極魔無双の最強賢者、千年後の世界では自重しない

風遊ひばり

第1話

 勇者様──

 大賢者――

 神の御使い――


 俺を呼称する二つ名は、いくらでもあった。

 そのどれもが俺の強さを称え、畏れ、敬うものであった。


 俺に崇拝の目を向ける者は、何も人間だけではない。

 たとえ気高い獣人であろうと、厳格なエルフであろうと、果ては天使や魔族であろうと、俺に向ける目には畏敬の念が籠っていた。


 それもそのはず。

 この世界には魔法でも、剣でも、武術でも、あらゆる分野で俺の右に出る者はいなかったのだから。



 この世界の魔法は、全て『魔導書』を介して行使される。

 この世に同じものは二つとしてないと言われるほど多様な『魔導書』が存在しているが、大元を辿れば『魔導書』のタイトルは十四種類である。


 人間の罪の根源となる『傲慢スペルビア』、『強欲アワリティア』、『色欲ルクスリア』、『嫉妬インウィディア』、『暴食グラ』、『怠惰アケディア』、『憤怒イラ』の7つ。


 そして人間の美徳である、『謙虚モデスティア』、『寛容インドゥルゲンティア』、『節制モデラティア』、『純潔プドゥリシア』、『忍耐パティエンティア』、『慈愛ドゥルキシア』、『勤勉アシドゥシア』の7つ。



 存在するすべての『魔導書』はこれらのタイトルのいずれか一つを持っており、その所持者はそのタイトルに沿った魔法を行使するのだ。


 呪文を詠唱する『詠唱法』や、魔法陣を描いて魔法を使用する『魔法陣法』、指や視線の動きで発動する『トリガー法』など、魔法の使用方法には様々な方法があるが、いずれも、『魔導書』に書き込んだ術式プログラムを起動させ、望む結果をアウトプットすることには変わりない。


 つまり、如何に物事を深く研究し、如何に有効な術式プログラムを構築するか。それがその人物の強さに直結すると言っても過言ではないのだ。



 俺が『神』扱いされるまでに至った理由は一つ。

 この世界で唯一、2つ以上の、それも14種類全てのタイトルを持つ『魔導書』を作り上げたからだ。


 その名を、魔導書『真理を覗く者ヴェリタスイデア』。


 『真理を覗く者ヴェリタスイデア』は、この世界で起こり得る事象の全てを術式として網羅した、まさに俺に相応しい魔導書と言える。


 七つの大罪と七つの善徳を総括することは、世界の真理を理解することと同義。


 『賢者の石』を生成した頃から、『大賢者』との呼び名が広まった。



 剣の才能は幼少の頃から開花していき、気が付けば僅か18歳で王国が誇る聖騎士団の団長に抜擢されていた。


 大量の魔物から、国を守ったのは一体何度あったことか。魔王の右腕とも言われたドラゴンを倒した時には、国を挙げて英雄ともてはやされた。


 結局俺は魔王を討伐した後、名実共にこの世界の王となり、平和な世界を築いた。



 俺の前に歴史は無く、俺の後ろに歴史は紡がれる、とまで言われた俺の原動力の源は、ひとえ未知への探求心・・・・・・・であった。



 どれだけ歳を重ねようとこの探求心は衰えることを知らず、むしろ晩年の頃が最盛期だったと言っても良いほどだ。


 あの海の底には何があるのだろうか。

 この星の中心には何があるのだろうか。

 生物や魔法がどのようにして生まれたのだろうか。


 『俺』という存在は何を以て定義されているのだろうか……



 歳を重ねるごとに、ある考えが募っていく。

14のタイトルを網羅し、魔王を倒し、『真理を理解した』と豪語した若かりし頃の自分が、余りにも幼稚に思えて仕方がないのだ。自分という存在すら碌に理解していなかったというのに。


 俺は延命の魔法まで用い、その後の人生を全て研究に費やした。


 その一環として修練していた魔法の腕も武術も、魔王を倒した頃とは比べ物にならない程に極まっただろう。しかし、それを後世に残す時間すら勿体ない。


 この世界を全て理解するのには、時間が足りなさ過ぎたのだから。


 延命の魔法を使うには肉体も魂も限界に近づいた頃。ようやくの思いでこの世界のことを全て理解した俺は、一人静かに絶望・・した。



 千年近い年月をかけて俺が理解したこの世界は、あの空のさらに上空、無限に広がる『宇宙』のほんの一欠片に過ぎなかったのだ。


 しかも、その『宇宙』すら、無限に分岐する並行世界の一つに過ぎないのだと。



 度重なる延命魔法により、肉体も魂も既にボロボロ。

 今から『宇宙』の遥か最遠部まで理解するにはとてもじゃないが時間がない。

 もはや、不可能―――



「クソが……」



 誰の侵入も許さない研究室のベッドの上で一人呟いた。頭は覚醒しているのに、身体が言うことを聞かない。



『これ以上の延命は不可能です、マスター』



 俺の呟きに答えたのは、人工の人格を付与した相棒、魔導書『真理を覗く者ヴェリタスイデア』である。


 人間の感情や思考、そういったものを全て数式化し、術式として魔導書に組み込んで生まれた実体のない意思だ。俺は『イデア』と呼んでいる。


 俺の一番の理解者だが、だからこそ、イデアが口にした『不可能』という言葉が俺の心を抉る。何より、頭の片隅で『そうかもしれない』と考えてしまった自分に腹が立った。



 ふざけるな。

 不可能?

 そんなこと、あってはならないのだ。



「……イデア、『転生魔法』の準備だ」


『そう言い出すのではないかと思っていました。既に完了しています』


「はっ、流石俺の相棒」


『…………』



 イデアが制御する『転生魔法』の魔法陣が、俺を包み込む。


 期待に胸が高まり、久しく忘れていた興奮が呼び起されるのを感じる。

 そんな俺を見て、イデアは何かを言いたげだ。



「イデア?」


『転生魔法の成功確率は、私の計算では限りなく100%に近いです。……ですが、今までに転生魔法の行使の記録はありません。どんな副作用があるかなど、全く不明です。その、つまり……』


「……心配してるって訳か。まさか、イデアもそんな感情を持っているとはな」


『私をこんな風にしたのはマスターです。……私はいつもマスターに教えてもらってばかりで、マスターに何も返していません。転生して真理にその手が届いたとき、私はマスターに捨てられるのではないかと……』


「……」


『……お願いがあります、マスター』


「なんだ?」



 ずっと隠してきた本心を打ち明けた後、数秒の沈黙の後にイデアは静かに言葉を紡いだ。



『マスターが再び生まれ落ちるまで、私はもっとマスターに相応しい魔導書になるよう研鑽を重ねます。ですから、転生して新たに生まれ変わっても、私をマスターの魔導書モノにしてください!』



 何百年と共に生きてきたイデアの、初めての我儘に思わず目が点になった。


 そして、思わず笑いが込み上げてくる。

 イデアに言われずとも、俺の答えは決まっているのだから。


 『転生魔法』の魔法陣は更に強い光を放ち、もう間もなく転生が始まることを示していた。



「何を当たり前のことを。俺が俺である限り、お前は俺の魔導書だ、イデア。拒否は許さん」


『あぁ……なんと傲慢で、強欲で……慈愛に満ちた言葉でしょう……。私は安心しました。では参りましょう、未来へ!』



 イデアの弾んだ声と共に、視界も、意識も全て白く塗り潰される。


 待っていろ、宇宙の真理よ。

 待っていろ、並行世界の真理よ。

 俺とイデアが手にするその時まで―――

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