第5話 誓約
「…………ん? あっ、知らないのか! 外殻に無いのは本当だったんだな」
間を置いて、フェンは理解した。
「なんだ? 1人で納得していないで、教えてくれ」
「あ、うん。ごめん。内殻にだけ存在するαとΩの〈誓約〉って関係があるんだ」
彼の言う通り、外殻では一度も耳にしたことが無く、ベレクトはそのまま黙って説明を聞く。
「聖徒って代々その色を持つ人達と、外殻から召し上げられる人達とで別れるのは、知っているよな?」
「当然。島では常識だからな」
「前者は皇族と貴族。彼らは自分達の色だけでなく、次期当主であるαを残さないといけない。αは、αとΩから生まれる確率が若干高いが、生まれるとは限らない。聖徒でしかもΩは希少だから、確率を上げるために番でなくとも確保したいって彼らは考えた。でも、番でない以上は誰かから襲われる危険性がある」
「な、なんだ。そのおかしな考え……」
フェンの言う通り、αとΩとの間にはαの子供が産まれる確率が高い。しかし、時代を経る毎に様々な血が交じり合うようになり、今では番の間にもβが産まれるようになった。その逆として、βの間に低確率であるがαとΩが産まれるようにもなった。
αは総じて能力が高く、医療や薬の偉業は軒並み彼等だった。神殿側が欲する理由も理解できるベレクトだが、Ωの待遇が悲惨に思えた。
「言いたいこと分かるけど、国の象徴として強い立場が必要なんだ。そうでもしないと、聖徒の色を持った人達だけでなく、島自体を守れない。人身や臓器の売買……奴隷どころか歴史上だと、侵略者達によってαとβは宝玉抉られ装飾に、Ωの骨を粉末にして万能薬として売られた……なんて歴史が残されている位なんだ」
この島は城塞都市であり、入り組む町並みがそれを物語る。絶海の孤島であるが、それは何処の大陸とも中継地点として成り立つことを意味している。貿易や戦争のみならず、充分な水源と安定した気候、豊かな海産物や地底に眠る資源、拠点としてだけでなく定住するにも絶好の島だ。故に、多くの国々から侵略の魔の手に晒され続けた歴史がある。
ベレクトも一部始終は学んでいるが、聖徒本人から言われると、より現実味が増す。
神殿には、どれだけの暗い歴史が眠っているのか。想像するだけでも、気分が悪くなりそうだ。
「……そういう歴史や、色んな出来事を重ねて、皇族と貴族のαは、次世代の統率者を産んでくれるΩを守護する為に〈誓約〉って奇蹟を作り出したんだ」
「誓約……」
「Ωが自分の身に危険が迫っていると本能的に感じたら、発動するんだ。襲おうとしてきた相手を吹っ飛ばしたり、軽く攻撃を与えたり、色んな効果が付与される。術式の効力を持続させる為には定期的にαの傍に居ないといけないし、不便な所はあるけどね」
番のいないΩとして発情期は続き、誓約を結んだαとの間に子供を産まなければならないが、地位ある者の後ろ盾と身の安全が保障される。
一般人から召し上げられたΩであれば、貴族階級の待遇が待っている。
相手のαに善心と良識があれば。
飼い殺し。生殺し。そんな言葉がベレクトの頭に浮かんだ。
「その話からして、フェンは俺に何か条件を付けて、誓約を結ぶんだろ? 何を望むんだ?」
善意だけで使って良いような奇蹟では無い。こちらに対価を払わせようとしているのは、見て取れる。身体の関係を持つのではないのなら、Ωに何を求めるのか。
ベレクトは気になり、問いかけた。
「俺の作る病院の薬剤師になって欲しい」
「びょう、いん……?」
Ω相手に取引をしようとするものは、大抵体の関係を求めてくる。若いαとなれば、Ωでなくとも相手をとっかえひっかえるなんて、外殻ではよくある話だ。権力者の家系なら猶の事だ。
フェンの会話や仕草からその様子は見受けられなかったが、ベレクトは身構えていた。
なので、予想外の条件を聞き、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「悪いが、それは……出来ない。俺は診療所で働いているんだ。そこの先生は恩人で、恩を返したい」
聖徒のαの頼みとは言え、自分の生命線を守ってくれた恩人の元を離れるなんて、ベレクトは考えられなかった。
「知っているよ。西坂にある小さい診療所だろ? 俺、そこの先生と知り合いだし」
「なっ!?」
ベレクトはさらに驚き、目を丸くする。
「会合や研究発表会で時々会うんだ。最近、俺と近い年頃の優秀な子が薬剤師になったって話してくれた。俺が薬剤師探してるって話したら、候補に入れて欲しいって頼まれたんだよね」
「ぐ、偶然が重なったとはいえ、俺より優秀な薬剤師は幾らでもいるだろ」
Ωで無くとも、誓約が無くとも、引き入れようとしていた。才能ある者を手の内に入れたいのは理解できるが、神殿内ならより高度な技術を持つ薬剤師が居る筈だ。
「外殻じゃないと、意味がない」
フェンはきっぱりと言い切る。
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