第18話 島の影に忍び寄る (一部修正

 リュックから取り出されたのは、布袋だ。袋の中には化粧箱があり、フェンはそれを開けて、ベレクトへと中身を見せた。

入っていたのは木製のチョーカーだ。白樺よりも白く、木目の線は僅かに青みがあり、独特な風合いを醸し出している。


「なんで、チョーカーなんだ?」

「神殿では、誓約を交わしたαがΩに送る習わしがあるんだ」


 島ではΩと判明すると、首を守るためにチョーカーを付ける義務がある。

一般的に皮製や木製、一部に金属が付属した布で作られたチョーカーを装着する。番がいるΩは宝石が埋め込まれた金属製のチョーカーを着ける傾向がある。素材は本人好みによって変えて良いが、歯を通さない頑丈なものを必ず選ばなければならない。

 番の関係は、Ωの人生を大きく左右する。αからの性被害を防止するためには、必要不可欠の品だ。

ベレクトの場合、両親からチョーカーを買うお金を貰えず、自分で何とかしようとした矢先にイースから被害を受けそうになった。通りかかったβの女性に助けられ後に、ようやく父から金を貰い、買う事が出来た。チョーカーの存在がどれ程に大きいか嫌という程に実感をし、眠る時ですら布製を装着する程になっている。


「これは、海底に生える希少な樹で作られている。地上の木々よりもさらに長い年月をかけて成長するから、年輪の密度が高く、金属並みに固いんだ」

「へぇ……そんな木があるのか」


 はじめて聞く話に興味が湧き、ベレクトはチョーカーを観察する。見慣れない配色は、木の板に染料を含ませた人工的に作り出したように見えた。しかし、仄か香木に似た匂いが自然のものであると示している。頑丈さについては触ってみなければ分からないが、ここで持っては受け取ったと判断されかねないので、見るだけに留めた。


「番とは違い、誓約でΩを縛る分、αは誠意を見せないといけない。だから、あなたを長く守り続けるって意味と誓約の証として、αが手作りするんだ。これは急ぎ手職人にお願いしたモノだけれどね」


 聖徒のΩは神殿から出てくることは、まずない。このチョーカーを装着して外殻へと出てくるとなれば、聖皇の番くらいだろう。聖徒だけが着けられるチョーカーを所持している。それは、安全が保障されたと言っても過言ではない。


「これを着けていれば、俺に神殿の後ろ盾があると示せる、か……」 


 ベレクトは釈然としなかった。


「俺だけ守っても、意味がないだろ」


 自分だけ守ってもらう。自分だけ安全。それでは、何も解決にはならない。

 不特定多数のΩにとって今後の人生に大きく関わる犯罪だ。まだ第二の性が判明したばかりで身の守り方を知らない子供が巻き込まれ、αのひと時の娯楽や気まぐれによって全てを失う事態を招きかねない。

 自分さえ良ければと、胡坐をかくなんてベレクトには出来なかった。


「うん。わかってる。俺の安心材料にしたいのも、自覚している」

「だったら、神殿にもっと働きかけてくれよ」

「そうしたいけれど、大々的に動けないんだ。神殿が調べていると分かれば、α達は隠れるだろうし、本当の目的が分からない」

「本当に目的?」


「例えば、Ωを性奴隷として売りさばく」


 フェンはあくまで冷静に、仮定して話を進める。


「溜め込んだ神力を発散する為に発情期がある説を推すとすれば、戦争や竜など大きな敵との戦いに向かう兵士の強化と欲の処理の為、Ωが売られる可能性は充分にあるんだ」


 島から出ては、抑制剤を購入するのが困難になるだけではない。フェンの例え話は、未成年や独身だけでなく、番持ちのΩにも該当する。α側は、番の解消が出来るのだ。

 もし犯罪者に騙され、番になってしまったΩがいるとすれば、売られる際に強制的に関係の解消せられ、死ぬまで発情期を背負わされる可能性は、充分にあり得る。

媚香が外界の人に通用するかベレクトは知らないが、その時期のΩは性を受け入れる体に変化している。

 体の良い処理道具の完成だ。島から連れ出されてしまえば、人として生きられなくなる。

 ベレクトは、寒気がした。


「……例えにしては、妙に具体的だな」

「外界の本の中に、魔力を溜め込んだ人間が不足した人間へ譲渡する内容があった。方法は握手や抱擁……一番効率が良いのは性交と書かれていたんだ」

「はぁ!?」


 驚きのあまりベレクトは立ちあがった。


「相手と接触する面が多いのが一番の理由。神力が魔力と同じものだとすれば、Ωは道具として有能だ」


 口ぶりに反して、フェンは眉間に皺を寄せている。


「ただΩの数は少ない。軍事では無く、個人の可能性が高いな」

「αの背後に外界の国か……観光船に紛れて入島することも容易に想像できるな」


 外界の話を持ち出すという事は、何かしら手がかりを掴んでいるのだろう。

相手が武装している可能性もあり、海戦だけでなく島の中での戦闘もありえる。絶海の孤島の医療の神殿として、多くの患者を抱えるこの島では、全ての人が人質と言っても過言ではない。


「……これ持っていたら、神殿にとっても不味くないか? この樹を外界の人間に知られていたら、神殿の関係者として俺が狙われて、ややこしくなる」

「あっ……」


 守りたい一心のあまり、弱点を作りそうになっていた。

 それをフェンも理解したのか、両手で顔を覆った。


「フェン。おまえ……」

「ごめん。本当に、ごめん。あのαの件もあったから、必要と思って……そこすっかり見落としていた……」

「おまえは、悪くないだろ」


 イースの一件が、今回の若いα達と繋がるかは分からない。しかし、若者が動くとなれば、嫌でもそう思えてしまう。

 神殿が裏で動き、そのまま終息してくれれば。

 そうベレクトは静かに願った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る