第17話 専門病院の構想

「あっ、そういえば書類」


 3個目を食べ終えた時、フェンは思い出した。

 ハンカチで手を拭き、ミートパイの入った籠を持ったまま自分のリュックの元まで行くと、その中から紙の束を取り出した。


「もうできたのか」

「仮の仮ってところだけれど」


 ベレクトは紙の束を受け取り、軽く目を通す。

 内容は、雇用と病院の計画に関する二つに大きく分かれている。

 保険や補助、残業手当、給料など雇用に関しては、まともな内容だ。手厚い分、薬を製造する神殿が強く関与しているのも読み取れる。知識として薬剤師の求人案内を幾らか見て来たベレクトから見ても、怪しさはない。強いて言えば、まだ病院は計画段階なので、勤務する時間帯や日数が書かれていないのが気になる程度だ。


「病院については、理想ばかり連ねているから、今後変わってくる点があると思う」


 Ω用の内科と産科、婦人科、泌尿器科、そして併設される薬局。

 婦人科と泌尿器科が書かれているのは、第一の性から由来する病気を診られるようにするためだ。産人科とフェンは以前言っていたが、見直したのだろう。

 男性のΩの場合、外殻の女性と同じ役割を担う事になるが、精巣と生殖器も持ち合わせている。αやβに比べ精子の量はかなり劣るが、Ωの男性とβの女性の元に子供が授かった事例があり、病気を含めそれに関する診療と相談も受けられるようにするためだ。

 第一の性の専門外来についても計画として書かれている。第二の性は共通しても、第一の性は別だ。性被害を受けたとなれば、同じΩでも女体、男体に対する恐怖は存在する。安心して診察を受けられるように、専門外来は女性、男性の時間帯で分け、受付に行けなければ裏口から個人で、と考案されている。

 またΩの緊急保護シェルターの構想も一部記載されている。


「土地については、親父のコネで幾らか見繕って、そこから絞っていく予定」

「親父さんは協力的なんだな」

「医者として神殿で勤めるんじゃないのかって、怒られたけど、最後は納得してくれた」


 フェンは苦笑し、コネを使う事に対する抵抗があるのか居心地悪そうにしているが、ベレクトはそれを悪いとは思わない。

 島の土地には限りがある。Ω専門の病院となれば、ある程度影に隠れながらも、治安の良い場所でなければならない。


「診察時間はどうする気だ?」

「それが……悩んでいるんだよね。人通りが少なくなる夜に、と最初は思ったけれど、Ωが1人で出歩くのが危ないでしょ? でも、その方が良いって人もいるから、難しくてさ。他の病院と同じく昼間となると、変なβやαが嫌がらせに来そうで、それもね」


 場所が限定さる事を含めて、診察時間は慎重に選ばなければならない。被害者を生まない様に、さらに被害を受けない様に、病院側としても対策が必要だ。


「緊急外来を設けるのは?」

「したいけど、Ω専門だから医者と看護師をどれだけ雇えるかも問題」

「病院側としては、ある程度の儲けが無いと倒産しかねないからな。24時間は難しいか」


 医薬品、医療機器、設備や建物の維持など、病院側も何かとお金が必要だ。医者や看護師にも生活があり、彼らへの報酬も払わなければならない。神殿側から支援や免除があったとしても、極めて少数のΩ相手の病院は最初から難しく、設立されない理由に一つでもある。


「時間を絞るとしても誰でも入れる状況は行けないから、病院自体は常に施錠しようかと考えているんだ。外に受付窓口を作って、そこで軽い問診を行った後に、鍵を開ける仕組みにする予定」

「いや、軽かろうと外で問診はやめとけ。誰が聞いているか分からないんだぞ。第一、第二と扉を設けた方が良いんじゃないか」


 熱や鼻水のような症状なら兎も角、性犯罪に巻き込まれて逃げ込むように来る場合もありえる。周囲に良からぬ考えを持つβやαが潜む事が確定している病院で、それをやってはいけないとベレクトは強めに発言をした。


「いいな、それ。玄関扉の横に受付窓口を作って、そこで問診した後に鍵を開ける方法にしよう。奥の部屋を二つに分けて、専門外来を男女別にやるのも良いな。人によっては薬を渡しやすいし、宝玉の装置を置いて外界の患者と選別もでそうだ」


 面白半分でΩを自称し、問題ごとに巻き込まれる観光客が一定数いる。〈希少である〉というごく一部の内容が独り歩きした結果だ。Ω専用の病院と情報が広まれば、自称すれば病気や怪我の治療を早くしてもらえると思い、自分勝手な外界の患者が増えるのが予想できる。


「やっぱり人の意見を聞くって大事だな。何か気になる事があったら、もっと言ってよ」


 

 先程の発言は、意見を引き出す為だったのだろう。フェンは嬉しそうに言った。

 ベレクトは紙に目を向けようとしたが、昨日聞いた話を切り出す事にした。


「なぁ、話を変えて悪いが……」


 内容を伝えると、フェンの顔は真剣さが増す。


「それか……外殻の病院に被害者が診察を受けに来たか、神殿の治安維持局に訊かれたよ。今のところいない。でも、来られない状況も充分にあり得るって伝えた」


 通報があった事を流さず、ちゃんと神殿が動き出そうとしていると分かり、ベレクトは安堵した。外殻の住人を中心にした治安部隊は勿論存在するが、東西南北と分かれている為に情報が伝わり難い部分がある。神殿が通達を行えば、すぐにでも見回りの強化を行ってくれるだろう。


「一応、持って来ておいて良かった」

「なんだ?」


 フェンは唐突にそう言うと、再び自分のリュックの元へと行き、何かを取り出した。

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