第12話 紺色の宝玉
フェンはリュックの中から、手の平に収まる程の小さな紺色の宝玉を取り出した。
サファイアやタンザナイトよりも遥かに濃く深海のように澄んだ色は、フェンの額の宝玉によく似ている。
「これは、俺の目の代わりとなる奇蹟を注ぎ込んだ神鉱石。これを応用して、医療用具を作る予定なんだ」
差し出された神鉱石を受け取り、ベレクトは観察する。
表面は宝石のように太陽の光で輝いているが、中央に行くほど夜が広がっている。光を通さないその場所をじっと見ていると、中から小さな光達が産まれ、瞬き始める。
「何か見える?」
「あぁ、小さな光が沢山見える」
星空を閉じ込めたかのように、球体の中に世界が広がっている。
これがフェンの感じる世界。美しい景色だとベレクトは純粋に思った。
「それは、ベレクトの掌に流れている神力に反応しているんだ」
「俺の神力……」
神力は空中に存在するだけでなく体内で作られ、血液のように巡っている。それはΩでも同じであると、証明されている。しかしΩの場合、神力を操る機関である額の宝玉が無いので、持ち腐れであった。
この力を操れれば自由に成れたかもしれない。ベレクトと薄っすら思い、そう甘くは無いとかき消した。
「これが乱れると影響が体に直に出る。石に刻んでいる奇蹟はまだ神力に反応する程度だから、ここから改良を重ねる予定」
「石に刻むのは、他の医師にも肉眼で分かりやすく、情報共有する為か」
「そうそう。診断によっては、その医療機関では治療できない場合もある。見える人にも分かる様にする必要があるんだ」
フェンはそう言って、バケットサンドの最後の一口を食べた。
「活用できる幅がありそうだな」
「うん。完成すれば病気の早期発見、内臓の検査、胎児の経過観察……それとΩの発情期を正確に予測できるはずだ」
「発情期まで?」
食べ終わったフェンの言葉に、ベレクトは驚いた。
4週間に一度とされるが、体調や環境の変化、ストレスによって発情期の発生は前後する。以前のベレクトのように予定外は稀とされるが、珍しくはない。
予め休日とる。予め抑制剤を飲む。それが出来るように成れば、Ωの苦痛は軽減される。
「一説によれば、Ωは空気中の神力を集め、溜め込む体質らしい」
誓約は、この体質を利用する奇蹟だ。加害を受けそうになると、人は頭が真っ白になり身体は硬直するが、神力はその逆で防衛本能に反応し振動をする。誓約の奇蹟は、その揺れを感知し発動をする。誓約の効果はαの匙加減によって種類や威力が変わるが、大半は眠らせる、麻痺させる等の加害者を再起不能にさせる。そして、発動は施したαに伝わり、確実な証拠の元で加害者は捕らえられ、拘束される。
「へぇ、理にかなった奇蹟なのか」
「そうなんだよ。中にはΩの体質のお陰で島は豊かって説もあるが、本人はただ溜め込めても消費は出来ない。だから発散する為に発情期が存在する。その為には神力を操れるαとβが必要になり、彼等を誘き寄せる為の媚香が体内から放出される。神力は人によって質が違うから、相性が良い場合を〈運命の番〉と呼ぶ……とか、なんとか」
「後半は怪しくないか」
「前半は信ぴょう性あるだろ?」
別の側面から見た発情期の仕組みは興味深いが、Ωを良い様に扱う為の作り話のようで、こちらとしては堪ったものではない。しかし、奇蹟が操れないにも関わらず、神力が体から作られる事実は塗り替える事が出来ない。
体温や体調の変化を毎日確認してきたベレクトだが、発情期の予定が近くなるにつれ、どことなく体の重さを感じていた。
それを神力が溜まっているのだとすれば。
そう思い返したベレクトは僅かに羞恥を覚え、うまく答えられなかった。
「まぁ、そんな感じで、試作を繰り返す為にも石が沢山必要なわけだ」
「……わざわざ1人で掘る理由はなんだよ」
「発掘が趣味だと見せかけているんだ。正体がバレたとして、聖徒であっても神殿から注意されて没収されかねないから」
業者に頼み、大量に採掘された中から探す方が早いように思えるが、奇蹟を刻むには一定水準が必要だ。神殿であれば上質な神鉱石が保管されていそうなものだが、フェンの行動は神力についての研究に該当しかねない。
そこで、週に一回趣味で化石や神鉱石の発掘を行っている若者と装い、業者に許可を取っている。
説明に納得したベレクトは、貴重品である神鉱石をフェンに返そうとした。
「これ、ベレクトにやるよ」
「何だよ。急に」
あっさりと言う彼に、ベレクトは驚いた。
「この石に刻んだ奇蹟は、神力が多い程にベレクトに見える光が増えるんだ。体調管理にうってつけだろ」
「道具を簡単に手放すなよ。これから採掘で必要なんだろ?」
「予備があるから大丈夫」
そう言ってフェンはリュックの中から、神鉱石の玉を3個取り出す。
何かあった時の為に予備を用意するのは当然だ。分かってはいるが、ベレクトはまたしてもどこか不快になる。どうしてそう思ってしまうのか、ベレクト自身には分からない。
聖徒である事に関わらずフェンは初めて見るタイプの人間だ。飄々としている様で鋭く、献身的で見返りを求めず、相手を想っているのにどこか鈍感。まだ会って2日も経っていないにも関わらず、激変した日々の中で彼によって感情の波が乱されている。
「……なぁ、その発掘は、いつまでやるつもりなんだ?」
当然のように手を差し伸べてくれるフェンに、おんぶにだっこでい続けたくはない。
友達ならば、負担になりたくはない。
「目標数に届くまでだけど……とりあえず、2ヶ月くらいは週に一回掘ってる」
「わかった。この礼に、毎週昼食を持って手伝いに行く」
「えっ、恋人のふりしてくれるの?」
少し意外そうにする彼に対して思わずベレクトは睨んでしまったが、効果はあるはずがなく空振りに終わる。
「嘘がバレたら危ないだろ。それに誓約が結ばれていると公になれば、フェンが聖徒としてお咎めを受けるかもしれない」
「あぁ、確かに。同情を誘い、俺を誘惑し懐柔したと神殿がでっち上げて、ベレクトに罪を被せるかもしれないな」
お互いに弱みを握られている平等な立場だ。そう言うかのように、悪戯っ子の様な笑みを浮かべるフェンに、ベレクトはため息をつく。
「……そうなっても、助ける気だろ」
「もちろん。俺は助けられるなら助けるから」
迷いない返事に、返す言葉が見つからない。
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