第25話 神殿の朝食


 聖皇バルガディンには番がいる。否、いたのだ。

 身体が弱く、あまり表に出るのが得意ではないので、外殻で行われる式典には参加せず、神殿の奥で穏やかに過ごしているとベレクトは聞いていた。

 しかし一年ほど前に、神殿内で病気が発生した。渡り鳥を媒介して発生したその病気は感染力が弱かったおかげで早期に終息したが、その致死率の高さから大きな爪跡を残した。バルガディンの番であった女性、そして先代の聖皇メルエディナが感染し、闘病の末に亡くなられたのだ。

 神殿だけでなく外殻も大きな騒ぎになり、神殿前に設置された民衆向けの献花台には多くの花が手向けられた。ベレクトもまた花を手向け、犠牲者を忍んだ。

 母と番を同時に亡くしたバルガディンを支えたのがリュザミーネであり、一部では彼女による陰謀説が囁かれた。


「お初にお目にかかります。外殻に住まう者ベレクトと申します」

 バルガディンの元までやって来たベレクトは、深々と頭を下げる。


「うむ。余が聖皇バルガディン・メルエディナ・ルエンカーナである。息子フェルエンデが世話になっているな」


「俺の方が、助けてもらってばかりです」

「そうか。面を上げるが良い」


 恐縮するベレクトが顔を上げると、バルガディンは朗らかな笑みを浮かべている。


「フェルエンデが大切な誓約者であれば、外殻の子であっても我が身内も同然である。神殿にいる間は、余の加護の下で安心して過ごすが良い」

「陛下のお心遣いに感謝の言葉もございません……」


 静かだが強さの宿る声音でバルガディンは宣言し、自分を受け入れて貰えたことにベレクトは安堵した。

 しかし、その安堵が体に伝わり、小さな腹の音を鳴らした。


「えっ、あっ……」

 起きてすぐに様々な出来事が重なり、朝食の存在をすっかり忘れていた。面布の下で、ベレクトは恥ずかしさのあまり顔を赤くした。


「おぉ、朝食がまだであったな。食事を用意してくれ」


「かしこまりました」

 離れた場所で待機していた従者たちは、さっそく朝食の準備を始める。

 ベレクトとリュザミーネが席へ付くと、テーブルにフォークなどのカトラリーが四人分並べられていく。


「あ、あの」

「共に食事を楽しもうではないか」


「は、はい……」


 まさか聖皇と第二妃と食事を共にするとは夢にも思っていなかったベレクトは、形容し難い居心地の悪さを感じた。


「フェルエンデは、遅いですね。どうしたのでしょうか?」


 綺麗な波模様のグラスがテーブルに置かれたところで、ベレクトは2人に問う。


「きっとセンテルシュアーデさんが、私達を代表して説教をしているわね。あなたに危険が迫ってたとはいえ、フェルエンデが誰にも言わずに飛び出した事は良くなかったから」

「救出のつもりが、囚われの身になってしまっては元も子もないからな。しっかり弟に注意をするとは、良く出来た息子だ」

「そ、そうですか……」


 皇位継承権第二位のフェルエンデの行動への注意に納得できる反面、今の3人の状況を作る為の作戦のように思えてしまう。


「料理はあいつが来次第、温かいものを用意させるから気にするな」

「はい……」


 そうこうしていると朝食が盛られた皿が置かれ、最後にガラスのコップに水が注がれた。

 ベーコンとオムレツ、蒸し野菜、焼き立てのパンにジャムとバター、薬草のスープ、一口サイズに切られた果物、と素材は高級だがベレクトにも馴染みのある朝食が並ぶ。


「食事の前に、その面布を外してもらおうか」

「よろしいのですか?」

「良い良い。ここは我らと信用のおける従者のみだ。なにより、食事中は邪魔であろう?聖皇直々の命令に従ったとでも思って、外してしまえ」

「そ、それでは、お言葉に甘えて……」


 周囲を気にしながら恐る恐る面布を外し、素顔を晒したベレクトに対して、2人は微笑みを浮かべる。


「ほぉ、なかなかの色男ではないか」

「フェルエンデが気に入る理由が良く分かるわ」


 性格が顔に出る、という言葉がある。2人に良い印象を持って貰えたようで、視界の開けたベレクトは安堵する。

 食事を始める前に2人は手を組み、医神エンディリアムへと感謝を捧げる。ベレクトにはそこまでの習慣は無かったが、2人に見習い感謝をささげた。


「……すいませんが、俺はここでの食事マナーをよくわかっていません」


 内殻と外殻では色々と違うと改めて実感したベレクトは、謝罪をする。


「ここは式典の会場では無いのだから、気にする必要はないぞ。普段通りに食事を摂ればよい」


 にこやかにバルガディンは言うと、ナイフとフォークを手に取り、オムレツを切り分ける。滑らかで綺麗な動きに感心しながらベレクトはスプーンを手に取り、おずおずとスープを一口飲んだ。鳥と野菜の煮込んで造られたコンソメのスープは、朝に優しい塩加減で飲みやすい。ベレクトはもう一口スープを飲み、味わう余裕が生まれた。


 両親と一緒に食事をしたのは、いつ以来だろうか。

 ふとその考えが脳裏を過ったベレクトだが、記憶に残っているのは食卓カバーに覆われた冷めた料理のみだった。


「ねぇ、ベレクトさん。あなたから見て、フェルエンデはどんな子かしら?」

「えっ」


 パンを半分に千切った所で声を掛けられ、ベレクトは体を硬直させる。


「積もる話は、もう少し食事を楽しんでからで良いだろう」

「だって気になるじゃない。あの子が同世代の子と仲良くする機会は、少ないんだから」


 発情期に関する論文で外殻出身の聖徒との接点は生まれても、皇族としての立場があり、フェルエンデの内殻での交流は限られる。白衣の医療団所属として外殻での活動の際には、患者を除けば同期であっても年上ばかりだ。

 息子の誓約者として、友人として、リュザミーネはベレクトの事が気になって仕方がなかった。


「え、えと、それは、その……」

「お世辞は無用よ。素直な感想が聞きたいの」


 期待と好奇心、それらに伴う興奮によってほんのりと顔が赤くなるリュザミーネに、ベレクトは口ごもる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る