第14話 大老の森林
私が倒れていたとリュミエルさんが言っていた森は、大老の名の通り大木が立ち並び生い茂る見通しの悪い森だ。風哭きの林は低木が多く陽光も多く差し込んでいたけれど、こちらは幹が絡み合い上に横に伸びており、ほとんど日の光を吸い込まない。
今の時間はまだ太陽が昇る道中だというのに、すでに数メートルも先は視界も不明瞭だ。
「この暗さだと周りを見るのも大変ですね」
「そうだな。マナミは下がって……」
「もし近くの動物を見逃してしまったらどうしましょう……」
「そっちかぁ!」
音が鳴らない程度に手を叩いて笑うリュミエルさんと、メッドさんのため息で考えていたことが口から漏れたことに気が付いた。
メッドさんが口を開きかけたが、それよりもディノクスさんが口を開く方が先だった。
「警戒心が薄いのは彼女が来たっていう異世界に魔獣がいなかったってことかしら?」
「おそらくね。で、彼女を帰すための手段についてお前の意見を聞けたらなって思ったんだよ。宮廷魔導師殿?」
「はっ、ソルディアの傑物に頼られるなんて冥利に尽きるけど……ねぇ」
長い足で数歩こちらに近づいてくるディノクスさん。一気に距離を詰めた後は最初にあったようにこちらを見つめてくるが……表情の真剣さが違った。
「魔力はないとなると、元の世界に戻すには縁をたぐることになるわ。リスクはどう足掻いたって高い。お嬢ちゃん、その覚悟はできてるの?」
「覚悟……ですか?」
緊張で唾を飲むけれども、言葉の意図を完全に捉えられている自信はない。細まった焦げ茶はこちらを品定めしているようにも見えた。
「帰ろうとして失敗するリスクよ。最悪アンタが元の世界に戻ろうとする過程で、死ぬ可能性があるってこと」
「……ッ」
誰かの息を飲む音が聞こえた気がした。
「ディノクス」
「本当のことでしょ、リュミエル。アンタだって薄々そのリスクは分かっていたはずよ」
「まあね。少なくとも俺一人では難しいと思っていたよ。だから可能性を上げるためにお前を頼ったんじゃないか」
「でしょうね。アンタ一人で何とかできるならアタシの力なんて要らないもの」
「…………え、ええと」
どんどんと進んでいく会話に思考が同じところを停滞する。
──もしも帰れなかったら。そんなこと考えていなかった。
「マナミ」
凛とした声が動揺を裂くように耳にすっと入り込んだ。見上げればこちらを気遣うルビーの輝きがあった。
「ヒース、さん」
「リスクがある、というだけの話だ。……帰れないと言われたわけじゃない。心配はするな」
「は、はい……」
「おい、揃いもそろって
「あ、メッド。悪い悪い。……そうだな、
「は、はい!」
狂暴な魔獣だという
◇ ◆ ◇
けもの道を歩き、岩のそそり立った場所を通り抜け。私一人でこんな森の奥に来ていたらきっと帰れなかっただろう。……人がいればどうにかなる話ではないけれど、自信に満ちたリュミエルさんが先導をするのだから大丈夫だろうという根拠のない信頼もあった。
「……お、いたいた。マナさん。あれが
風のささやきのようなかすかな声で私を手招くリュミエルさん。その導きに引かれるように茂みの隙間から向こう側を見る。
木々が絡み合い見えにくい空間だが、その中でも確かに異形の存在が鎮座していた。緑色の鱗は喉元から尾までびっしりとひしめくが、一方で首から上と翼は白い羽でおおわれている。
瞳は鋭くぎょろりと、警戒するように辺りを見つめている。
「さて、マナさん。あの
「え、ええと……私の知っているコカトリスだと目を合わせると石化したりする効果はありますが……」
こちらの魔獣がどうなのかは分からない。そう言い添えれば感嘆するような声がディノクスさんから漏れた。
「あら……あながち間違ってはいないわね。目じゃなくて毒の霧だけど。石化効果を持つ霧を吐き出すわ」
「生理的変質魔法とは異なる、通常の毒なのか?」
「原理は魔法と同じよ。だから魔法の防御で何とかなるわ」
軽快なやり取りをディノクスさんとメッドさんが交わしている。私はその間もずっと、
「あの足は鶏のものよりも大分鋭そうですし、走り出しは速そうですが……自重は重いでしょうし、鶏の羽なら飛ぶのは難しいかな……?……あれっ」
「どうした、マナミ」
ヒースさんの問いかけに顔をあげる。ルビーの瞳は不思議と見つめられても緊張がしなかった。
「ええと……あの辺りの羽がやけに抜けているんです。ひょっとしたらあの
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