檎母龍編
第21話 祭りの終わり
ヒースさんが私に恩がある。全く心当たりのない言葉に目を瞬かせる。けれどもその意味を尋ねるべく口を開こうとしたとき、よぎった暗い影に視線は自然と上を向いた。
「えっ……?」
「…………!!」
そこにいたのは物語に出てくるようなドラゴンだ。硬質な皮膜を翼として広げ、上を旋回している。鋭いかぎ爪は空を飛んでいる状態だからか折りたたまれていた。いつものように喜ぶことが出来なかったのは、随分上を飛んでいたからでも、どこか威嚇するように炎を吐き出していたからでもない。
そこにいたドラゴンはざっと数十、数百を超えていた。本来は人以上に大きいであろう姿は人差し指とさほど変わらない大きさで、数だけで空を埋め尽くしていた。これまで出会った魔獣たちのような感動とは異なる。背筋を震わせるような畏怖が胸の内を覆う。
その内の数体が、旋回して王都へと近づいてくる。鼻先からあふれた炎が、この後に起きるであろう悲劇を予期させて背筋が冷える。私を庇うようにヒースさんが抱き寄せた側とは別の手で剣を抜く。肺を膨らませながら、ドラゴンたちの背中が勢いをつけて反りあがり──。
「おっと、うちの王都を荒らすのはやめてもらおうか」
指を鳴らす音とともに放たれたドラゴンの炎は、硬質なガラスのようなものが防ぐ。激突したドラゴンが呻き声を鳴らすのが、はるか上空でも見えた。
「……リュミエル。お前どうしてここに」
「ヒースにマナさんこそ。俺は王都を散策してただけだけれど……どうやらそれどころじゃなくなったようだ。ヒース、メッドにはもう中隊をまとめるように連絡しているから合流を。マナさんもヒースから離れないように」
「あの……これはいったい何があったんですか?」
ルーンティナというこの世界についてまだ知っていることは少ない。それでも明らかな異常事態。こちらに突撃する竜はいないものの、それでも彼らの影によってまだ空は暗い。
その中でも普段とさほど変わらぬ笑みを浮かべながら、リュミエルさんはこともなげに言った。
「どうやら、復活したようだ。──かの四大魔族の一柱、
◇ ◆ ◇
ディノクスは苛立たし気に腕組をしている右腕を指先で叩く。先ほどまでの祭りの浮かれた空気は霧散し、部下である魔導庁の者と王都を守る魔法騎士団の大隊長が議論を交わしあっていた。
少し離れた場所での会話が堂々巡りの末に掴み合いに発展しかけた時、大きく扉が開く音が響く。次いで、それ以上に朗々とした男の声。
「失礼します。魔法騎士団第十七中隊中隊長、リュミエル=クアンタール。国王陛下の勅命により推参しました」
「おお、リュミエル……!」「彼があのソルディアの……」
彼を見知る者も見知らぬ者も。その名を聞けばすぐに理解したように道を開ける。ディノクスの傍らの玉座に腰かけていた国王が、彼の姿を見て重々しく頷いた。
「すでに事情は理解しているだろう。王都の空は今や
「原因ならばすでに判明しております」
リュミエルの静かな声に周囲は沸き立つ。さすがソルディアの中でも
──あのバカ、全然表情が変わってないじゃないの。
扉を開けた時から変わらぬ笑みを張り付けている。ああいった時のリュミエルは大抵が最悪だ。最悪を見据えている。
口元に静かな笑みを携えたまま、金の青年はとあるものを取り出した。魔力を使って作られた魔法具は、四つの針が糸から吊り下げられている奇妙な形をしている。その内の一つは完全に針が折れ、二つは沈黙。そして紅色をした針が奇妙に揺れ動いていた。
その魔道具の正体を知っている者たち──騎士団の中でも中核を担う者たちと、そして国王の顔色が変わる。
「これは俺がかつて四大魔族復活の折に作った魔法具。彼らの魔力や封印状況を探知するものです。そして紅は、
「………………四大魔族が、復活」
絶望に満ちた声は、すぐに転じてさざめきとなり央にいるリュミエルへと視線を集める。かつて復活した四大の内、一つの柱に対処し、一つの柱討伐に多大な貢献をした男。どうしたって期待は寄せられる。
「リュミエル」
「はい。何でしょうか、国王陛下」
先日
「リュミエル=クアンタールよ。
「畏まりました」
朗々と国王の声が部屋中に響く。王はそのまま、視線をこちらへと向けてきた。
「ディノクス=ユエ宮廷魔導師。お前は騎士団長と連携し王都及び国内の街村の被害の確認及び対処を行うように」
「……承知いたしました」
──先日に出会ったあの
そんな想像がふと、ディノクスの脳裏をよぎった。
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