第14話 未遂で終わればと思いながら
穏やかに6日が経った。仕事が休みのベレクトは、南の港の大通り沿いで開かれている朝市にやって来た。
建ち並ぶ露店商には、今朝捕れたばかりの魚介類、新鮮な季節の野菜、乾物に加工食品はもちろんのこと、流行の服や作家の作った食器、絨毯や調理道具、さらに観賞用の小鳥と様々な商品が並んでいる。
毎週末に開かれる朝市だが、隔週で違うが出店され、いつ来ても飽きない工夫がされている。その理由の一つが、この港が島の中でも最も大きく、外海からの客船が停泊するからだ。島の台所であり、観光スポットとして、多くの人々が集まっている。
様々な人種が集まるこの場所で、ベレクトがΩであると注目する人は少ない。
念の為に白の帽子をかぶり、水色のレンズの伊達メガネを掛けてきたベレクトが、森に隠された葉の様に、人混みの方が存在を大いに隠している。
「いらっしゃーい!」
人の良さそうな女店主が、野菜を見に来たベレクトを歓迎する。
瑞々しい野菜が籠に盛られ、ミニトマトの様な小さなものはグラム単価で売られている。
ベレクトは目ぼしい野菜の吟味を始める。
αのフェンと交際を始め、週に一度は彼の元へ手作りの昼食を届けに行く。
いわゆる偽装交際の関係となったベレクトは、今後降りかかる厄介事に頭を悩ませていえる。先日のイースとの騒ぎによって、あの場にいた顔見知りの誰かが、母親に事態を知らせている。もし町中で会えば、何かしら言ってくる。採掘作業員と交際なんて、弟が知ったら悲しむ、なんて言ってきそうだ。
そしてイースの今後の行動も気がかりだ。フェンと誓約して6日経つが、イースとは会っていない。人脈を使い、診療所勤めだと割り出せるはずが容易な筈が、何もして来ない。嵐の前の静けさの様に気味が悪く、気が休まらない。
「これと、これを3つずつ……あっ、これも同じ数をお願いします」
「はい。まいど!」
そんなベレクトの気分転換になりつつあるのが、フェンに渡す昼食の献立を考える事だ。
採掘が夕方までとなれば、小腹が減るのは間違いない。採掘は力仕事なので、相応の量が必要だ。精がつくものとなれば、やはり動物性の肉や卵は欠かせない。腹持ちが良いように穀物と、栄養バランスを考え野菜も必要だ。
サンドイッチが最適ではあるが、毎度それでは味気ない。
パン屋や食堂で買うのも手だが、週に一度の〈恋人に会いに行く日〉と言う設定上、少し手が込んだ料理を作るべきだろう。ただ、値段が嵩み過ぎては生活がままならないなので、自分の昼もしくは晩飯に移行できるほどの一度に大量に作れる料理が良い。
レシピ本を手に悩み、周囲の問題から一時的にでも心を離せる時間は、自然と緊張を緩ませてくれた。
「あとは……」
ベレクトは材料が書かれたメモを確認する。トマトや玉ねぎ等の野菜を買い、あとは肉と調味料、粉類だ。
ふと顔を上げた時、市場の一角に設けられた大衆食堂に近いオープンカフェが視界に入った。朝食の時間帯が終わりに近づき、席に座る人は疎らになり始めている。
たまには行ってみようか。そう思ったベレクトは、紙袋片手に向かった。
直ぐに開いた席に案内され、ほうれん草とベーコンのキッシュ、ブラックコーヒーを頼んだ。
「なぁ、聞いてくれよ」
「どうした。朝っぱらから」
早朝の仕事を終えたと思しき日焼けをした中年の男性β2人が、厚切りのベーコンエッグと大量のパンを食べながら話しをしている。
「昨日の夜に若いαらが、馬鹿やらかしかけてな……一応、そっちの若い衆にも注意して欲しいんだ」
「どうした?」
盗み聞きは良くないが、待っているベレクトは〈α〉とわざわざ男性が名指しした理由が気になった。
「あいつら……どれだけΩの番を集められるか競争しようと企てていたんだ」
「はぁ……?」
片方はため息を着き、片方は驚き言葉が出なかった。
どれだけ。つまり複数人のΩを無理やり番にする。聖徒ですら誓約の形で留めているところを、その若いα達は無差別にΩを襲おうとしている。
「一緒に酒を飲んでたβの若い奴によれば、馬鹿な話で盛り上がっているように見えたそうだ。でも、話題が話題だろ?」
「人としてな……」
たとえ立場が弱いΩ相手であっても、やって良い事と悪い事がある。外界からくる額に宝玉の無い観光客が襲われる懸念もあり、大きな事件へ発展する可能性がある。
「今日の朝、βの若い奴が組合長に報告して、雷が落ちた。あのまま続いていたら、本当に危なかった。でもなぁ」
「人の心は見えんからな……プライドの高いαは底が知れない」
「そうなんだよ。飯がマズくなる話題で、悪いな」
「謝るなよ。ここで話したのも、他の人に聞いてもらうためだろ?」
「あぁ……神殿の窓口へも、これから話しに行くつもりだ」
お互い大変だよな、と愚痴を溢し合い、労い、二人は食事を勧めていく。
神殿の対応を待つ間も、噂の1つでも流しておかなければ、被害が生まれかねない。何も無ければそれで良し。しかし不安は拭いきれない為、周囲に要警戒が必要だ。
呼びかけるにも、若いα達の交友関係がどれ程広いのか分からない。わざわざ数の少ないΩを集める理由が、自分の承認欲求を満たす為だけとは思い難い。
「お待たせしました~」
「あ、ありがとうございます」
2人の男の会話に耳を傾けていたベレクトは、店員の声にハッと我に返る。
温かいコーヒーと、ほうれん草とベーコンのキッシュがテーブルの上に並ぶ。
気分よくブランチを楽しむ予定だったが、もはやその余裕は残っていない。人の賑わいが収まる前に、動き出さなくてはいけない。
ベレクトは急いでキッシュを食べ、なんとかコーヒーを飲み干し、手早く会計を済ませると、急いで残りの食材を買い始める。
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