第6話 そのαの夢

「俺は外殻でΩ専門の産人科病院を作りたいんだ」


 その言葉は、とても重みがあった。


「産婦人科と一緒くたにされるけど、限度がある。Ωの場合、ベレクトのように男性もいるからな。妊娠と出産は男性の場合、女性とはまた違ったリスクが伴うし、どっちにしても性被害者の中絶、性病治療、カウンセリングを安全に行える場所が必要だ。あぁ、あと逃げ場所や隠れ家も必要だな」


 男性のΩは、子宮はあっても妊娠に適した肉体とは言い難い。島の妊産婦の死亡率は、男性のΩが最も高いと記録されているほどだ。現在では帝王切開を行いそのリスクを回避しているが、出産だけが全てでは無い。妊娠、堕胎、性病の治療、性被害者の保護、女性も男性も必要とされるが、少数故にΩは後回しにされ続けている。


「どうして、そこまでΩの肩を持つんだ?」

「そりゃ、Ωの権利蔑ろにされ過ぎだからに決まってるだろ」


 当然のように伝えられる言葉に、ベレクトの心が揺れた。


「第二の性が分かったら迫害みたいな嫌がらせ。障がい持ち産んだら空気扱い。自分ではどうしようもないような問題背負わされて、社会の鬱憤晴らす道具として叩かされるなんて、おかしいだろ」


 流れる様に紡がれた言葉に、神殿でのフェンと彼の母親の境遇が垣間見えたように、ベレクトは感じた。

 島を統治する聖皇は一代前よりΩの人権を守る活動が行われ続けているが、それでも根深くあり続ける価値観と目に見える体質、そして能力の違いに、その溝は全く埋まらない。

 それどころかΩが優遇されていると、より攻撃的な言葉を投げる輩が現れる始末だ。


「正直女性の差別も相当だけど……真っ当な内容を言っても、声出しても、感情的、ヒステリックと馬鹿にされ、〈Ωだから〉で情報を歪曲して、揚げ足取りして処理される現状が気持ち悪い」


 Ω達が声を上げても、全て喉を潰されて来た。


「自分の席が危ないからって、優秀な芽を潰す奴らがムカつく。自分達の思い通りになるように、法整備を迅速に進めるαが腐ってる。被害を受けた相手を非難して、加害者を庇護する社会は変だ」


 学問において優秀な成績を修めようとも、その才に嫉妬したβとαにその体を犯され、未来を断たれたΩは多い。


「加害者の中には治療できる部類もいるけど、再度犯罪に手を染める奴がほとんどだ。なのに、法は加害者に与える罰が軽い。しかも社会は、被害者の権利を守られない。中には、一生ものの傷を負う人もいるってのにさぁ。本当に嫌になる」


 ずっと頭を水に押し付けられ、声を上げる事すら許されては来なかった。

 それを当然のように言えるフェンが羨ましく、ベレクトは何度も頷きたくなる思いだった。


「そりゃ、被害者のふりするクソ野郎もいるけど、そこはちゃんと調べるべきで……あー……駄目だ。頭ん中整理しきれない」


 フェンは長い髪を邪魔そうに掻き上げながら、ため息をつく。


「ともかく! 俺はΩの病院を開く! 開きたい! だから、手を貸してくれる人が沢山いるわけだ!」


 晴れやかでいなが真剣な表情と真っ直ぐな言葉。

 聖徒のαと言っても、フェンは若い。白衣の医療団に所属できるほどの実力を持っていても、新人である事に変わりなく、経験は浅く、権力や立場に力はあまりない。

 病院が建設されるなんて、遠い未来だ。

 けれど彼ならば、と思わせる強い気迫をベレクトはフェンから感じた。


「Ωである俺が居れば、患者も安心するだろうな」

「やっぱり、そうなんだ?」

「神殿のΩがどうなのか知らないが、自分の症状や境遇に共感できる人がいるってのは、心強いんだよ」


 誰が一番先に聖徒のαを産めるのか。神殿でのΩはあまり仲が良くないのが、フェンの何気ない問いかけから伺えた。

 番、もしくは誓約の元で必ず子を産まなければならない。国の象徴、聖徒として避ける事の出来ない重荷に、ベレクトは同情をする。


「ベレクトが優秀だって聞いてるから、Ωと関係なく欲しい」

「おまえ……羨ましい位にハッキリ言うな」


 ベレクトは苦笑すると、小さく息を吐いた。


「直ぐには、決められない。考えさせて欲しい」


 ちゃんとした理由を聞いても、ベレクトは答えが出せなかった。

 医院が出来れば一人でも多くのΩが助かる。魅力的な誘いだと素直に思う。

 甘い言葉には裏がある。αがΩを手中に収めようとしている事に変わりはなく、手放しで了承は出来なかった。


「そうだな。長い道のりなんだ。綺麗事言ったって、賃金や労働環境が分からないままじゃ、判断できなくて当然だ。今度そっちの医院に書類送るよ。それを読んで、考えてくれ」


「わ、わかった」


 ベレクトの警戒心をよそに、フェンはあくまで仕事での結びつきのみで会話を進めている。こちらの弱みを握っているのだから、それを利用しても良いはずだ。だが、フェンはそれをしない。


「よし。そうと決まったら、書類作るために帰る」

「送らなくても平気か?」

「大丈夫。頭の中に島の地図が入ってるから、一人で帰れる」


 フェンはそう言って扉へと歩いて行き、ベレクトは見送る為に椅子から立ち上がる。


「それじゃ、良い返事を待ってる」

「気を付けて帰れよ」


 外へ出ると軽快に階段を降り、フェンはベレクトへ小さく手を振ると、迷う様子もなく歩き出した。

 嵐が過ぎ去り、爽やかな風が吹き抜けていく感覚。

 肩に乗り続ける重荷が僅かに軽くなったベレクトは、部屋の中へと戻った。

 

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