第11話 昼食 (少し修正)

 グ~~~~~


 誓約が終わった直後、フェンの腹が壮大に鳴いた。

 ハッと我に返りベレクトはフェンの顔を見る。彼の白い頬は、恥ずかしさで赤みがさしていた。


「あはは……」


 笑って誤魔化したところで、もう無意味だ。

 あの時パン屋や食堂の近くで居合わせたのは、昼食を摂るのが目的だったのだろう。パン屋の周囲に立ち並ぶ食堂や喫茶店を思い浮かべ、ベレクトはそう思った。


「俺の昼飯のパン、一個やるよ」

「えっ、いいの?」

「さっきの礼だ」


 ベレクトは、落とさないように必死に握り締め、身体に押し付けるようにしていた紙袋の封を開ける。

 皺だらけになってしまった紙袋の中は、悲惨な状況だった。

 どれも持って食べやすいよう包み紙がされていたが、握りどころが悪かったのか、パンの形は崩れ、挟んであった具材が飛び出していた。上下の揺れもあり、甘いブリオッシュにはサンドイッチのソースが付着してしまっていた。


「どうした?」

「パンの形が崩れてる。それでも良いか?」


 仕方ないとはいえ、礼として渡すには少々気が引けたベレクトはフェンに確認をする。


「あれだけ動き回れば、そうなるよなぁ。全然気にしないよ。むしろ貰える方が、ありがたい位だ」


 自分の事ながらフェンは思い出して苦笑をする。


「そうか。魚とハムどっちがいい?」

「ハムで」


 ベレクトはポケットに入れていたハンカチで手を拭き、紙袋からハムとチーズのバケットサンドを取り出すと、軽く形を整え、フェンへと渡した。


「ありがとう!」


 フェンは再び路地の奥に座り、医神に軽く祈りを捧げると、大きな口でバケットサンドに齧り付いた。

 聖徒は総じて高度な教育を受け、上品な立ち居振る舞いをするとベレクトは思っていた。フェンは些細な仕草こそ上品さがか今見えるが、態度や行動は若者と変わりがない。


「うん。美味しい。神殿のとはまた違った美味しさ」


 フェンは口元に付いたマヨネーズソースを指で拭き取ると舐めた。


「神殿の方が美味しい料理が出るんじゃないか?」


 ベレクトもまた、魚のフライのライ麦サンドを食べる。ナッツの様な風味と酸味のあるライ麦パンと、サクサクとした衣とふっくらとした魚の白身、濃厚でいながらまろやかなタルタルソースと葉野菜と多重の触感と味わいが調和する。形は崩れ、見た目は難アリとなってしまったが、味は遜色なく美味しい。


「良質であるのは確かだけど、美味さってそれだけじゃないだろ」


 ご褒美にこっそり1人で。仲の良い関係者と食べる予定が1人に。

 同じ高級な料理がテーブルに並んだとしても、環境、条件、心境によって〈美味しさ〉の感度に違いが発生する。

 1人暮らしをする様になり、ようやく料理の美味しさと楽しさを知ったベレクトは、フェンの言いたい事が分かった。


「友達と食事ができるなんて思いもしなかったから、すごく嬉しい」


 同意しかけたベレクトはフェンの素直な感想に驚き、返答が出来なかった。

 嬉しいような。むず痒いような。気恥ずかしいような。それでいて、何か不快で腑に落ちないような。

 複雑な心境と一緒に、頬張っていたライ麦パンのサンドを飲み込んだ。


「……ところで、その格好はどうしたんだ?」 


 気持ちを切り替える為に、ベレクトは話題を変えた。

 フェンの髪は奇蹟によって変化させているのは、見て取れる。しかしながら、変装のわりに服装も背負っている道具も本格的だ。どれも新品ではなく、ある程度使い込んでいるのが見受けられ、まさに〈採掘現場の若者〉だ。医師であるフェンがする格好ではない。


「神鉱石の採掘に行く予定でね。作業を兼ねた変装。業者の人に頼んで、採掘できそうな場所教えてもらったんだ」


 神鉱石とは、坑道で発見される深い青色の大きな結晶体だ。宝石のサファイアやアイオライトとは違い、神力を宿している。他の鉱石と違い、外殻の業者が採ったとしても全て神殿のものとなる。聖徒の扱う奇蹟の増幅効果があるので、医療に役立てているからだ。


「そんな場所が西坂にあるのか」

「神鉱石は化石の層で良く見つかるから、崖とか地表に出ている場所でも採れるんだってさ」


 島は複数の火山によって構成されている。山の噴火と誕生にはバラつきがあり、地殻変動が盛んだった時期がある。診療所のある西坂もそれにより形成され、海岸の断崖絶壁や、神殿を造り上げた初代聖皇の墓が設けられた高台への道など、島のいたる所で複数の色からなる地層を随所で見る事が出来る。

 独特な地形と町並みが相まって、医療目的ではない観光客も島に多く訪れている。


「勝手に採って、大丈夫なのか?」

「神殿は場所を把握してるし、俺はその業者にちゃんと許可取ってる。それに勝手に採った所で、神鉱石ってただ削るだけじゃダメなんだ」


 原石を宝石のように研磨しても、神力に蓋がされている。神鉱石の真価を発揮させるには、神殿の研磨師だけが扱える特殊な技法を施さなければならない。


「例えるなら、満帆に入った麦の袋に小さな穴を開ける感じかな。凄い技法らしいよ。それに島では、採れた石を研磨するには鑑定が必須だろ? 島の鑑定士は神殿と繋がりあるから、盗品だったら即バレる」

「へぇ……かなり徹底されているんだな」


 全く業種が違うため、初めて聞く話にベレクトは感心をした。


「まぁ、免許無くても知識ある奴なら分かるだろうし、裏で他国と繋がっていたら別だけど、島だからねぇ。採れる量も大陸に比べたら、微々たるものだろうさ」

「大陸に?」

「あっちでは魔鉱石や魔力石って言われてる」

「あぁ、奇蹟が魔術ではって話もあるから、そっちもそうか」


 島で〈神力〉と呼ばれている力は、外海の大陸で〈魔力〉と呼ばれているものではないか。

 奇蹟は魔術と同じ系統の術ではないか。

 外殻の学者がそう唱えた。しかし、奇蹟には魔術とは決定的な違いがある。

 魔術は魔方陣や詠唱文があって発動する。良くも悪くも想定通りの動きと現象を引き起こさせる。それは度重なる試作と実験を繰り返した産物であり、魔力を持つ実力者であれば様々な種類の魔術を使いこなせる。

 対して奇蹟はそれに合わせて、術者本人の念じた現象や物の再現が出来る。習性、形状、材質などを事細かに理解し、頭の中で明確に思い浮かべる必要あり、個人差が激しいが可能性の幅が広がる。これによって、独自の医療技術を進歩させてきた。

人種の差を加味し、事細かに調べれば奇蹟の起源を紐解けるだろう。だが医神の神性をはく奪し、信仰に歪みを生み出しかねず、その説は黙殺されかけている。

 ベレクトは、外海の錬金術や魔術で作られる薬について興味本位で調べていた事がある。その際に、この論文が載っている本も読んでいた。視点の広さに驚かされながらも、奇蹟が使えないΩにとっては不要なように思えて、深くは理解せずに終わっていた。


「……土地が異なると石の性質も違うらしいから、やっぱり島以外だと綺麗な石かも」


 若干自信が無くなったのか、フェンは先程の発言を訂正する。

 神鉱石もまた奇蹟と同じく研究が進んでいない為、確かな事は言えないからだ。

 医学は発展しながらも、信仰を理由に力の源やその原理について曖昧になっている。そんな矛盾した医療の島の聖徒が何をしようとしているのか、ベレクトは興味を持つ。


「それで、医者なのに神鉱石を採る目的は?」

「医療用具作り!」


 自信満々にフェンは言った。


「い、医療用具??」


 思いがけない回答に、ベレクトは怪訝そうに彼を見つめる。

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