うことしか能がないと偏見を持たれるΩだが、愛人などの立場で盤上に配置がしやすく、飾りと認識されるために周囲の油断も誘いやすい。
使い方次第では、α以上の切り札になる。
「神殿内とは別物だ。外殻でたまたま監視していた若いαが、変装していた私のΩを誘拐しようとしたんだ。彼が陰に潜ませていたβ達を動かした所で、捕まえた」
一切口調も声音も、速さも崩さず、穏やかに言葉が奏でられる。
「どうやらギャンブルで借金を溜め込んで破産寸前だったが、その返済にΩを持って来ればチャラにすると言われたそうだ」
怖いもの知らずで、世間知らずな若いα達をカモにしたギャンブル。承認欲求と自己顕示欲の強さから、後には引けなくなり墜ちる姿は想像に容易い。
「そのカジノは?」
「潰した」
あっさりと言う兄に、フェルエンデは拍子抜けする。
「こ、こういう時って、泳がせるものでしょ?」
「今回は潰してからが本番だよ。資金調達が出来る拠点が減ったんだ。人が集まる様になれば、Ω達が連れ去られた場所を絞られる。慌てた相手がどう動くのか見ものだよ」
昨晩の警備隊員の話した〈きな臭い事件〉とは、Ωの誘拐事件だ。
切羽詰まった様子でベレクトの元へやって来ただけでなく、警備隊員の言うことを素直に聞いたイースは、少しでも疑いを掛けられないようにする為だったのだろう。
「君の会社は、何か情報を得ているかな?」
社長の名義は信頼のおける外殻の人間を宛がっているフェルエンデの会社では、茶や陶器などの特産品を扱うだけでなく、情報屋の側面もある。
過去に外殻の人間が隠蔽しようとした結果、島中に感染症が蔓延した事例があり、迅速に白衣の医療団が動くためにも必要だとして設立した。
「行方不明者と危険を察知して施設に保護された人達の情報が届いている」
フェルエンデは懐から折り畳まれた紙を取り出した。表向きはお茶会に誘われただけのため、手に持っていては周囲に怪しまれると思ったからだ。
「Ωであること以外は、共通点は無いね」
「センテル兄さんの話からして、Ωなら誰でも良かったんだろ」
「誰でも良いなら、フェルエンデの誓約者は今度も狙われる。身元と就職先が分かっている上に、動向を監視しやすいからね」
行方不明者の多くは、表で働いている人達ばかりだ。家業を継ぐ、職人として腕を認められる等、人目に付き分かりやすい場所で活動していた。確かに動向を監視しやすいが、情報が飛び交う場所での誘拐は、危険は付き物だ。
以前ベレクトが朝市で聞いたように、多くの人に周知してもらおうと行動する人や従業員を守るために動く人たちが現れる。
「どんどん自分達の首を絞めている様にしか思えないんだけど」
「私もそう思うが、行方不明者が今も見つからないんだ。表では良い人を装い、裏で活動する犯罪者は幾らでもいるからね。保護したと見せかけて、売る奴だっているはずだ」
あえて噂を言いふらしてΩを警戒させ、家に籠っているところを襲撃し、誘拐する。ベレクトは発情期が重なったが、昨晩の事件はその流れを考慮できる余地がある。
「そこまでしてΩ求めたって犯罪である事に変わりないだろ」
穴の開いた空箱を満たそうと犯罪に手を染めるくらいなら、Ωの番を持たない方が未来は明るいのではないか。
そう思ったフェルエンデであるが、必ずΩが宛がわれる身の上で、誘拐を目論む者たちの思考なんて分かるはずが無いと割り切った。
Ωを求めながらΩを見下す支離滅裂な連中の待つ末路は、滅びのみだ。
「ベレクトさんを狙っていたαが、彼を探して湯場に来るのは間違いない。餌に食いついた所を捕えても良いし、わざと逃がして尾行し、真犯人を特定するのも良いだろう」
ベレクトは長期の休みになる可能性を考え、エンリに会わせて欲しいとフェルエンデに頼んでいた。西坂の診療所にΩの薬剤師がいるのは、よく知られている。エンリが珍しく湯場に行くとなればベレクトがいるとイースは思うだろう。
どう動くのか判断はフェルエンデに委ねられている。
「……まずは、ベレクトと話し合う。俺だけじゃ決められない」
「そうだね。私達では考えつかない案も出てきそうだ。話し合いなさい」
決定的な情報が得られていない今は、定期的な情報共有が必要だ。
今日はお開きとなり、フェルエンデは兄の部屋を後にした。
「うーん……野菜を使ったお菓子を職人に考案してもらおうかな」
「そうだな。この量を食べ続けたら、健康に害が出る」
護衛として控えていたトゥルーザはセンテルシュアーデの言葉に同意する。
ケーキスタンドに盛られたお菓子は、苺とクリームのケーキ一個を除いて全てフェルエンデが平らげてしまっていた。
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