第16話 ランチタイム

「何を作ってくれたんだ?」

「ミートパイ」

「へぇー! 手が込んだ料理作れるなんて、凄いな!」

「い、いや、まぁ」


 素直に褒められ、ベレクトはむず痒くなる。

 料理人でもないのに男が料理を作るなんて、相手がいるのか。

 βの男に言われた記憶が、ふと過った。

 1人暮らしを始めた頃、図書館で料理の本を手に取った時のことだ。様子を窺っていたのか、近寄って来たβの男は何かと詮索し、見下しながらも吟味するように体を見て来た。

 最初は流していたが、あまりのしつこさに〈大人なのに料理も出来ないのか〉と訊いたところ、βは逆上し大声を上げた。暴力を振るわれるかと身構えた瞬間、騒ぎを聞きつけたαの司書に注意され、βはそそくさと帰っていった。

呆気ない終わり方であるが、Ωにとっては日常茶飯事であり、危険は常に隣にいる。

 プライドだけが高く、自分よりも弱い者を見下し、強者が来れば逃げる。何かにつけて性的な動機を決めつけ、あわよくばと支配と欲求解消を目論む。αもβも、Ωも関係ない。誰かを攻撃する事でしか、自己を保てない愚者は弱者に飢えている。


「パイというよりは、包み焼に近い」

「十分凄いって」


 感心した様子で、フェンは作業用手袋を外し、胸ポケットに入れてあったハンカチで手を拭く。

 汗や砂ぼこりで汚れても、綺麗な男だとフェンを見てベレクトは思う。どうしてそこまで真っ直ぐでいられるのかと、羨ましさすら覚えるほどだ。


「多めに作ったから、小腹が空いた時にでも食べてくれ」


 ベレクトは、真新しいトートバックをフェンへと渡した。


「えっ、一緒に食べないの?」

「俺は渡しにきただけだ」


 フェンは貰ったトートバックの中から、バスケットを取り出す。その中には、料理を包んだ青いギンガムチェック柄の布が入っている。


「えー」

「俺は早めに食べて来たんだ」

「わかったよ……」


 前と同じように一緒に昼食を取れると思っていたフェンは、がっかりしながらも下手に粘らず、布の結び目を解いた。

 中からは、きつね色に焼き上がっているミートパイ10個と、一口大に切った林檎の入った容器が登場する。

 ミートパイは片手で食べやすいように四角く形成され、中央の切込みから水分少なめのミートソースが顔を覗かせている。

 手に取れば、トマトと香辛料の香りが鼻をくすぐり、食欲がそそられる。

 医神への祈りをささげた後、フェンは勢いよくミートパイに齧り付いた。


「うん。おいしい!」


 口に付いたソースを指の腹で拭き取りながら、フェンは素直に言った。

 1人暮らしをする様になってから、料理の美味しさを知ると同時に作る楽しさを知った。図書館で借りたレシピ本を惨状に、一時期凝った料理を作っていた。時間と食費がかさむので今は手早く簡単な料理しか作らなくなったが、腕が鈍っていない様でベレクトは安心した。


「これなら、何個でも食べられそう」

「午後の作業に支障が出るだろうから、程ほどにした方が良いぞ」

「んー……そうしようかな。楽しみに、少し取っておくよ」


 フェンは1個目を直ぐに食べ終え、2個目を食べ始める。


「なぁ、表向きは個人の趣味で取るとしても、どうやって鑑定士と研磨師までつなげるんだ? 神鉱石と判明したら、結局神殿に没収されないか?」


 2個目が食べ終わるのを見計らい、ベレクトは訊いた。


「俺の護衛を通して、神鉱石を発見したら神殿に住むαの兄さんに送ってもらう。兄さんの熱烈な信者である外殻の若者からの献上品って事で」

「ね、熱烈……?」

「ほら、外殻の大きい行事で聖徒専用の観客席があるだろ? 兄さんってそこに座る位に偉いんだ。俺は行った事が無いから状況知らないけれど、兄さんの友人曰く外殻の住民から結構に人気あるんだってさ。もちろん、神殿でも知名度が高い」

「へぇ……それは凄いな」


 使命感はあるがどこか自由奔放な理由は、兄がいるからか。

 信者がいるのが当然とばかりの声音と態度から、ベレクトは納得をする。

聖徒は外殻出身の〈平民〉、医療の中核を担う〈貴族〉、そして統治者である〈皇族〉の3種類に分かれている。貴族は医療だけでなく、財務や聖騎士団などの役職に就いている。 

 ベレクトは聖徒を基本嫌っており、政治以外では興味が無く、祭事も身を守るために全く行かないので、フェンの兄の特定が出来ない。聖徒専用席に座れるだけでなく、信者がいるほど人気ならば、高い地位に居るか、神殿の広報を務める音楽家や役者だろうと推測した。


「協力し合えるのなら、兄弟は仲良さそうだな」

「その兄さんはね。あとは、そうとも言えないかな」


 遠くを見る様に、感情の色がない声でフェンは答えた。


「俺には、10人以上兄弟がいるんだ。俺と仲が良いのは、協力してくれてる兄さんと弟の2人だけ。あとは祭事で挨拶交わすくらいで、滅多に会わないんだ」

「2人もいれば、充分だろ」

「まぁ、そうなんだけど、第二の性が絡んで本当に面倒でさぁ」


 歯切れの言い方に、ベレクトはある程度察した。

 外殻でも、大きな会社の後継者争いで泥沼になるのは、よくある話だ。

 αが当主の座を継承する。フェン以外にもαがいるため、兄弟の中で派閥が出来てしまっているのだ。誰に付けば将来甘い汁を啜れるのか。誰を蹴落とし、自分がその座に着くのか。虎視眈々と狙われ続ける。


「俺は、神鉱石の医療用具を発明した成果と実績による名声を得て、Ω専用の病院を建設する計画を立てているんだ。将来としてはその病院の院長になって、老後は名誉会長になって一生を終える予定。一族の当主なんてしている暇がないから、継承争いから退いたんだ」

「立派な計画だから、徐々に知られて、一族の人達から注目を浴びたのか」

「……そうなんだよ。兄さん優秀だから、一強で争いにならないだろって思っていたら、言い寄ってくる奴らが増えてね。いちいち俺の行動を盗み見てくるからさ、外殻で動くようになったわけ」


 やれやれ、と言いたげに、フェンはため息をつき、3個目のミートパイを口に運ぶ。

 研究と開発であれば、設備の整った神殿の方が良いに決まっている。その利点を捨ててまで、外殻に出たとなれば、相当嫌な出来事が神殿で積み重なったのだろう。


「大変だが、協力できる兄弟がいるのは良い事じゃないか」

「うーん……良いのかな? あの人、俺も利用してる感じだし……いや、俺も利用してるから、とんとん?」


 考えがまとまらず、徐々に独り言と化したフェンは、口直しの林檎を手に取る。

 ベレクトはふと、自分の双子の弟について考えた。母から聞かされるばかりで嫌気がさし、彼に興味を持ってこなかった。何が好きで、何が嫌いで、優秀と褒められる裏でどんな努力をしてきたのか。そんな些細な事も、何も知らない。

 閉鎖した空間でその優秀さが、生き辛さを生んでいないのか。

 ベレクトは、フェンを通して自分の双子の弟の存在と向き合おうとしていた。

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