第18話 ふれあいのひと時

 青空に華やかな花火があがる。魔法で打ち上げられているらしいけれど、その色どりは元の世界と何も変わらない。大通りの両脇の建物は閉まり、その前に華やかな色どりの店舗が立ち並んでいた。


「ピゥ」「プゥ」


 半ばに入った風船を鳴らすような気の抜けた鳴き声が、柵の中のあちこちから聞こえてきた。真奈美が見渡せば手のひら大の黒い毛玉のような生き物が、足元にすり寄ったり地面をひっかいて遊んだりと思い思いにすごしている。


 毬土竜フロウクスと呼ばれる彼ら。地面に穴を掘って暮らすと言っていたからてっきりモグラのような見た目を想像していたけれど、それよりも幼い頃に見たアニメで、こんな真っ黒な生き物がいた気がする。目をしばしばとさせるたびに白い瞳が見える辺りそっくりだ。


「わぁ! 毬土竜フロウクスだぁ、ねえねえお母さん。こんなとこに毬土竜フロウクスがいるよ!」

「こらっ、不用意に近づくんじゃありません。落とし穴に落っこちてしまいますよ」


 少し離れたところで母子の会話が聞こえてくる。息を吸って、吐いて。もう一度吸ってから声を出す。


「こ、この子たちは危なくないですよ。ほら、こんな風に一緒にいる地面を歩いても危なくありませんし!」

「本当かしら……」


 ぎこちなく柵の中を歩くと、好奇心と不安がないまぜになったような母親の顔が見える。柵の出入り口を守ってくれているサリアさんが見惚れてしまうような快活な笑みを浮かべる。


「こちらの毬土竜フロウクスはかのソルディアに所属しているリュミエル中隊長手ずから黎属れいぞくの術式をかけた子たちですから。万一のことが起こらないよう、私たち騎士団も配置されておりますし」

「そうなの! あのリュミエルさんが……ならちょっとくらい大丈夫かしらね」


 顔を見合わせて笑顔を浮かべた二人は、柵の中へと入ってくる。好奇心旺盛な毬土竜フロウクスがちょこまかと足元を歩き回るのに小さな歓声が上がった。


「サリアさん、フォローありがとうございます……」

「大したことは言ってないわ。マナちゃんこそ最初の時に比べたらぐっと良くなってるわよ」

「ならいいんですけれど」


 毬土竜フロウクスを撫でて楽しんでくれている親子の姿を見て、それから同じように柵の中で観察をしたり、追いかけたり、思い思いに魔獣と仲良くしている人々を見て、肩の力が自然と抜けるのを感じた。


「ほら。自信持っていいのよ。この催しはマナちゃんがいたからこそ出来てるんだから。そうでなきゃ中隊長ってば、ここの展示放置してた可能性もあるしね」

「さ、さすがにそれはしないと思いますが……」

「甘いわね」


 人差し指を左右に揺らすサリアさん。──こっちの世界でもこういった仕草をするんだなぁとマナミは不思議な気分になった。


「私もそこまで長いわけじゃないけど、高い頻度ですっぽかすのよ。ヒースが入った年に至っては見回りの仕事も私たちに任せて……まあ、四大魔獣討伐が終わって間もない頃だったから、さすがの中隊長も疲れと周囲の目が気になったんだろうってその時は皆飲み込んだけど」


 前にも少し聞いた単語が出てきた。グリフォンをリュミエルさんが討伐した時の話だろうか。それと同じくらい気にかかったのは。


「……ヒースさんはサリアさんより騎士団の在籍歴は短いんですか?」


 先日の森でもヒースさんがお祭りに参加するのは二回目と話をしていた気がする。リュミエルさんとメッドさんと、三人合わせての印象があったから少し不思議な感じだ。


「ええ。二年半くらい前かしら?隊長がどこかから拾ってきたのよ」

「拾って……そういえば、ディノクスさんもそんなことを言ってました」


 ぷぅ、ぷぅと鳴き声をあげて足元に近づいてきた毬土竜フロウクス。しゃがんで腕を広げれば、待ってましたと言わんばかりに腕に飛び込んできた。


「ええ。当時はリュミエルが小隊長になって間もない頃だったわ。四大魔族の一柱を討ち倒したのと同時に消息を絶って、戻ってきた時に連れてきていたのよ」


 当時のことを思い出したのかサリアさんが眉を顰めるが、毬土竜フロウクスと触れ合っていた夫婦が柵から出るのに気がついて朗らかな笑みを浮かべなおした。

 真奈美も彼らに頭を下げてから、再びサリアさんを見上げる。


「そうだったんですね……その前は何をしていたんでしょう」

「さあ……リュミエルは傭兵もどきみたいに言ってたけど。気になるのならマナちゃんから本人に直接聞いてみたら?」

「えっ、」


 肩が大仰に跳ねた自覚はある。サリアさんの楽しげに細まった瞳に心臓が波打った。


「そ、そんな。ヒースさんにいきなり事情を聞くなんて失礼かなって」

「あら、そんなことあいつも言わないでしょ。騎士団でもリュミエルとメッド以外とあんまり交流しないのに、マナちゃんのことは特に気にかけてるみたいだし」


「……サリア。マナミを困らせているのか?」


 聞こえてきた声に今度こそ心臓が大きく跳ねた。止まっていないのが奇跡的だ。

 ぎこちない動きで首を回せば、そこには噂の主であるヒースさんが立っていた。

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