第26話 とあるお願い

 何を言えば正解なのか。


 元気で溌溂としていますね。

 心温かい人だと思います。

 少し抜けている所がありますが、弱者を見捨てない優しさと聡明さを持っていると思います。


 頭を必死に回転させるベレクトだが、出てくる言葉はフェンへの感想としては今一つのように思える。もっと気の利いた言葉をと考えても、フェンの姿に自分の中の表現だけでは余りにも足りない。

 しかし、何も言わないなんて失礼だ。


「そ、その」

「お待たせしました!」


 廊下から掛ける足音とフェンの声が響き、ベレクトは後ろを振り返った。


「フェルエンデ。廊下を走ってはいけないわ。怪我をしたらどうするの」


 リュザミーネは小さくため息をつきながら、元気の良い息子に優しく注意をした。


「仕方ないでしょう! センテル兄さんの話が長すぎて、準備が遅れたんですから!」


 少しばかり声の当たりは強いが、信頼し合う親子ならではの距離感が伺える。

 銀色の髪は一本の大きな三つ編みに結われ、蔓を模した金の髪飾りが着けられている。青の礼服は、医師であるフェンが緊急事態でも素早く動けるようにズボンにシャツとシンプルなデザインとなっている。腰や首回りの金の装飾類は邪魔をしないが高級感のあるものが選ばれ、羽を模した耳飾りが揺れていた。

 神鉱石を掘るために土埃に塗れ、汗を掻くフェンの姿とは全く違う。

 思わず見惚れそうになったベレクトだったが、自分の着ている礼服と〈揃い〉であると気づいた。

 これは、ご両親へと挨拶と顔合わせではない。〈聖皇への謁見だから青い礼服〉ではなく、何らかの式典を簡略したものだ。

 色に関する説明を受けていたが、島の最高位権力者である聖皇とその第二妃とはいえ2人のみと数は少なく、朝食を共にする流れだった。聖皇から〈式典の会場ではない〉の発言を純粋に受け取ってしまっていたベレクトは、そこでようやく気付いた。

 表向きは、皇室へと外殻のΩを迎え入れる行為だ。公になれば貴族達からの反発は大きくなり、なんらかの事件に発展しかねない。血が流れないとしても、勢力図に何らかの爪痕を残してしまいそうだ。

 初めての出来事が次から次へと起り、理解が遅れ気味のベレクトは自分の命だけでなく、神殿でのフェンの立場が危うくなるではないかと心配になった。


「変な事を吹き込んでないでしょうね?」

「そんなことしないわよ。ただ、あなたの印象を訊こうとしていただけ」

「彼を困らせないでください」

 

 きっぱりとフェンはそう言い、ベレクトの隣の席へと座ると、従者たちが彼の食事の準備を始める。

 その時、フェンは小声で〈遅くなって、ごめん〉とベレクトに謝罪をした。


「ほぉ……お似合いだな」

「えぇ、とても」


 神殿の勢力図がどうなるか心配なベレクトと、両親に対して不満を示すフェンを見て、2人は微笑んでいる。


「それで、父上は彼に何を訊きたいのですか?」

「主役はおまえ達と言うのに、なぜ儂の話になるんだ」

「だって一目見るためだけに、ここまでしないでしょう」


 目の見えないフェンは色については分からないが、身に付ける装飾品の多さから察しがついている様子だ。


「ベレクトは俺の協力者です。ですが聖皇が外殻の人間一人を歓迎し、破格の待遇ともなれば貴族達は黙っていませんよ。何が目的ですか?」


 協力者。フェンは周囲の目と耳を気にしての発言ではあるが、ベレクトは距離を置かれたようで不思議と不快な気持ちになった。


「やれやれ。話してやるから、機嫌を直せ」

 バルガディンは水を一口飲むと、ベレクトへと顔を向ける。


「そなたを呼び寄せたのは、フェルエンデの誓約者としてこの目で確認するだけでなく、外殻でのΩの待遇について聴くためだ」

「Ωの……」

「意識改革は序盤の序盤だ。我々のように神殿に籠る者では、聞き取れない声が余りにも多い。当事者として、聴かせてほしい」


 外殻に設立された役場、詰め所、Ωの避難所から、神殿へ様々な報告が行われている。しかし、きちんと報告が行われているわけでは無い。

 人の心は千差万別だ。真面目に報告をする者もいれば、無知から軽視する者、差別に呑み込まれた者、良からぬことを考える者もその立場に就いている。仲間内では誠実に見えても、弱い者の前では化けの皮が剥がれる者は幾らでもいるからだ。

 性的加害の軽視と被害の透明化は深刻だ。被害者を黙らせれば安上がりとして、予備軍を抑制せず、加害者の更生を行わず暴走状態を見逃すのは、問題の先延ばしに過ぎない。

 自己責任論は他責思考をより強固にし、犯罪はより過激にする。


「……俺が1人だけ進言するのは、他のΩの声も潰す事になりかねません。たとえΩであっても思想の偏りはありますので、ご了承ください」


 迷った末に、ベレクトはそう言った。


 軽率な報告もあるが神殿は様々な分野から情報を収集している、と思い直したからだ。


 フェンは奇蹟によって髪色を変えて、採掘が趣味の若者と偽っていた。同様に、外殻に潜む聖徒もいると言うことだ。公平性を保つ白衣の医療団のみならず、産業や商業など様々な場所に彼らはいる。

 性犯罪の重罰化。持て囃されるαが陥りがちな他責思考と暴力性の矯正。性教育の改善。Ωの就職枠の設立。それらに伴う予算と人材の確保、そして時間。様々なお願いをしたいベレクトだが、バルガディンは政治や犯罪などの内容を耳が痛くなる程に聞き、先代聖皇の時代から課題としてずっと抱えている筈だ。


「陛下の仰る通り、意識改革はまだ序盤だと思います。Ωの就職難は続いていますし、αとβから被害を受けないか日々怯えています。ですが俺が薬剤師になれたのも、大学へ行けたのも、陛下の尽力による成果の一つであると心に留めてくだされば幸いです」


 ベレクトはフェンと仲良くなったのは、神殿に近付くためでも、聖皇バルガディンに会うためでも無い。ましてや双子の弟が聖徒だからではない。

 これ以上、個人的な望みを言えば、フェンの負担が増えるような気がした。


「ならば自分や周囲のΩの現状から、何かして欲しいと思うことはあるか?」

「して欲しい事……」


 ベレクトは少し考えると、バルガディンを真っ直ぐに見た。


「神殿の湯治場に、Ω専用の風呂と宿泊施設を設けていただけませんか?」


 外殻の銭湯と宿泊施設にもΩ専用は存在しない。男女に分ける必要だけでなく、極めて少数派であるΩを狙って商売をする経営者がいないからだ。

 それは、赤字だけが理由ではない。

 嫌悪や蔑視によって加害を行おうと企てるαやβを呼び寄せかねないからだ。

 ベレクトが薬剤師として就職したあの診療所でも、度々その様なαとβの男が現れた。ベレクトがいる時だけにやって来ては延々と苦情を言い、机を叩くなどの脅しを行い、外をうろつき、大量の脅迫状や建物への落書きを行った。主治医エンリは徹底抗戦の構えを取り、その者達を次々と確保すると外へ吊るしあげて見せしめにした。そのお陰で奴らは来なくなり、患者も安心して来られるようになった。

 弱者に加害を行う卑怯で浅ましい連中は、強い実力者を前にすると大人しくなる。

 神殿の聖徒の目が届く場所であれば、避難所としても使えるとベレクトは考えた。


「今でも湯場の安全性は保たれているが、なぜだ?」


「性加害は、身体に触れるだけでなく言葉も含みます。相手は冗談のつもりでも、Ωからしてみればいつ襲われるかと気が気ではありません。なので、手放しに寛げる安全な場所がΩには必要です。それに神殿内であれば、Ω達の聞き込みもしやすいと思います」


 なるほど、とバルガディンは小さく呟き微笑んだ。


「良い意見が聞けた。必ず建設すると約束しよう」

「ありがとうございます」


 ベレクトはホッと胸を撫でおろした。

 次はどんな話題が飛び出すのか、と内心身構えていたベレクトだったが、その最中にフェンの朝食が運ばれて来る。


「腹が減ったので、真面目な話は後でも良いですか?」

 ベレクトの気苦労を察してか、フェンは不機嫌な息子を装ったまま両親に向かって言った。


「えぇ、そうね。折角の料理が冷めてしまうから、また後にしましょう」


 リュザミーネは微笑みを浮かべ、バルガディンも素直に応じた。

 そして食事が再開され、当たり障りのない会話が続いた。

 神殿内に新しい薬草用の温室が完成したこと。外殻に面した神殿の壁の塗り替え時期について。湯場で提供される新作料理やお菓子について。

 世間話、日常的な会話とは少し違うが、それでも食卓を囲んでの家族間の交流はベレクトにとってとても新鮮だった。

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