第20話 捜索の一幕(ヒース視点)
王都は大通りこそ広く整然としているが裏通りはひどく入り組んでいる。遥か昔、魔獣と人が争っていた頃に魔獣たちの進行を防ぐべく、迷路のような造りをしているのだと。
──空を飛び襲いかかる魔獣も多いというのに。無意味なことだ。自らもまた魔獣の、否。魔族の一翼であるヒースが王都に足を踏み入れた時、真っ先に思ったのは憐憫にも似た感情だった。
けれども今は本来ある翼を広げることは叶わない。人の少女と二人、細い道を迂回し、有象無象が振り返る人の波を縫うように駆ける。
「ヒ、ヒースさん……!
迷いない自らの足取りに必死で着いてくる少女は息を切らしていて。途絶え途絶えに聞こえてきた声に足取りを緩めて返事をする。
「
「なるほど……」
動物の生態には詳しい彼女も、その言葉に納得したのだろう。目を丸くしながらも本当にわずかに、少女の足取りが早まった。……が。
「無理はしなくていい。……先ほどから今まで駆け通しだったのだから。体力も限界に近いだろう。ここで待っていてくれ」
今度は逆にこちらが足取りを止める。俯きながら肩で呼吸を整える少女は姿勢を見ても動きなれていなさそうだった。
けれども唇を固く引き締めて、幾度も首を横に振っていた。腕の中の黒い毬に似た生き物たちが、プイピィと彼女を見上げて鳴いている。
「いいえ……いいえ。私も、行きます」
「だが」
「一人で行くよりも、二人で探す方があの子も早く見つかるはずです」
俯くマナミの表情には焦りが見えた。脳裏によぎった疑問は、けれども続く言葉を聞いて霧散する。
「さっきはサリアさんのサポートと……何より、リュミエルさんがそういう場所を提供してくれたから、ここの皆さんも好意的にあの子たちを見てくれていました。
でも……一頭だけで歩いていたら、危ないと思った人が何かをしない保証は、ありません」
早く見つけてあげたいんです。
普段は気おくれからか俯く姿も多い彼女がこちらを見据えてくる。黒曜石のような輝きに止まりそうになった、呼吸の感覚を呼び戻してから首を縦に振る。
「分かった。ただ──」
「え? ……きゃっ!」
それでも疲れている彼女をこのまま走らせるわけにはいかない。ならば自分が抱えればいい。
「…………軽いな。ちゃんと食べているのか?」
「たっ、食べてますし軽くはないですよ絶対!」
「軽いだろう。ガウスやスクラウドに比べたらずっと」
「〜〜っ、うれしくありません……!」
腕の中で足をばたつかせてもがくマナミを抱きかかえなおす。こうして改めて実感することとして、小さくて柔らかくて脆い。同じ女性であるはずのサリアよりもずっと。
「無理はするな、疲れているのだろう。目的地に近づいたら降ろす」
「……人の気配がしても降ろしてください……」
「了解した」
消えいりそうな声を聞き取って大地を蹴る。本来の姿と翼を使うよりはずっと遅く、不自由だ。けれども悪くはないと思うのは、腕の中にある存在のためか。
──そういえば、天馬のように誰かを乗せて飛ぶことなどなかったな。
再会した少女が天馬にはじめて乗った感想を話していた、高揚とした響きがふと脳裏に過ぎった。
◇ ◆ ◇
「ぷぃぁ!」
「…………いたな」
「よ、よかったぁ〜……」
目的地である小川付近まで辿り着けば、探していた
手も足もない代わりに軽い自重は勢いよく縮んで上に力を込めると飛び上がる。マナミの足元に元気よく飛びついた
「もう……急にいなくなっちゃったらびっくりするよ」
「プ!」
「元々いた場所に似てるって言ってたし、故郷が懐かしくなっちゃったのかな?」
「………」
「そういえば、このイベントが終わったらこの子たちはどうするんですか? ヒースさん。……ヒースさん?」
マナミの不思議そうな声が聞こえてくるが、唇がうまく開かない。今の言葉とかけだす前に聞こえた言葉が、こだまのように脳内に反響していた。
「マナミは」
「はい?」
「……マナミは、残るつもりなのか? ここに」
先ほどもそうだった。残りたいのならと、残ることを選択肢に入れている言葉を聞いた瞬間、視界がさざなみのように遠くに引いていた。そうでなければ
問いを投げかけた少女は笑おうとして口が中途半端にひきつったまま、視線を腕の中の黒い鞠たちへと落とす。
「……実のところ、悩んでます。動物と関わる仕事を将来したいと思ってるんですが……お母さんは反対みたいで」
勉強するならもっとお金を稼げる仕事を探しなさいって怒られちゃって。不格好に笑う姿は痛々しさの方が強い。
「友だちもいないし、応援なんて誰もしてくれてないんです。危険もある帰り道を選んで、戻った先を考えてしまうと、悩んでしまって」
「……だが、この世界は同時に魔獣への偏見が強い。お前がこれまで見てきたように」
騎士団の……リュミエルが統括している彼らへの嫌悪はヒースも薄い。だが、彼らですら魔獣に対しては忌避意識を持っている。
「それでも、こうやって交流の機会があれば変わっていけるものもあると思いますし……変えられたら嬉しいと、私も思いますから」
それを願いにできるんじゃないかと思うんですと、花のように笑うマナミに向けている自分の顔が分からなかった。
「……俺は、いつかお前が元の世界に帰るものだと思っていた」
そう呟くと、少女の顔が歪む。
「──迷惑、でしたか」
「っ、違う」
マナミの腕の中にいる
「ただ、それが一番力になる方法だと思ったからだ。俺はマナミに恩がある。それを返せればと……」
「…………恩?」
一瞬の逡巡が脳裏によぎる。自らの正体を明かすことによって、彼女が自分を見る目が変わらないか。けれども、それは彼女に報いるより優先することではない。ならば何を隠すことがあるだろうか。
唇を開いたその時、怒りにも満ちた咆哮と黒い影が空から差し込んできた。
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