第19話 共存:鞠土竜

「あらヒース。警備の方はどうしたのよ」

「休憩だ。今はガウスとスクラウドが立っている。メッドはリュミエルを探しに行った」

「どっか行ってるのねあの人……」


 サリアさんは元々中隊の中でも誰かに臆するようなことはないけれども、それはヒースさん相手でも変わらない。気安いやり取りが二人の間で交わされるのを、いったい私はどんな顔をしてみていたのだろう。


「……マナミ。どうした、疲れているのか?」

「えっ。い。いえ、疲れてなんていませんよ……!?」


 ヒースさんの言葉に慌てて首を横に振るけれど、彼にそう言わせてしまうくらいに顔色が良くなかったのだろうか。こちらへと歩み寄ってくる彼の顔がどうにも見れなくて、思わず地面へと視線を落とす。


「プィ」「ぷぅ」「パェ?」


 周囲を駆け回っていた毬土竜フロウクスが不思議そうに私とヒースさんの周りへと近寄ってきて、飛び跳ねたり足をよじ登ろうとしてくる。

 その光景をじっと見つめていたサリアさんが、一度しばたかせた瞳を細めたのに私は気づかなかった。


「ふぅん……ねえヒース。マナちゃんも朝からずっと準備とお客さんへの声掛けで疲れてるから、休憩に連れ出してあげてくれない?」

「えっ!? さ、サリアさんだってそれは一緒ですし……」

「あら? 心配しなくても普段から騎士として鍛えているもの。これくらいへっちゃらよ。それより折角のお祭りなのにずっとここにいるのも勿体ないわ」


 お祭りの様子が気にならないといえば嘘になる。けれどもサリアさんを残してとは……。踏ん切りがつかないまま口を半開きにしてサリアさんとヒースさんを交互に見る。ヒースさんは視線を一度下に向けてから「分かった」と頷いた。


「い、いいんですか?」

「もちろんだ。……サリアを気にかけるのなら、毬土竜フロウクスを何頭か外に散歩ついでに連れ出してやればいい」

「あ、それは助かるわね。見なきゃいけない範囲が減るわけだし、ここの宣伝にもなるものね」


 でも紐とかどこにつなげればいいの? 土属性の術式を紐の先端にかけておけば、好んで彼らは紐を噛んだまま歩く。着々と一緒に毬土竜フロウクスを連れ出す散弾が整ってきていた。


「よし。これで準備は大丈夫だな」

「はっ、はい。……えっ、本当に行くんですか!?」


 振り返ったヒースさんに咄嗟に声をかけた時にほんのわずか眉が下がった理由は分からない。


「……マナミがもしも望まないというなら、無理にとは言わないが」


 けれどもヒースさんの沈鬱にも聞こえる声を聴いて、否やというわけがない。


「い、いえ! 私は嬉しいですし助かります、け、ど……」


 勢い余って変なことまで口走ってしまった気がする。頬が熱くなり唇をもごつかせていると、軽い衝撃で半歩足が前に出る。


「全く。いいから休憩に行ってきなさいな。私はその後交代で取らせてもらうから。マナちゃんははじめての、ヒースは二回目のお祭りなんだから楽しんでらっしゃい!」


 気風のいい笑みにそのまま背中を押されるように、私たちはブースを後にすることになった。



 ◇ ◆ ◇



「プァ」「ピぇ」「キュイ」「ピ」

「あ、とと、」


 連れ出した毬土竜フロウクスは全部で四頭。どの子も好奇心旺盛な子だ。

 紐をくわえたまま突然駆けだしたり、出店の内容を興味深く覗いて動かなくなったり。そのたびに真奈美もヒースさんも駆け出したり止まったり。

 時たま紐を離して飛び出そうとする毬に対してはヒースさんが小さく低音を鳴らせばハッとしたように紐をくわえ直していた。


「……すごいですね。ヒースさんの言ってることが分かるんでしょうか」

「魔獣は皆一定以上の知性と、魔力の流れに従う本能がある。……音の波動に魔力をのせることで、その意図を介しているんだ」

「それでもこんな風にパッて動いてくれるなんて、信頼されているんですね」


 よく訓練された動物と訓練士のやり取りを見ているようだ。尊敬のまなざしで見上げれば、ヒースさんは目じりを少し赤くさせながら視線を空に彷徨わせた。遠くに打ちあがった花火へとルビーは自然と向けられる。


「それは……たまたまだ。マナミこそ魔獣に懐かれているだろう。今だって毬土竜フロウクスが」


 彼の言う通り。好奇心旺盛な子たちながらも、私が少し別の道へと行こうとすると慌ててその後をついてきたりする姿が何度も見受けられた。おかげで私たちを見た街の人たちも好意的な視線を向けてくれている。


「そうですね。なんでかは分かりませんけれど、嬉しいです」

「魔獣に好かれることが?」

「魔獣に好かれることもですが、私と魔獣が仲良くするのを見ることで、街の人たちが嬉しそうにしてくれるのが」


 その答えは予想からわずかにそれていたのだろう。ヒースさんがわずかに首を傾げたのが見えた。脳裏によぎっていたのは、先日のディノクスさんの依頼で森に行った時のこと。


「リュミエルさんが、言っていたんです。ここに残りたいのなら願いを持ちなさいって」

「……ここに、残る?」

「はい。戻るのにはリスクがあるから、残る選択肢はあるって。でもそうするなら、多分私がここで何をやりたいのか考えろって言いたかったんだと思って」


 足を止めるヒースさんに合わせてこちらも足を止め、ルビーの瞳と向き合った。


「私、やっぱり動物が好きなんです。ここで出会う魔獣たちも同じで。だから少しでも、彼らと人が仲良くなるお手伝いができたらなって思います。それが願いに出来ればとも」


 犠牲になる魔獣など見たくないと言ってくれたヒースさん相手だから、その思いを素直に口にする。その反面、困惑したような表情でヒースさんは薄く唇を開けては閉じた。


「……マナミは」

「はい?」


 ヒースさんが眉間にしわを寄せたまま何かを言おうとした瞬間、離れたところで「プィ!」と鳴き声が聞こえる。……離れたところ?


 ヒースさんと全く同じタイミングでそちらを振り向けば、連れ歩いていた四頭の内一頭の毬土竜フロウクスが塀をいつの間にかよじ登り、そのまま向こう側へと飛び降りた。

 姿を消してしまった魔獣……思わず顔を青ざめる。


「え、え……あっ、どうしましょう!」

「追うぞ、マナミ!」

「プゥ」「パゥッ」


 飛び跳ねていた残りの毬土竜フロウクスたちをヒースさんがまとめて抱えあげ、駆け出す。残された紐をわたわたとまとめてから、慌ててその後を追うこととなった。

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