第28話 共生:檎母龍?
『────何を愚かなことを、と思わぬと言えば嘘だな』
聞こえてきた声に肺が口から飛び出そうになる。悲鳴を挙げそうになって足の力が抜けそうになった私を、ヒースさんが慌ててひきよせた。
「マナミ!」
『ああ、すまぬな。……
先ほどまで細められていた黒く美しい瞳は澄んだ輝きを私たちに向けてくる。
「え……それじゃあ」
『無論、譲れぬ一線はある。精霊を崇める人間という存在を愚かと断じる思考が消えたわけでもない。……だが、それを人という種すべてにぶつけるのは些か狭量だと判断したまでだ』
「…………っ!!」
火のエーテルが渦巻く空間だというのに、ずっと緊張で凍えていたのでしょう。
一気に身体が芯から暖かく、熱くなってきました。
……あとから思えば、その黒い瞳の奥の冷えに気が付けたはずなのに。
「あ、あり。ありがとうございま、っ」
ろくに言葉も紡げない私に喉元の鱗が小刻みに震える。
『ふふ、礼は不要だ。代わりに……その子を頼んだよ』
「えっ、」
その言葉に思わず顔をあげた時にはもう、ドラゴンの鼻先は
『それで、これはどうやって使うんだい?』
「あ、これはですね……っ」
マザーの問いかけに書状を取り出して広げる。ここに来る前に教えてもらい、ドラゴンの眼前に広げた。
「ええと、この状態で呪文を……
ここに来る前に教えてもらい、山の中腹で何度も唱えたのと同じ響きをそらんじる。書状から魔法陣が浮かび上がり、輝きを放ったままドラゴンへと吸い込まれていった。
たどり着くまでの道のりは遠かったのに、こうして変化を起こすのは一瞬で、それでいてささやかなものだ。私には見ることすら出来ないけれど、確かにそこには変化がある。
「……どうですか。
『魔力の質の変化はたしかにある。違和感はないが……不快感はないね。先にその子の魔力の変化を見ていたからかもしれないが』
そう言って鼻先をヒースさんの方へ向ければ、彼もまた手を伸ばして応えるようにドラゴンの鼻先を撫でる。その光景に──どうしてでしょう、急に独りぼっちになったようなもの寂しさを感じてしまったのは。同じくらい、いえ。それ以上の安心も胸の中をおどっているのに。
「そう、ですか。……違和感がないのなら良かったです」
首を一度だけ振って、笑顔を口元に浮かべる。そう、よかったのです。だってこれで、傷つく人も動物もいなくなる……!
強い風が熱をもって肌をこがす。
遠くから聞こえてくる砂をこする音。朝陽が反射した銀が、騎士団の到来を告げていた。
「ヒース、マナミ。……全く、リュミエルから話を聞いたときには何を血迷ったかと思ったが……」
「メッドさん……!」
その先頭を歩いていたメッドさんはいつものアメジストの瞳を細めてこちらを睨みつけている。けれども厳しく眉間によっていたしわは、すぐに解かれた。
「……無事なようで、ひとまずは何よりと言っておこう。で、
「無事成功……した、と思います」
『そうさな。人の子をこの至近で見ても、憎悪で胸が焦げないのは不思議な心地だ』
「ぎゃっ!!」
メッドさんらしくない大きな悲鳴が聞こえてきた。
とっさに抜きそうになった剣を、ヒースさんが柄に手をかけて押しとどめた。
「メッド、斬るな。説得済だ」
「あ……あああ。ああ、分かってはいるんだが、その、心臓に悪いな」
「それはどういう意味でだ」
「魔獣らしき存在が言葉を発しているのに決まっているだろう。しかも四大魔族の一柱と来た!」
メッドさんの言葉にヒースさんが渋い顔を浮かべる。……リュミエルさん以外の騎士の人たちは、ヒースさんの正体を知らないのでしょう。他にも数人の顔なじみたちがヒースさんや私に声をかけたり、来るまでに見かけたドラゴンの話を興奮気味に語っている。
そして最後に現れたのが──リュミエルさんだ。
「や、二人ともお疲れ様。先行組の笛が聞こえなかったってことは、
「お疲れさまです。はい! 無事に
「……ディノクスとやらの力は認めてもよさそうだ」
「そうだろうそうだろう。何せ国が誇る宮廷魔導師だからなぁ」
強い熱風が吹く。暑く、熱い。
うだるようなその風の正体を知ろうとするように私たちの視線はそちらを向いた。
「…………どうしたんだ、マザー」
「
『…………貴様』
その顔は一点を見据えていた。真っ黒いはずの瞳はその奥に緋色を滲ませ、穏やかに上がっていた口角は今や牙を見せ唸り声を立てていた。
彼女の憎悪にも似た激しい感情は、他のどの人間でもないリュミエルさんへと向けられていた。金色の青年は笑みを消し、凪いだ表情でそれを見返す。
「やぁ、はじめまして。智に気高き竜の母よ、お会いできてこうえ」
『その姿と魔力で囀るな。おぞましきものよ』
リュミエルさんの言葉をさえぎって低い声が響く。ひ、と口から悲鳴が零れたのは間違いなく私だった。
「マザー、リュミエルは」
『
「正体……?」
目の前のドラゴンが何に憤っているのか、ヒースさんにも見当がついていないのでしょう。首を傾けた彼を一瞥すらしないまま、轟々と口から煙を吐き出した。
『未だ人の身の内にあるようだが、我が眼は見逃さぬぞ。忌々しき精霊の王よ!』
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